第5話:伝説の農具と、崩れゆく帝国
「ええっと、影さんだったかな。草むしり、そんなに必死にやらなくていいんだよ?」
「いえ! リアム様から賜ったこの命、そしてこの『神の果実』の恩義……全てを賭して、この地を楽園にしてみせます!」
元隠密の男――彼は自らを「ゼロ」と名乗り、リアムへの忠誠を誓っていた。
しかし、彼が手にしているのは、リアムが「適当に」その辺の枝と石で作ったクワだった。
『古代魔法:【万物錬成】。用途:農作業用。付与:【自動修復】【疲労軽減】【大地活性化】』
ゼロがそのクワを一度振るうだけで、硬い砂漠の土が最高級の腐葉土のようにふかふかになり、周囲の雑草は根こそぎ消え去る。
「な、なんだこの神具は……。一度振るだけで力がみなぎり、土が私に語りかけてくるようです……!」
「(ただのクワなんだけどな……)」
リアムは苦笑いしながら、自分は次のプロジェクトに取り掛かった。
それは、コテージの利便性を高めるための「魔道具」作りだ。
「帝国の魔導具は、魔石を使い捨てるからコスパが悪いんだよね。古代魔法なら、大気中の魔力を吸収して動かせるはず」
リアムが空中に指で紋章を描くと、そこには半透明の「魔導回路」が浮かび上がる。
完成したのは、小さな石のプレート。
『古代魔法:【恒久循環】。機能:冷蔵・冷凍・洗浄』
これを木の箱に取り付ければ「魔導冷蔵庫」になり、石の桶に取り付ければ「自動洗濯機」になる。
現代の帝国では、国家予算レベルの魔石を注ぎ込まなければ維持できない「国宝級の魔導機」以上の代物を、リアムは鼻歌混じりに量産していく。
「よし、これで冷たいジュースも飲めるな。ゼロさんも休憩にして、一緒にどう?」
「リアム様お手製の聖水を冷やした飲料……!? 恐れ多すぎて死んでしまいそうです!」
平和すぎる砂漠の午後。
だが、その平和とは対照的に、帝国首都は地獄絵図と化していた。
「報告します! 皇宮の『大結界』が消失しました! 街中に魔物が溢れています!」
「バカな! 結界の魔力源はどこだ!? 誰が盗んだ!?」
皇帝が叫ぶが、答えは出ない。
彼らが「無能」と呼んで放り出したリアムこそが、無自覚に帝国の地下にある巨大魔導回路に、その膨大な余剰魔力を流し込み続けていたことに、いまだに誰も気づいていなかった。
守り手を失った帝国は、その傲慢さの代償を払わされ始めていた。
「リアム様。……あ、いえ、リアム様。これほどのお力、いずれ帝国が放っておかないでしょう」
冷たいジュース(帝国では伝説級の霊水)を飲みながら、ゼロが真剣な顔で告げる。
「いいよ、来ても。その時は……また、美味しい果物でも勧めてみるから」
リアムの視線の先には、フェンリルが広大な庭を駆け回り、古代魔法で次々と芽吹く不思議な花々が咲き乱れていた。




