56 密かな作戦 4
翌日は天候に恵まれ、模擬戦には絶好の陽気だった。
ロクスは、怒りで顔が赤くなっているのではなかった。むしろ、青白くなっていた。
冷静に考えれば──アルヴァン王子に嵌められたことが、ようやく理解できていたのだ。
もし、アルヴァン王子の千に対して、三千の兵で敗れるようなことがあれば──
「運が悪かった」では、済まされない。
アルヴァン王子は、仮に負けても「若気の至り」で片付けられる。責任を問われることはない。
だが──このような戦いを、無策に挑むわけがない。
つまり、これは「大英雄ロクス・ハーリン」の名を地に落とし、
貴族たちの信頼を失わせるための策略だったのだ。
アルヴァン王子は、最上位貴族に仕える軍事責任者たちを密かに招いていた。
「私と大英雄ロクス・ハーリン殿との模擬戦を執り行います。ぜひご参観を」
軍事責任者たちは断れない立場にあり、別の高級宿に泊まらせた上で、
馬車で丁重に迎えに行き、戦場へと来てもらっていた。
ロクスは、彼らを見て思わず問いかけた。
「なぜお前たちがここに……?」
「大英雄様の戦いを、楽しみにしております」
──ロクスは、焦りを感じていた。これで負ければ、大英雄の面目は丸つぶれである。
──しかし、三千兵 対 千兵──この模擬戦で負ける要因はないと、確信していた。
「アルヴァン王子は、まだ若い。俺が戦いの本質を見せつけてやる」
そう、強気の発言を返していた。
アルヴァン王子は、この一戦に、大きな伏線も含ませていた。
大英雄ロクスを完膚なきまでに叩き潰し、ロクスから反対派を離反させる。
自身の近衛兵の強さを、招かれている軍事責任者たちに強く印象づける。
本来、王子の近衛兵は国王軍よりも弱い。
軍事責任者たちは、国王軍に逆らう愚かさを知ることになる。
この戦いで勝てるかどうかが、アルヴァン王子の威光を見せつけ、反対勢力を押さえつけられるかの分水嶺となる。
そして、「貴族軍制から王国軍制に移行する」、最大の布石となる賭けの一戦であった。
それは、国を安定する事でティーナと結婚するためには、成し遂げなければならない戦いであった。
アルヴァン王子は、実行力と知略に長けた、まれに見る若き英雄であった。
このような高度な策略を練れるようになったのは、クラウスに影響を受けてからだった。
「戦争とは騙し合いだ。武士道など、何の役にも立たない」
その言葉は、一見、否定的に聞こえるかもしれない。
だが、実は──極めて奥深い。
勝つためには、相手の能力を知り、自らの力を冷静に見極め、最適な方法を選ばねばならない。
武士道は、己の力しか見ていない──それでは、片手落ちである。
──青空のもと、模擬戦が始まった。
ロクスは数で押し切る作戦を取り、中央に一千、左右に各一千の三部隊を編成するという、基本的な陣形を敷いていた。
一方、アルヴァン王子は本陣を守る部隊を置かず、全体を横一列に並べた十人編成の小隊を均等に配置するという、極めて珍しい布陣を採用していた。
この陣形では、本陣に敵軍二千が突撃すれば、すぐに陥落してしまうように見えた。
その陣形を目にしたロクスは、ほくそ笑んだ。
王子は──戦の何たるかを知らぬ若造か、と。
招かれた最上級貴族の軍事トップたちも、これはあっけなく終わる模擬戦になるだろうと予想していた。
模擬戦の場に選ばれたのは、広々とした平地である。
実戦に近づけるため、お互いの陣は五キロほど離されていた。
勝敗の条件は単純。
敵陣の旗を先に取った方が勝ちというもの。
策略の入り込む余地は少なく、純粋に戦力差が問われる戦いだった。
想像するなら、巨大なサッカー場に近いだろう。
多少の起伏はあるが、ほぼ平坦な地形。
地形の有利不利を最小限に抑えるために、あえて選ばれた地であった。
両陣営は、それぞれのゴール横一線に布陣し、合図とともに敵陣の旗を目指す。
ロクスは、王子の奇襲を警戒し、本陣の千は動かさず、左右の部隊を敵陣に突撃させた。
馬は使われない。歩兵のみの戦いだ。──馬は、人より貴重だからである。
空から俯瞰すれば、アルヴァン王子の兵──百の点が、中央に向けて横一線に並び、すばやい速度で相手陣地へ進んでいく。
ロクスは、弓攻撃に備えるようにと号令を出し、太鼓が鳴り響いた。
千の兵は指示に従い、盾を構えて、ゆっくりと確実に前進していた。
だが──弓矢は飛んでこなかった。
