第3話:砂漠で極上の朝食を
翌朝。白亜のコテージの窓から差し込む陽光で、リアムは目を覚ました。
「ふあぁ……。あんなにぐっすり眠れたのは、生まれて初めてだ」
帝国の宮廷では、常に兄弟たちの嫌がらせや暗殺を警戒し、眠りの浅い日々を過ごしていた。しかし、ここは静かだ。隣では、昨夜助けたフェンリル――銀色の毛並みを波打たせた巨大な狼が、幸せそうに「くぅ……」といびきをかいている。
「さて、まずは腹ごしらえだな」
リアムは水筒に残っていたわずかな水を口にするが、さすがにそれだけでは腹は膨らまない。
家の外へ出ると、昨夜生み出した池の周りだけが、奇跡のように青々とした芝生に覆われていた。
「この辺りに、何か食べられる実でもなればいいんだけど……」
リアムが池のほとりの土に触れる。
『古代魔法:【植物進化・強制】。何を栽培しますか?』
頭の中に、かつて図鑑で見た「美味しそうな果物」を思い浮かべる。
「甘くて、瑞々しい果物が食べたい」
その瞬間、リアムの指先から黄金の魔力が土へと流れ込んだ。
パキパキ、と音がしたかと思うと、地面から猛烈な勢いで若芽が吹き出し、みるみるうちに数メートルの大樹へと成長した。
枝には、燃えるように真っ赤な、しかし宝石のように透き通った果実がたわわに実っている。
「……あれ? これ、図鑑に載ってた『太陽の雫』じゃないか?」
それは、数千年前の文献に「神の食べ物」として記され、現代では完全に絶滅したはずの伝説の果実だった。一口食べれば魔力が全回復し、病すら治ると言われる至宝。
そんなものが、庭先に「ちょっとした朝食」として実っている。
「いただきます」
もぎたての果実にかじりつくと、口の中に暴力的なまでの甘みと、爽やかな果汁が溢れ出した。同時に、体中を温かな魔力が駆け巡り、昨日の疲れが完全に消え去る。
「オンッ!」
起きてきたフェンリルが、期待に満ちた目でリアムを見上げている。
「お前も食べるか?」
リアムが放り投げた『太陽の雫』を、フェンリルは空中で見事にキャッチした。
伝説の神獣が、果実を噛み締めて「ハフハフ」と嬉しそうに尻尾を振っている。その光景は、もはや巨大な飼い犬でしかない。
「よし、お腹も膨れたし。次はもっと本格的な畑を作ってみようか。……あとは、この水を引いて、露天風呂なんかも作れるかな?」
追放されたはずのリアムの心は、今やワクワクとした高揚感で満たされていた。
一方で。
リアムを追い出した帝国では、宮廷魔導師たちが真っ青な顔で右往左往していた。
「報告します! 帝国全土の魔力貯蔵量が急落! このままでは結界を維持できません!」
「馬鹿な! 何が原因だ!?」
彼らはまだ知らなかった。
「無能」と呼んで追い出した第五王子リアムこそが、実は無意識のうちに帝国全土へ魔力を供給し続けていた『巨大な魔力源』だったという事実に。




