そん時決めるわ、と友は言った
『秋の文芸展2025』参加作品
◎テーマ「友情」
「もし、俺一人が轢かれることで他の人達が助かるとしたら、橘、お前はレバーをひくか」
高校の帰り道、友人の周が問いかけた。おそらく授業で触れられたトロッコ問題の事だろう。
「なんだよ、突然」
「いや。なんか話題ないかなーって思ってさぁ、お?」
周がこれまた唐突に右を向いた。大きなスクールカバンが耳に当たる。
目線の先には、信号のない横断歩道で立ち往生しているおばあちゃんがいた。杖を持って震えているように見える。風が吹いたら飛んで行ってしまいそう。
そんなおばあちゃんのことなど、知りもしないと。大勢の車が過ぎ去っていく。
ボクがボーッと眺めている横で、周は『待ってました』というように目を輝かせていた。
「なぁ橘。俺は、トロッコのレバーをひくぞ。大勢の車より、一人のばあちゃんだ!」
「ちょっと解釈違うくない?」
「いいじゃん、助けよーぜ!」
……こういう周の偽善者っぽい所が、少しだけ苦手だ。嫌いではないが、押し付けがましいと思ってしまう。
でも、そんな周だからこそ。
どこか不思議なオーラがあって、ついついあとを追いかけてしまうものだ。周とボクは結果的におばあちゃんを助けた。一瞬のことだった。どうやって声をかけたか憶えていない。
ただ、
「ありがとうね」
と言って微笑みかけてくれたおばあちゃんのシワと目尻がとても印象に残って、身体が軽くなる。周以外、誰かが見ているわけでもないのに、大勢から何か称賛された気分になる。
(ボクも偽善者になっちゃったか?)
おばあちゃんに手を振る周を見ながら、ボクは自分の手のひらを見た。
(もし、ボクが人の命の行く末を選べる立場になったら。その時はどうするのがいいだろう)
ボクでは答が見つからなかった。この問題は、頓知でも何でもない。どちらを選ぶか、という究極の選択なのだと思う。
自分で答が出せなかった分、周の考えが知りたいものだ。冗談交じりに問いかける。
「なぁ、周はもしボクがトロッコ問題の、一人作業員の立場だったらどうする?」
コイツは、ウソをつかないから。どう答えるのかとても興味がある。
周は、機嫌悪そうに足元の石を蹴った。
「俺が先に質問したのに」
「悪いね。じゃあ、同時に答えようか」
「うーん……良いけど、怒んなよ?」
もちろん、と答えて一息吸う。
ボクと周が口を開いて答を言った。
ボクの、「わからない」の言葉に、「そん時決めるわ」が被る。
(コイツらしいな)
そう思った。
良かった……。
そんな簡単に人の命の是非など決められるはずがない。もし周が迷わず軽い口で綺麗事や頓知を言おうものなら軽蔑していたかもしれない。
きっと、今日助けたおばあちゃんも、周にとっては『状況を判断して決めた』のだろう。
こういうバカじゃない友人が居てくれて、本当に良かった。ボクも周に相応しい友人で居よう。
『そん時』に、レバーをひける、又はひいてくれるかは、分からないけど。
おしまい
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