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私の番

作者: 菅田原道則
掲載日:2026/03/06

 遂に私の番がやってきた。


 手元のスマートフォンに目を落としながら、カップの中に残った、泥を煮込んだ見た目だったコーヒーを飲み干し、椅子を太腿で押し退けて立ち上がった。


 母の愚痴のような注意を背にリビングを出て、体に四足獣を宿し、激しい音を鳴らして階段を登り、さながら人類の進化の過程をなぞるような足取りで、自室へと駆け入った。


 パジャマを脱いで、青淡色のブラウスに袖を通していると、()()()()であった期間が、脳内から溢れだす。


 昼休みになるとスマートフォンを開き、私の番が来ていないか確かめて、肩を落とす。


 放課後、帰路の途中、駅のホームでも確認し、嘆息を吐く。


 休日も、友人達と過ごしても、どうにも頭の隅に影がチラつく。


 布団の中で目を瞑ると、それを手にした時の自分を想像して、目が血走ってしまう。


 古典の授業中上の空になり、板書がうまくいかない。まるで恋煩いだ。ノートの端に書いて消した。


 月が満ち欠けを三度繰り返した、休日の昼前に、一通の手紙がスマートフォン上に届いた。


 私はこの日をどれだけ待ち望んだか。


 着替えとメイクを終えて、何度も姿見に映る者に、今日のために用意していたファッションセンスを問う。バッチリだ、と鏡の中の私が頷いた。


 お気に入りのアニメキャラクターがついた、ハンドバッグを持って、自室を飛び出した。階段を滑るように降りると、母に大きな声で注意された。間延びした声で軽く謝ると、母の溜飲は下がったようだった。


 バッグを玄関に置いて、洗面所に入って歯磨きを始め、曇りのない鏡に写る自分を見る。洗面所の窓から差し込む太陽の質感のおかげか、なんだかいつもより頬の色が明るい気がする。


 口を濯ぎ、水を吐き出して、タオルで口元を拭く。口内の苦味はいちご味に変わっていた。


 今日という、心晴れやかな日に似合う桜色のリップを塗って、本日の私の完成である。気持ちと身体が一致したことで、より、いてもたっても、いられなくなってきた。


 流行りのポップソングを口ずさみ、洗面所から出ると、パジャマ姿の父が大きな欠伸をして、隣のトイレから出てきた。


 景気良く朝の挨拶をすると、私の身なりを見て、デートか、なんて言うもんだから、理解できないであろうと、意地悪をして、百人一首の四十三番を詠みながら靴を履いた。


 バッグを肩にかけ、玄関を開けて出立の挨拶をするまで、予想どおりに父は口を開けて間抜けな顔をしていたが、片手を上げて見送ってくれた。


 温もりを超えた光と熱気を受けつつ、大きく息を吸うと、濡れた土の香りがした。


 スマホ、忘れていたわよ、と母が玄関を開けて差し出してくれた。どうやら必需品をリビングに置き去りにするほど、心が先走っていたらしい。小っ恥ずかしくなり、頬をかきながら礼を言って受け取る。


 時間を確認するために顔に近づけると、顔認証でロック画面が開いて、メールの書き出しが大きく表示された。


『日暮 茜 様


予約なさいました下記資料の準備ができました。

受取館へ期日まで(お知らせ日から取置期日までの間に休館日がはいっているときは、

休館日を除いた7日以内、自動車文庫では次の巡回日)にお越しください。』


 私はスマートフォンをバッグに入れて、帰りのバッグの重さを想像しながら、図書館に向かって浮き足を動かした。

 

図書館を利用するのって楽しいですよね。

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