私の番
遂に私の番がやってきた。
手元のスマートフォンに目を落としながら、カップの中に残った、泥を煮込んだ見た目だったコーヒーを飲み干し、椅子を太腿で押し退けて立ち上がった。
母の愚痴のような注意を背にリビングを出て、体に四足獣を宿し、激しい音を鳴らして階段を登り、さながら人類の進化の過程をなぞるような足取りで、自室へと駆け入った。
パジャマを脱いで、青淡色のブラウスに袖を通していると、焦心苦慮であった期間が、脳内から溢れだす。
昼休みになるとスマートフォンを開き、私の番が来ていないか確かめて、肩を落とす。
放課後、帰路の途中、駅のホームでも確認し、嘆息を吐く。
休日も、友人達と過ごしても、どうにも頭の隅に影がチラつく。
布団の中で目を瞑ると、それを手にした時の自分を想像して、目が血走ってしまう。
古典の授業中上の空になり、板書がうまくいかない。まるで恋煩いだ。ノートの端に書いて消した。
月が満ち欠けを三度繰り返した、休日の昼前に、一通の手紙がスマートフォン上に届いた。
私はこの日をどれだけ待ち望んだか。
着替えとメイクを終えて、何度も姿見に映る者に、今日のために用意していたファッションセンスを問う。バッチリだ、と鏡の中の私が頷いた。
お気に入りのアニメキャラクターがついた、ハンドバッグを持って、自室を飛び出した。階段を滑るように降りると、母に大きな声で注意された。間延びした声で軽く謝ると、母の溜飲は下がったようだった。
バッグを玄関に置いて、洗面所に入って歯磨きを始め、曇りのない鏡に写る自分を見る。洗面所の窓から差し込む太陽の質感のおかげか、なんだかいつもより頬の色が明るい気がする。
口を濯ぎ、水を吐き出して、タオルで口元を拭く。口内の苦味はいちご味に変わっていた。
今日という、心晴れやかな日に似合う桜色のリップを塗って、本日の私の完成である。気持ちと身体が一致したことで、より、いてもたっても、いられなくなってきた。
流行りのポップソングを口ずさみ、洗面所から出ると、パジャマ姿の父が大きな欠伸をして、隣のトイレから出てきた。
景気良く朝の挨拶をすると、私の身なりを見て、デートか、なんて言うもんだから、理解できないであろうと、意地悪をして、百人一首の四十三番を詠みながら靴を履いた。
バッグを肩にかけ、玄関を開けて出立の挨拶をするまで、予想どおりに父は口を開けて間抜けな顔をしていたが、片手を上げて見送ってくれた。
温もりを超えた光と熱気を受けつつ、大きく息を吸うと、濡れた土の香りがした。
スマホ、忘れていたわよ、と母が玄関を開けて差し出してくれた。どうやら必需品をリビングに置き去りにするほど、心が先走っていたらしい。小っ恥ずかしくなり、頬をかきながら礼を言って受け取る。
時間を確認するために顔に近づけると、顔認証でロック画面が開いて、メールの書き出しが大きく表示された。
『日暮 茜 様
予約なさいました下記資料の準備ができました。
受取館へ期日まで(お知らせ日から取置期日までの間に休館日がはいっているときは、
休館日を除いた7日以内、自動車文庫では次の巡回日)にお越しください。』
私はスマートフォンをバッグに入れて、帰りのバッグの重さを想像しながら、図書館に向かって浮き足を動かした。
図書館を利用するのって楽しいですよね。