百の点は、やがて二分される。五十ずつが、それぞれ左右の大きな黒点──ロクスの部隊──を包囲するように動き出した。
ロクスは、すぐに弓攻撃を命じた。だが、兵たちは分散しており、的が絞れない。
そして、矢が飛んで来たら──相手は身をかがめて、大きな盾の中に入ってしまう。
十名の小隊は、屈強な二名が大盾と、その大盾の中に中弓を隠し持ち、
四名が剣と長弓、残る四名は剣と中弓を背中に隠して持っていた。
重たい盾は持たず、防具も軽装で、動きやすさを優先していた。
中弓は、矢の数も多く持てるのだ。
この時代、歩兵隊においては──弓が戦場の要となっている。
遠距離から攻撃でき、自軍は無傷のまま相手に損害を与えられるからである。
ただし、弓は練度が必要な武器であり、小さな的に当てるのは難しく、
さらに「矢の数」という、大きな弱点も抱えていた。
アルヴァン王子は、この戦いにおいて──
弓の精度と兵の移動速度こそが要であると考え、
その訓練を、ずっと続けてきていた。
ロクスの千の指揮官たちは、見慣れない陣形──そして、敵の速さについて行けず、判断を誤り、時間と弓を浪費していった。
焦りの中、ロクスは悟った。
──完全に、王子の策にはめられたのだ。
三千で一気に突撃すべきだったのだ、と。
そして──千の兵は、五百の兵によって包囲されていた。
その五百は、一糸乱れぬ動きで、予想を超える速度で迫ってきていた。
アルヴァン王子は、この五百の兵も、風向きなどを見て、
左に強兵五百、右に弱兵五百を配置して囲ませていた。
左翼の強兵五百から厳選された十小隊──五十名。
シグルド率いる小隊、ティーナの兄・エドワード率いる最強の小隊を含む十小隊が、敵兵千に四方から突撃をかける。
残りの四百の部隊も、中弓が届く距離まで詰めていく。
相手の千は、弓を慌てて放つが──ほとんど当たらない。
ロクスもそれに対応しようと、左翼を叩き潰すよう命じ、
右翼の部隊には、本陣への突撃を指示する。
だが、その右翼部隊に対し──
突然、一斉の弓攻撃が始まった。
アルヴァン王子は、ロクスの行動が手に取るように分かっていた。
何度も密偵を送り、兵の練度とロクスが使う作戦を調べていたのだ。
ロクスの戦いには、定石が多い。
そして今回は、「絶対優位」という状況を、意図的にロクスに渡していた。
右側の弱兵五百には、足止めの訓練を重点的に行わせていた。
そして、左翼が、四方から突撃してくる兵を迎え撃とうとして──
弓への警戒が薄れた、その瞬間。
隠し持っていた弓も含め、四百の弓が至近距離から一斉に放たれる。
千という、大きな的に向かって。
しかもそれは、中弓の連射まで含んでいた。
千の兵は、次々に倒れていく。
その混乱を加速させるように、シグルド、エドワードら最強兵が、
剣で相手を素早く倒していった。
ロクスの左翼の兵は──全滅してしまった。
全滅と言っても、弓や剣にはペイントが付けられており、
それが当たった兵は場外に出る──というルールである。
公平を期すため、お互いが百人ずつほどの審判を用意し、
目視とペイントで判定を行っていた。
ロクスは、あらかじめ自軍の審判たちに、
「旗を揚げるな」と強く命じていた。
しかし──アルヴァン王子側が用意した審判たちは、目つきが鋭く、そして貴族の服を着ていた。
彼らは、ロクス側の審判が旗を上げないのを睨みつけ、こう告げた。
「故意の判定は違反です。私は王子に伝えます」
その一言で、身分の低い審判たちは──
公正な判断を下すしかなくなっていた。
さらに、同行している最上位貴族の軍事トップたちの目もあり、
ロクスも見苦しい真似はできなかった。
右翼は足止めされ、思うように進めていない。
しかし、右側のアルヴァン王子の兵も、確かに被害を受けていた。
ロクスは、思考が追いつかず、事態を整理できずにいた。
もう──一か八かだ。
彼は、全軍に突撃を命じた。
本陣の兵は、左翼の兵を足止めに向かわせ、
右翼の兵は、損害を無視して、誰も守っていないアルヴァン王子の本陣を目指して走らせる。
左翼の兵も、少なからず損害は受けている。
追加の千に対応するので、救援には行けないし──間に合わない。
ロクスは、勝ちを確信する。
──敵の陣地に迫っている。
陣を落とせば、勝ちだ。
そう、自らに言い聞かせながら──。
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