遠回しな拒絶Ⅰ
王太子に近付く時が迫っているのに、本を読める筈も、眠れる筈もなかった。城の中をうろつきながら、有り余った時間を潰す。
「図書室の隣が礼拝堂で、その奥が倉庫です。倉庫に出入りは出来ませんが」
セリスの説明を聞きながら、通路を歩く。図書室は既に見ているので、礼拝堂に行ってみようか。信心深い訳ではないけれど、そっと扉を開けて中を垣間見る。
薄暗いその空間には無数のベンチが並べられ、ステンドグラスからは色とりどりの光が差し込んでいた。白い天使の像が背中でその光を受けている。なんて荘厳な場所なのだろう。うっとりとしながら歩を進めていく。
その中で、天使の像の前で手を組み、祈りを捧げている女性を見つけた。あの髪色、艶やかな長い髪――ミレイユだろうか。
邪魔してはいけないし、あまり関わりたくはない。静かに踵を返し、礼拝堂を後にする。
城の散策中は、幸いなことにルシアとアメリアには遭遇しなかった。歩き回って足がだるくなってしまった頃に、懐から懐中時計を取り出す。時刻は五時半――王太子妃選考会の幕開けまであまり時間がない。
「セリス、化粧直しをして」
「かしこまりました」
居室に向かい、ドレッサーの前に立つ。
「可愛くしましょうか? それとも切れ長の目を活かしましょうか?」
「なるべく冷たさは消して」
私の第一印象は、切れ長で青い瞳のせいもあって冷たいと言われることが多い。瞳の色は変えられないとしても、化粧に暖色を用いて柔らかくは出来るだろう。
セリスの腕を信じて、鏡の中の自分を見詰めてみる。きっと大丈夫だ。微笑む私は誰よりも美しいだろう。
* * *
髪も纏めあげ、大広間へと急ぐ。他の三人はもう到着しているだろうか。廊下の角を曲がった時、偶然にもアメリアと鉢合わせした。
「あら、エレナ。こんばんは」
「ご機嫌麗しゅう」
互いに牽制しながらも、にこやかに挨拶を交わす。決戦前に喧嘩はしたくない。アメリアも同じだったようで、それ以上は会話らしい会話はしなかった。
すぐに会場には到着し、セリスとアメリアの侍女の手によって扉は開かれる。既にルシアがこちらを向き、私たちを待ち構えていた。ミレイユの姿はない。
「ご機嫌よう」
私とアメリア、ルシアの声が重なる。声は柔らかいけれど、視線の先には火花が散っている。
「ミレイユはまだなのですか?」
「私が知る限りではまだのようですね」
「あの子、逃げ出していなければ良いけれど」
アメリアがクスリと笑うと、ルシアも口角を上げた。
陰で悪口を言うなんて、根性のほどが知れている。内心呆れてしまい、片手を腰へと当てた。
そこへ扉が開く音が響く。ミレイユが到着したのだ。
「ご機嫌よう」
先ほどまでの悪意はどこへ行ったのか、ルシアとアメリアはミレイユに作り笑いを浮かべる。ミレイユも二人の底意地の悪さを理解しているのか、二人の視線をかいくぐって私の傍へとやってきた。
「エレナ、昨日とは雰囲気が違うのですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。柔らかくなっていますよ」
ミレイユは微笑み、私の手にそっと触れた。褒められて悪い気はしない。私も思った通りのことを口にする。
「ミレイユも昨日よりも華やかですね」
「そうでしょうか。あまり自信がなくて」
「ええ。可愛らしいですよ」
今度は私が微笑んでみせると、ミレイユはえくぼを作ってはにかんだ。ルシアとアメリアの冷笑は気にしないことにした。
あとは王太子の登場を待つだけだ。早く姿を現さないだろうか。でなくては、私の心臓が破裂してしまいそうだ。汗ばんだ手を胸に当て、周りにはバレてしまわないように鼻で深呼吸をする。そして、その時は訪れた。
肩ほどの金の癖っ毛を後ろで一つに纏め、柔らかな笑みを湛える王太子が優雅に一歩一歩近付いてくる。所々に金の装飾の入った白い衣服が彼の佇まいを余計に輝かせる。
思った通りの美青年だ。溜め息が漏れてしまいそうになる。
「皆様、ご機嫌よう」
王太子の後ろに控えていたオーレリアが挨拶を求めたので、私たちもそれに倣う。
「お兄様、ご挨拶を」
「ああ」
オーレリアに促されて初めて、王太子は柔らかく空色の目を細めた。
「私はこの国の王太子であるリュシアンです。貴女たちも私のことは気軽にリュシアンと呼んでください」
王太子――リュシアンは礼儀正しく腰を折る。私たちも揃って両手でドレスを摘み、軽く膝を折った。
「ゆっくりお話でもされてはどうです? 席は用意してありましてよ」
オーレリアの視線の先には円卓が用意されていた。セリスを始め、侍女たちが紅茶の準備をしている。
「さあ、行きましょう」
リュシアンのエスコートで緊張感を持ちながら円卓へと移動する。遠慮してしまったミレイユと一歩出遅れたアメリアを出し抜き、リュシアンの隣を掴むことが出来た。好運以外の何物でもない。心の中でガッツポーズを決め込む。
オーレリアは部屋の隅に移動し、椅子にちょこんと腰掛ける。ただ私たちを監視しているだけのようだ。
何を話せば良いだろう。部屋では散々質問を準備していたのに、いざ本番となると頭から抜けてしまった。考えあぐねていると、意外にもリュシアンが話を振ってくれた。
「突然、城に呼ばれて戸惑っているでしょう。迷惑な思いはされていませんか?」
「いえ、そんなことはございません!」
「嬉しい限りです」
ルシアはリュシアンの手に自身の手を重ねる。アメリアもここぞとばかりに目を輝かせている。先を越された――テーブルの下で拳を作り、ことの行方を見守るしかない。
ところが、リュシアンはルシアの手を軽く払い、そっと微笑んだのだ。驚いたのか、ルシアは目を丸くする。




