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優しすぎる王太子に妃は現れない〜私がその座を手に入れてみせましょう〜【完結】  作者: 七宮叶歌
第16章 解ける糸

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解ける糸Ⅱ

 この日、リュシアンは起きてこなかった。よほど疲れてしまったのだろう。セリスにリュシアンの私室へ連れて行ってもらい、その中を覗き見る。ベッドにはすうすうと寝息を立てるリュシアンの姿があった。その頬には光るものがある。

 母を奪還出来た喜びなのか、過去に捕らわれる悲しみなのか、私には分からない。もどかしくて、自然とベッドへと近付いていた。跪き、その頬を撫でる。


「これからは、きっと平和な日が帰ってきます」


 そっと囁き、手を握った。


 * * *


 日が巡るのは早い。満足に準備も出来ないまま、ベルファール伯爵の尋問の日を迎えてしまった。リュシアンは部屋にやってくるなり、緊張する私の手を握る。


「あるがままに証言すれば大丈夫です。エレナは嘘なんて吐いていないのですから」


「はい……」


 この尋問で祖父の、家の名誉が回復するのだ。失敗は出来ない。あまりのプレッシャーが私を襲う。


「どうしよう……。変なことでも言ってしまったら……」


「その時は俺や父上がフォローしますから」


 そうだ、私は一人ではない。リュシアンや国王といった最強の布陣が私を守ろうとしてくれている。しかも、敵対貴族は力を失ったと言っても良い。今まで人質にしてきた王妃は、今は私たちの手中にいるのだから。

 急に自信が沸いてきた。きっと私はやれる。見ていて、お爺様――唇を噛み、自信を確実なものにした。


「エレナ様、リュシアン殿下。国王陛下がお呼びです」


「分かった」


 顔を覗かせたセリスに、代わりにリュシアンが返事をしてくれた。


「エレナ、行きましょう」


「はい」


 今日という日を嬉し涙で締めくくるのだ。そのための第一歩をリュシアンと一緒に踏み出した。


 * * *


 別棟の審問ホールには、続々と貴族が押しかけている。ホールに入りきらない人たちもいるようだ。一度は傷害事件を起こしたとして、罪人の孫のまま断罪されたのだ。そうなるのも不思議ではなかった。

 人の群れを押し退けて、証人席へと座る。私の隣にはリュシアンが、部屋の奥には国王の姿も見えた。そして、被告人席にはベルファール伯爵の姿が――こうして顔を合わせるのは初めてだ。漆黒の髪にアイスブルーの瞳、見るもの全てを凍りつかせてしまうような冷たさを持っている。


「揃ったな。では、ベルファール伯爵に対する尋問を始める」


 国王は木槌をひと叩きする。ピリッとした空気が流れ、辺りを静寂が包み込んだ。聴衆の視線も国王へ集まる。

 皆が見守る中で、国王の瞳がベルファール伯爵の方へと向いた。

 

「ベルファール伯爵、質問に正直に答えなさい」


 一呼吸置き、国王は空気を吸い込んだ。ベルファール伯爵は微動だにしない。


「先日の傷害事件はご存知ですかな?」


「はい。我が辺境の領地にも噂は届いています」


「噂ではなく、真相としてご存知ですかな?」


 国王が目を細めると、ベルファール伯爵はゆっくりと瞬きをした。


「私は事件当夜、屋敷におりました。真相は闇の中、でしょう」


「上手いことを言う。だが、貴殿が知らなくとも、使用人はどうかな?」


「陛下こそ面白いことを仰る。使用人の一挙一動など、私の与り知るところではありません」


 国王は「ふむ……」と小さく言い、手元の資料に目を通す。


「話を変えよう。貴殿はノワゼル伯爵家に二つのものを贈りつけましたな」


「はい。否定はしません」


「では、ノワゼル伯爵に対する傷害容疑は認めるのですな?」


 何故か、ベルファール伯爵は私を見て僅かに口角を上げる。目を伏せ、片手を顎へと持っていく。


「あれは故意ではありません。偶然、刃物の欠片が混入してしまったのでしょう。ノワゼル伯爵の不注意とも言えます」


 許せない。あれが故意ではないなんて。父の不注意だなんて。父は十分注意を払っていたし、警戒もしていた。

 身を乗り出すと、リュシアンに手を掴まれた。首を横に振り、私の行動を制する。


「では、割れたペアのカップ&ソーサーはどう説明する?」


「あれはただの皮肉です。実際、当時はエレナ嬢も断罪されていましたし、王太子殿下と依りを戻すとは思いますまい」


 白々しい。私たち家族がどれほどの恐怖を与えられたか、この人は知らないのだろう。唇を噛み、拳を握る。


「皮肉のためだけに『粉々に』割れた『自家の紋章入り』のペアのカップ&ソーサーを贈るなど、ずいぶん手が込んでいますな」


 国王が不審な部分を強調する。途端に傍聴席からざわめきが起こった。


「ノワゼル伯爵から証拠品は回収してある。言い逃れは出来ますまい」


 不気味なあまり、捨てなくて良かった。これで証拠の一つは立証されただろう。ベルファール伯爵は僅かに口を動かしたけれど、声を発することはなかった。


「これは誰の指示です? 使用人のせいだと言い張りますかな?」


「……私が贈ったと認めましょう」


「よかろう」


 国王は満足げに目を細める。そんな時、雨が降ってきたようだ。窓に打ち付ける雨音が場内に響き始める。


「話を戻そう。偶然、貴殿が贈った封書に刃物の欠片が混ざったのですな?」


「その通りです」


「そして、偶然、封を開けたノワゼル伯爵が負傷した」


「仰る通りです」


 ベルファール伯爵の目に、後悔という文字は一切見られない。まるで鷹のように鋭い瞳――余裕そのものだ。


「更に、偶然、『諦めてください』と赤文字で書かれた便箋が入っていた。……何を『諦めろ』と?」

 

 この言葉に、ベルファール伯爵は初めて顔を歪めた。しかし、すぐに真顔に戻る。


「……黙秘します」


 逃げた。こんな黙秘が通用するなんて信じられない。傍聴席の囁き声が私の心もそわそわさせる。

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