第39話:後悔しても遅すぎる、帝国の「お願い」
「……リアム様。ベアトリス公爵令嬢が泡を吹いて倒れたことで、帝国上層部がパニックになっておりますわ」
エルナが、地上に降りてきた情報収集用の使い魔(聖なる小鳥)を指に乗せて報告する。
かつてリアムを追放した父――皇帝は、リアムの背後に控える一万隻の戦艦と、先代聖王アストライアの存在をようやく「理解」した。理解してしまったのだ。
「……あれは『兵器』ではない。……あれは、歩く『神話』だ。……すぐに、すぐにリアムを呼び戻せ! 皇太子の座……いや、今すぐ私と交代しても構わん!」
そんな滑稽な命令が下される中、リアムはボロ小屋の庭で、一万人の騎士団から選抜された料理番たちに「美味しい野菜の育て方」を教えていた。
「いい? 土に古代魔法で少しだけ『生命の息吹』を混ぜるんだ。そうすると、冬でもトマトがたわわに実るからね」
そこへ、帝国の重鎮たちが豪華な馬車を連ねてやってきた。
「リ、リアム殿下! 陛下がお呼びです! 貴方を『帝国守護至聖王』として迎え入れるとの詔が下りました!」
恭しく跪く大臣たち。しかし、リアムの前に立ち塞がったのは、不機嫌そうなカリーナとアイリスだった。
「帝国守護? 冗談じゃないわね。リアムは今や『銀河の美食王』よ。こんな魔力が枯れ果てた土地に縛り付けるつもり?」
「我らアンドロメダ騎士団一万名が、貴殿らの無礼な要求を看過するとお思いか?」
アイリスが剣を少し抜いただけで、周囲の空間が歪み、大臣たちの馬車がミシミシと音を立てて潰れていく。
「……みんな、落ち着いて。……大臣さん、父上に伝えてよ。僕はもう、王冠なんて興味ないんだ。ただ、この庭でみんなと静かに暮らしたいだけだから」
リアムが穏やかに断ると、大臣の一人が泣きついた。
「そ、そんな! 今、帝国は魔力枯渇で滅びかけているのです! 貴方のその『漏れ出している魔力』を少し分けていただけるだけで、この国は救われるのです……!」
「うーん……。じゃあ、これを使えば? 宇宙で拾った『魔力吸い取り紙』の失敗作なんだけど」
リアムが差し出したのは、銀河の塵を拭き取るために作った「魔法の雑巾」だった。
大臣がそれを手にした瞬間、雑巾から溢れ出した聖なるエネルギーが地脈に流れ込み、帝国全土の枯れ木が一斉に花を咲かせ、乾燥した大地から清らかな水が噴き出した。
「な、なんということだ……! 我らが国宝として崇めてきた聖遺物よりも、王子の『雑巾』の方が遥かに強力だなんて……っ!」
救われた。国は救われたが、それは同時に「自分たちが捨てたゴミ(雑巾)」に救われたという、永遠に消えない屈辱の刻印となった。
「さあ、みんな。掃除も終わったし、今日はお祝いで『宇宙和牛のステーキ』を焼こうか!」
リアムの楽しげな声が、もはや自分たちの手が届かない高みへと消えていく。
帝国の人々は、ただ指をくわえて、天上の輝きを見上げるしかなかった。




