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57 密かでは無かった作戦 5

少し時を戻そう。

シグルドは、クラウスの指導を仰ぐために、休日ごとに欠かさず訪れていた。

休息の時間、念のためにと──思い聞いていた。


「クラウス様、少数で相手に勝つ方法は、何が最もよいでしょうか」


クラウスは、あっさりと答える。


「そんなもの、いくつでもあるが──状況がわからなくては答えられないぞ」


「すみません。アルヴァン王子が模擬戦に行く件であります」


クラウスは、思い出したように言った。

「それなら──アルヴァン王子の作戦で、俺も良いと思うぞ。兵の練度次第だが」


「はい。今回の勝負は、アルヴァン王子が負けるわけにはいきません」


「何かありませんか?」


「勝てるとは思うが……本陣が守り切れるか、だな」


「五十兵を本陣の地面に隠し、油断を誘うのもありだとは思うが……」


「俺も、近衛兵は見てないからな。わからん」


「自分たちで、なんとかしろ。負けたら、次の手を考えればいいだけだ」


「模擬戦では死なないからな」


「アルヴァン王子も、大変だな。ティーナと結婚するために、そこまでするとは」


そんな話をしている時──凛とした、小さな足音が聞こえてきた。

休んでいたクラウスたちに、お茶を持ってこようとしていたティーナが、話を聞いてしまったのだ。


ティーナが、少し怒った口調で問いかけてくる。

私に何か隠しているのではないかと。


「お父様、“結婚するため”とは? “アルヴァン様が大変”とは──どういうことでしょうか?」


クラウスは、よく考えずに普通に返してしまった。

「ティーナは、聞いていないのか?」


シグルドが小さな声で言う。

「王子が……この前、お願いしてました」


クラウスは思い出した。──言わないでくれ、と頼まれていたことを。

別段、言ってもよいと思っていたが──「そうか」とだけ伝えていた。


少し動揺して答えたが──

「いや、なんでもない」と。


……逆効果だった。


ティーナは、シグルドを睨みつけ、命令的な口調で問い詰める。


「シグルド様。私に、何か隠していることがあるのですか?」


シグルドは──ティーナの圧と、“神”には逆らえず、話してしまった。

もともと、シグルド自身も「伝えたほうがよい」と考えていたのだ。


シグルドの話を聞いたティーナは、嬉しそうに言った。


「お父様も行くなら、私も行きます」

「私が──私がアルヴァン様のために、旗を守ります!」


クラウスは、ティーナに異常な力があると聞いてはいた。

だが、その力を──実際に自分の目で確かめたことはなかった。


どう考えても、無理だろう。そう思い、言葉にした。


「ティーナ、お前に……守れるのか?」


ティーナは、凛とした声で、はっきりと答えた。


「はい。任せてください」


クラウスは、しぶしぶ「見てみるか」と思いながら言った。


「わかった。俺が──守れるかどうか、判断する」


そう言って、そばにあった練習用の木刀を手に取り、ティーナに差し出した。


「それで……俺を攻撃してみろ。遠慮はいらない」


ティーナは、少しためらった。


──お父様を壊してしまったら、大変なことになる。


そう思って迷ったが、すぐに考え直した。

お父様は、アルヴァン様やシグルド様の剣を受けても平然としていた。


なら、私の剣なんて──当たらないかもしれない。そう思って。


ティーナは、構えを取ることもなく、そのまま横に剣を振り抜いた。

お腹のあたりで止めるつもりだった──本当に、ただそれだけのつもりだった。


だが、次の瞬間──剣が空を舞っていた。

ティーナの剣ではない。

飛んだのは、クラウスの剣だった。


クラウスは、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。


確かに、一瞬のスキを突かれたのは分かっている。

剣は、目で追えないほど速かった。

それでも、体が反射的に動いて応じた。

受け止めた──だが、その一撃は、岩のように重かった。

手首がやられる──そう感じたクラウスは、とっさに手を放していた。


そういえば──ティーナはすごく力が強い、とアルヴァン王子が言っていた。

クラウスは、その言葉をふと思い出した。


だが、それでも──これは異常すぎた。

木刀とは思えぬ一撃の重さ。身体の芯まで響いた感覚。


それでも、クラウスは冷静だった。

表情ひとつ変えず、ティーナを見つめながら、優しく声をかける。


「ティーナ、今度は俺が攻撃する。受けてみろ。

体には当てないから、心配するな」


ティーナは、相変わらず凛とした立ち姿のまま、軽やかに、それでいて優しく剣を握っていた。

その剣は、流れるように、自然と下を向いている。


──

