第21話:邪神降臨と、今夜のシーフード
南の島の平和な朝。リアムはマリンから教わった「深海の珍しい貝」を砂浜で焼いていた。
「リアム様、見てください! 空の色が……禍々しい紫色に染まっていきますわ!」
エルナが空を指差すと、次元に巨大な亀裂が走り、そこからドロドロとした黒い泥のようなものが溢れ出してきた。
「キシャァァァ……! 我こそは、絶望の根源、邪神クラーケン・ヴォイド……! この世界の全ての魔力を喰らい……」
それは帝国が自国の民の命を糧に召喚した、禁忌の邪神だった。数百本の触手が空を覆い、島全体を押し潰そうと迫る。そのプレッシャーに、地上の生き物なら魂が凍りつくはずだが――。
「……マスター。あれ、大きいイカさん。……焼いたら、美味しそう」
セレスがじゅるりと喉を鳴らした。
「そうだな。ちょうどバーベキューの火も熾きてるし……よし、みんな、今夜はイカ焼きパーティーだ!」
「「「おー!!」」」
邪神の威厳は、食欲旺盛な乙女たちによって一瞬で否定された。
「おのれ、下等な人間どもがぁぁ!」
邪神が数千本の触手を一斉に振り下ろす。だが、リアムは手に持っていたトングを軽く振るっただけだった。
『古代魔法:【万物切断・調理用】』
シュパパパパパン!
と心地よい音が響き、邪神の触手は一口サイズに切り分けられ、さらに『古代魔法:【強制浄化】』によって毒素と生臭さが一瞬で消え去り、最高級の白身へと変わった。
「な、なんだと……!? 我が神の肉体が、ただの食材に……ぐあああ!?」
本体もリアムが展開した『古代魔法:【瞬間加熱】』の結界に閉じ込められ、ちょうど良い「レア」の状態で焼き上がっていく。
「さあ、マリン。人魚の里に伝わる秘伝のタレ、あるかな?」
「はい! この『深海の真珠醤油』をかければ最高ですぅ!」
空を覆っていた絶望の象徴は、わずか数分で香ばしい匂いを漂わせる巨大な山積みの「イカの照り焼き」へと姿を変えた。
「おいしい……! 邪神の肉って、こんなに弾力があってジューシーだったんだね」
「リアム様、このゲソの唐揚げも絶品ですわ!」
浜辺で大宴会を始める一行。その様子は、島に設置された「古代の広域投影機」によって、意図せず全世界に中継されていた。
帝国の玉座。
「……終わった。我が国の全財産と寿命を捧げた邪神が……醤油で焼かれておる……」
皇帝はガシャリと音を立てて崩れ落ちた。
こうして、帝国による最後の手出しは、リアムたちの夕食メニューに彩りを添えただけで幕を閉じたのである。




