第2話:砂漠の真ん中に楽園を
噴き出した間欠泉は、あっという間にリアムの周囲に小さな池を作っていた。
ありえない光景だ。ここは「死の砂漠」と呼ばれ、魔導師が必死に魔法を使ってもコップ一杯の水が出るかどうかという不毛の地なのだから。
「きゅぅ……」
足元で、白銀の仔犬――のような魔獣が、リアムのズボンの裾を弱々しく噛んだ。
見れば、その体には無数の傷があり、ひどく衰弱している。
「待ってろ、今治してやるからな」
リアムが手をかざすと、頭の中に再びあの声が響いた。
『古代魔法:【聖域の慈雨】を展開しますか?』
頷くと同時に、リアムの手のひらから柔らかな光が降り注ぐ。
それは傷を癒やすだけでなく、魔獣の毛並みを一瞬でシルクのような輝きに変えた。
「ガルル……!」
元気を取り戻した魔獣が、喜び勇んでリアムに飛びつく。
その瞬間、魔獣の体が急成長し、リアムの背丈ほどもある立派な大狼へと姿を変えた。
「わっ、ちょっと待て! ……お前、もしかして伝説のフェンリルか?」
「オン!」(そうだぞ、と言わんばかりの誇らしげな返事)
どうやら、リアムの古代魔力を受け取ったことで、本来の姿を取り戻したらしい。
伝説の神獣が、まるで飼い犬のようにリアムに喉を鳴らしている。
「さて……水と護衛(?)は確保できたけど、寝る場所がないな」
辺りを見渡すと、追放される際に持たされた廃材や、砂に埋もれた古代の石柱が転がっている。
リアムは試しに、壊れた石柱に触れてみた。
『古代魔法:【構造再編】。対象:古代石材。何を建設しますか?』
「……とりあえず、雨風がしのげて、ぐっすり眠れる家を」
ズズズ、と大地が震えた。
砂の中に眠っていた巨大な石材が集まり、勝手に組み合わさっていく。
数分後。そこには、砂漠にはおよそ似つかわしくない、白亜の美しい石造りのコテージが完成していた。
しかも、中には魔法によって温度が一定に保たれる空調機能まで備わっている。
「……やりすぎたかな?」
帝国では、一軒の家を建てるのに数十人の土魔導師が数週間かけていたはずだ。
それを一人で、しかも一瞬で。
「まあいいか。誰も見てないし」
リアムはフェンリルの背中を撫でながら、完成したばかりの家の扉を開けた。
追放されたはずの初日。
リアムは、帝国にいた頃のどの夜よりも、深く安らかな眠りにつこうとしていた。