ティーナは、剣など、生まれてこの方、一度も手にしたことなどなかった。

何かを壊してしまうのではないかという恐れの方が、常に勝っていた。


クラウスは、その構えを見た瞬間、内心で驚愕していた。


あれは──

究極の剣のかたち、《無形の構え》。


「技を極め尽くした者が、型を捨てて辿り着く境地」

そう言われるその姿勢に、ティーナは、無意識のまま立っていた。


クラウスは、試すように、最初は剣をゆっくりと振った。

対するティーナは、片手に握った剣を、彼の動きにあわせてそっと動かす。

その動きは自然で、流れるようで――

次の瞬間、音もなく、クラウスの剣は止められていた。


何か、やわらかいものに剣が触れたような感覚。

だが、そこには確かな抵抗があった。


クラウスは、少し力を込めて押してみる。

それでも剣は、びくともしない。


さらに力を――

全身の筋肉を使って、押し切ろうとした。

だが、その剣は、岩のように動かなかった。


まるで、そこにあるのは“壁”だった。


ティーナの顔を見た。

そこには、焦りも、恐れも、気負いも――何ひとつなかった。

ただ、まっすぐな瞳と、穏やかな表情が、静かに浮かんでいるだけだった。


クラウスは、優しい声で問いかけた。


「今のは……俺の剣に合わせたのか。力を込めたが、体は大丈夫か?」


ティーナは、微動だにせず、凛とした立ち姿のまま、はっきりとした声で応じた。


「はい」


その一言に、曇りはなかった。


クラウスは、次第に剣の速度を上げていく。

軽やかな動きから、鋭い一閃へ。

やがて、あらゆるフェイントを織り交ぜながら、剣筋に変化をつけてみせた。


──だが、そのすべてが、音もなく、正確に止められていった。


一度も、力任せに押し返すことなく。

一度も、怯えや迷いを見せることもなく。


ティーナの剣は、ただ的確に──そして穏やかに──クラウスの剣を受け止め続けた。


それでも、クラウスの表情は揺るがなかった。

彼は冷静に、淡々と、その“異常”を見極めようとしていた。


――異常だ。

常識では考えられないほどの反応速度、剣の重み、そして勘の鋭さ。


これが、ティーナの力なのだ。だが、それだけのことであり、ティーナ自身が変わったわけではない。


クラウスは、そっとティーナの頭を子供の時のようになで、優しい声で褒めていた。


「……アルヴァン王子から話は聞いていたが、ここまでとはな。ティーナ、お前は本当に、たいしたものだ」


その言葉には、娘を、心から誇らしく思う気持ちが込められていた。


「お前が旗を守れ。これでもう、アルヴァン王子が負けることはない」


そう言いながら、今度はシグルドの方を振り向き、不思議そうに問いかけた。


「……それにしても、なぜアルヴァンはティーナの力を使わない?」


クラウスは、女性が戦場に出ることを否定するような人間ではなかった。

男であれ女であれ──やりたいことをやればいい。力があるなら、使えばいい。それだけの話だった。


シグルドは、少し目を伏せて答える。


「……アルヴァン王子は、ティーナ様に危険な目に遭ってほしくないようです」


「そうか」


クラウスは頷いたあと、ティーナの瞳をまっすぐに見つめた。


「ティーナ、お前はアルヴァン王子を手伝いたいのか?」


ティーナは、迷いなく強く答えた。


「はい」


その一言には、決意と、深い愛情が込められていた。


クラウスは、ふっと笑みを浮かべ、力強く言い切った。


「ならば、アルヴァンに伝えておけ。これからは二人で進め。ティーナは、誰よりも強い。アルヴァンが心配する必要はない。不要なプライドは捨てて、むしろティーナに守ってもらえ」


シグルドも、落ち着いた声で「分かりました」と答えた。

彼自身も、ティーナと共に歩むことが、結果としてアルヴァン王子のためになると感じていた。

──悩んでいたのは、王子一人だけだったのだ。


それからというもの、クラウスは時間を惜しまず、ティーナにさまざまな戦闘技術を教え込んだ。

戦術には興味を示さなかったため、そこは早々に見切りをつけた。


模擬戦における旗の守り方、剣・弓・槍の扱い方、盾の使い方──

そして何よりも重視したのは、相手を傷つけずに戦闘不能にする技術だった。


クラウスの指導は丁寧で、ティーナの力を慎重に見極めながら進められた。

教えの本質は、通常の教え方とは真逆の「最適な力の使い方」ではなく、「いかに力を抑えるか」にあった。


さらには、かつて若き日の自分が憧れながらも、難しすぎて習得を諦めた奥義ですら伝えていった。


ティーナもまた、アルヴァン王子に迷惑をかけまいと、懸命に父クラウスの教えに向き合っていた。

だが──最初に音を上げたのは、他でもない父クラウスの方だった。

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