王太子の真実Ⅱ
セリスには真実を伝えた方が良いだろうか。一人で戦うのも、正直言って疲れてきているのだ。
「今から言うことは、絶対に外部には漏らさないで」
「はい。約束させていただきます」
何を言われても覚悟は出来ている。そんな思いを伝えるように、セリスは深く頷いた。
「……私の出自はノワゼル伯爵家――没落寸前の伯爵令嬢なの」
セリスの目が丸くなる。しかし、納得したように両手を合わせ、哀愁を漂わせた。
「今回は家の復興のための参加だったのですね。ご立派です」
「立派なんかじゃないよ。私は私利私欲のためにリュシアン殿下を手に入れようとしてるんだから」
褒められるべきことではない。本来は非難されるべきことだ。しかし、過去を聞いてしまった今の私は家の復興だけが目的ではない。
「でも、リュシアン殿下には心の傷を癒してくれるパートナーが必要だって、改めて分かった。その役目を私が引き受けたいんだって、はっきりした」
私がリュシアンの心に寄り添って、明るく活発な性格を取り戻してあげたい。それが茨の道を行くのだということも分かっているつもりだ。
――祖父を救えなかった幼い頃の自分を振り切るためにも。
「私のお爺様もね、冤罪を着せられて人が変わっちゃったの」
無口になり、誰とも関わろうとしなくなってしまった。部屋に閉じこもり、ただ時間を消費しているだけの人だった。
「その姿がリュシアン殿下と重なって見えて、いたたまれなくなってくる」
変化の仕方は違うものの、自分を殺し、他者を遠ざけているところは一緒なのだ。
「どうして今まで気付けなかったんだろう」
散々後悔した筈なのに。壊れてしまうのが怖くて、傷に触れられなかった。もう、後悔するのはやめにしたい。
「今、気付けたのですから大丈夫です。気付かないまま、すれ違うよりはずっとマシです」
「そうだよね。セリス、教えてくれてありがとう」
「とんでもございません。エレナ嬢のお役に立てたのなら」
セリスは涙を拭い、儚い笑みを浮かべる。もう一度『ありがとう』と心の中で呟き、私も口角を上げてみせた。
消灯を見届け、ベッドに沈む。冤罪を着せられる前の祖父の柔らかな笑顔とリュシアンの儚い顔が交互に思い返され、なかなか寝付けなかった。
* * *
いつリュシアンと会っても良いように決意を秘める。図書室に行くだけなのだけれど、ふとした瞬間にリュシアンは現れるのだ。
図書室へと続く廊下を歩いていると、一人の令嬢らしき人物と出くわした。薄緑色の豪華なドレス、そしてウェーブのかかった黒髪に、緑の瞳――その目は私を見つけると、氷のように冷たい視線を送ってきたのだ。
声をかけようとしても、理性が声を抑えてしまう。誇り高くて、近寄りがたい――妙に印象に残る女性だった。
静かな筈の図書室には先客がいたようだ。聞き覚えのある声で、吠える。
「リュシアン殿下は、何故、そんなにもよそよそしいのです?」
「ルシア、大声を出さない方が良いかと」
「もう、私も我慢の限界です」
ルシアとリュシアンの喧嘩だろうか。何もこんなところでしなくても良いのでは、と思う前にリュシアンが心配になってしまった。咄嗟に駆け出し、リュシアンとルシアの姿を捉える。どちらが悪いかを聞く前に、二人の間に割って入っていた。
「何があったのかは知りませんが、ここは図書室です。来室者全員に聞こえていますよ」
「そんなものは知りません」
よほど頭に血が上っているのだろう。ルシアは顔を真っ赤にし、リュシアンを涙目で睨みつけている。
「殿下、一言申し上げておきます。選考会に参加したのは家のため。貴方のためではございません」
「ルシア!」
城に招かれてから、初めて激しい怒りに打ち震える。いけないと分かっているのに、ルシアの頬を平手打ちしていた。
「貴女の言葉が、どれだけの人の気持ちを傷付けていると思っているのですか?」
「エレナも私のことは言えないのではありません? 田舎出身ですもの。のし上がりたい筈でしょう?」
最初は私も家のために参加した。反論は出来ない。打たれた頬を庇って嫌な笑みを浮かべるルシアを睨みつけるに留まった。背後からリュシアンの吐息が聞こえる。
「分かっているのです。私に魅力がないことは。だから、エレナ。私のために泣かないでください」
言われて初めて気がついた。まさか泣いているなんて。喉も震えているし、惨めで仕方がない。
リュシアンはハンカチを取り出すと、そっと私に手渡してくれた。
「私は離脱させていただきます。もう妃になんてなれませんもの」
ルシアはひらりと踵を返し、こちらに背を向ける。
「新興貴族の家柄を立てる役目は……これで終わりですね」
小さな呟きは私の心に響き、妙にざわつかせる。ルシアが去っていくヒールの音がやけに図書室に響く。ライバルを一人蹴落とした筈なのに、心がこんなにもすっきりとしないなんて。
リュシアンはそっと私の手を取った。女性の身体に触れることを躊躇っていたのに。その心の変化が嬉しいのに悲しくて、益々涙が溢れるのだった。




