第8話:聖女と騎士の火花、そして砂底の呼び声
「リアム様、朝食の準備が整いました。今日は、お庭で採れた『太陽の雫』を贅沢に使った特製オムレツです。さあ、あーんして……」
「ちょっと待て、聖女! 主君にそのような破廉恥な真似を……! リアム様、朝の鍛錬のお付き合いをお願いします。私がこの身を賭して、貴方の体を磨き上げて差し上げます!」
朝のコテージは、以前の静寂が嘘のように騒がしかった。
エプロン姿で微笑むエルナと、顔を真っ赤にしながらも剣を差し出すリヴィア。リアムは苦笑いしながら、二人に勧められた料理を交互に口に運ぶ。
「二人とも、落ち着いてよ。……でも、二人のおかげでこの家もずいぶん賑やかになったね」
リアムが優しく笑うと、二人は一瞬だけ動きを止め、同時に顔を伏せた。
((……やっぱり、この笑顔には勝てない……!))
そんな睦まじい光景を、フェンリルの背中で日向ぼっこをしていたゼロが、少しだけ真剣な表情で遮った。
「リアム様。楽しそうなところを失礼しますが……先ほどから、砂漠の地脈に妙な振動があります。どうやら、開拓した土地の重みに耐えかねたのか、地下にある『何か』が目覚めようとしているようです」
リアムが地面に手を触れる。
『古代魔法:【深層探査】。……地下三千メートルに巨大な空洞、および高純度の魔力反応を確認。名称:【古エルフの黄昏城】』
「……エルフ? そんなの、もう何千年も前に絶滅したって聞いたけど」
驚くエルナを余所に、リアムはワクワクとした表情を浮かべた。
「行ってみよう。もしかしたら、もっと便利な古代の道具や、新しい食べ物の種があるかもしれない」
リアムが指先で円を描くと、庭のど真ん中に巨大な光の魔法陣が出現した。
『古代魔法:【空間転移】。座標、地下遺跡最深部』
「ええっ、いきなり最深部ですか!?」「待ってくださいリアム様、私たちが先陣を!」
慌てる二人を連れて、リアムは光の中に足を踏み入れる。
転移した先は、地底とは思えないほど幻想的な、クリスタルに彩られた青い森だった。
その中央にある巨大な樹の根元。
透き通った琥珀の中に、一人の少女が眠っていた。
長く尖った耳、透き通るような銀髪。そして、胸元には巨大な魔石を抱いている。
『個体名:セレス。古代エルフの末裔。魔力枯渇により一万年の冬眠状態にあります』
「お腹を空かせて寝てるのかな……。起きて、一緒に朝ごはん食べない?」
リアムが琥珀に手を触れ、温かな古代魔法を流し込む。
パキィィィン! と心地よい音を立てて琥珀が砕け散り、眠り姫がゆっくりとその瞳を開けた。
「……ん……。貴方が、私を……起こした……マスター……?」
ぼんやりとした彼女の視線がリアムを捉え、彼女は力なく、しかし真っ直ぐにリアムの胸に飛び込んできた。
「マスター……いい匂い……。一生、離さない……」
「「えええええええ!?」」
エルナとリヴィアの絶叫が、地底の森に響き渡った。




