第34話:一万人のカレー海と、銀河の胃袋
「……リアム様、流石に一万人の食事を毎日作るのは、物理的に不可能ですわ!」
エルナが帳簿を抱えて悲鳴を上げた。いくらダイヤモンドの別館や豪華な設備があっても、一万人分の食材と調理時間は、聖女の奇跡をもってしても限界がある。
新入りの騎士団長アイリスは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ない、リアム様。我ら騎士団、食事は乾パンと水だけで耐える訓練を受けております。どうかお気になさらず……」
グゥゥゥ~……。
アイリスの凛々しい鎧の奥から、盛大な腹の虫が鳴り響いた。どうやら「愛妻弁当」で胃袋を刺激され、極限の空腹状態らしい。
「あはは、無理しなくていいよ。……よし、それなら島の一部を『自動生産工場』にリフォームしよう」
リアムが空中島の裏側、広大な未開発エリアに手をかざした。
『古代魔法:【万象豊穣・永久機関】。……設定、メインメニューは『特製・宇宙スパイスカレー』。トッピングは自由。……スイッチ、オン』
ゴゴゴゴ……!
島の一部が変形し、巨大なクリスタルの噴水が出現した。そこから溢れ出したのは、水ではなく、スパイスの香りが食欲を狂わせる「黄金のカレー」!
さらに隣の畑からは、焼きたてのナンが次々と「収穫」され、揚げたてのカツが木の実のように実り始めた。
「な、なんですかこれはぁぁ! カレーが湧き出て、カツが実っているですよ! 商売あがったり、いや、これこそが商売の終着点ですぅ!」
ミーシャがカレーの海に飛び込まんばかりに興奮する。
「さあ、みんな、好きなだけ食べて。おかわりは一万回まで大丈夫だよ」
一万人の騎士たちが、整列してカレーを口にする。
「う……うまい! このコク、この辛み、そして後から来る聖なる甘み! これこそが我らの求めていた救済だ!」
「アイリス総長! 宇宙一、いや、次元一のカレーです!」
アイリスもまた、上品に、しかし猛烈な勢いでカレーを平らげ、頬を赤らめてリアムを見つめた。
「リアム様……。この恩、一生、いえ、一万回の輪廻を超えてもお返しいたします。……あの、おかわり、いいでしょうか?」
「もちろんだよ。……あ、でも、あんまり食べすぎると、次の目的地に着く前にみんな動けなくなっちゃうかもね」
リアムが視線を向けた先。宇宙の深淵に、光すら飲み込む巨大な闇――ブラックホールが口を開けていた。
「……マスター。あの穴の向こう、誰か呼んでる。……私たちの『本当の始まり』を知る人が、あそこにいる」
セレスが静かに、しかし確信を持って呟いた。




