46 二人の愛のはじまり 4
一方、屋敷の裏庭では、訓練用の木剣を手にしたシグルドと、ティーナの兄・エドワードが剣を交えていた。
シグルドは目を見開きながら、打ち合いの手応えに驚いていた。
──強い。
体格は自分より一回り大きく、剣は力強く、速く、正確だった。
彼の動きは実戦に慣れており、無駄がなかった。
エドワードは、ほぼシグルドと互角に剣を交えていた。
兄のエドワードは、実は基本をしっかりと身につけていた。
いつも木刀を手放さず振っていたのは、クラウスから「こうしておいたほうがいい」と助言されていたからだ。
その言葉を真面目に受けとめ、彼は日々の鍛錬を一度も欠かさなかった。
クラウスはどこか複雑な面持ちで彼を見ていたが、本人が望む以上──中途半端な教えはしなかった。
技術のすべてを、惜しみなく伝えようとしていた。
だが今はまだ──エドワードは、シグルドには勝てなかった。
試合の終盤、地面に転がされていた。
「……参りました、シグルド様」
そう言って、エドワードは悔しさを押し殺しながらも潔く頭を下げた。
「いえ。さすがにエドワード様はお強い。今回も、紙一重でした」
「シグルド様。あなたはわたくしの上官であります。“様”と呼ばれるのは、さすがに困ります」
「……それでも、ここだけは。“様”と呼ばせてください」
その言葉に、エドワードはわずかにためらったが──穏やかにうなずいた。
「はい。わかりました」
シグルドは、普段はつい憎まれ口を叩きがちだったが──
その漆黒の髪と、どこかクールな雰囲気を漂わせた“ソロウルフ”のような外見とは裏腹に、内面はきわめて実直で誠実な人物だった。
シグルドにとって、ティーナは“神”であり、
その師であるクラウスは“鬼神”である。
そして、その“神”の兄であり、“鬼神”の息子でもあるエドワードに対しては──
どうしても、言葉づかいが敬語になってしまうのだった。
クラウスからは、
「お前は上官だ。エドワードに敬語は不要だ」
そう言われていたにもかかわらず、シグルドの言葉づかいは変えられなかった。
エドワードは、その剣の腕を買われ、シグルドの推薦という形で、アルヴァン王子直属の近衛兵隊へと配属された。
当初は、「男爵家の出でありながら、なぜ王子の近衛兵などに」と囁かれていたが、
不満を口にした者たちは、次々と彼の剣によって黙らされていった。
いまやエドワードは、シグルド隊長に次ぐ実力者として、周囲からも認められる存在となっていた。
隊内での正式な序列は、まだ、最下位である。
シグルドは、クラウスから学んだ技術と戦術思考を、エドワードと共に部隊全体へと伝えていた。
訓練は過酷を極め、中には途中で音を上げる者もいた。
それでもなお、シグルドは、日々の積み重ねの中で、部隊が確実に強くなっていく手応えを感じていた。
──「静」の構えを保ち続けること。
それは、ただ激しく動くことよりも、はるかに難しい。
そして同時に、より深い集中と確かな力を求められるものだった。
……
ティーナは、自室の床にそっと片足を下ろし、細く長い呼吸を合わせながらステップを踏んだ。
練習しているのは、王宮の上級舞踏会で披露されることの多い「パ・ド・ドゥ」。
古式ゆかしい優雅な二人舞は、ただ足を動かせばよいというものではない。
婚約披露宴まで、もう時間はほとんど残されていなかった。
王子と並び、国中の注目を集める中で踊る一曲──それは、ただの儀礼ではない。
その舞には、「次期王妃としてふさわしいかどうか」を見極めようとする、無数の厳しい視線が注がれることになるのだった。
──だが、男爵家に育ったティーナに、そのための準備はなかった。
ベアトリス自身も、礼儀作法の基本こそ教えていたが、正式な舞の訓練はほとんど施してこなかった。
にもかかわらず──その少女は、いま、柔らかな踊り手として床の上に立っていた。
最初はぎこちない足取りだった。
しかし、ティーナは姿勢が美しかった。背筋を自然に伸ばし、動作には無駄がなく、指先の力さえも丁寧に運ばれていた。
幼い頃から「壊さぬように」と自分の力を抑えてきた彼女には、身体全体をしなやかに制御する感覚が、すでに備わっていた。
それは舞の世界でも通用する資質だった。
さらに──ティーナの肉体は、疲れを知らなかった。
他の少女たちなら、初めてのヴァルスを数分踊っただけで息が上がる。
だが彼女は、何曲分にも渡る練習を終えても、額に汗ひとつ浮かべない。
──それが、どれほど驚異的なことか。
ベアトリスは、亡き王妃に仕えたメイド・オブ・マスターとしての誇りにかけて、ティーナの指導にあたっていた。
「もう一度、最初から」
そう告げるベアトリスの声は、凛としつつも、どこか嬉しさを含んでいた。
「右足を踏み出す瞬間、目線を少しだけ左へ。それが、気品になります。……そう。よくなっていますよ」
優しい語調の中に、細やかな厳しさが込められている。
ティーナは、何も言わずにうなずくと、再び姿勢を正した。
その横顔には、不安も焦りもなかった。
そこにあったのは、ただ──王子への、純粋な愛だけだった。
ティーナは、舞っていた。
ただ技をなぞるのではない。
誰かと心を通わせるように、想いを届けるように──
静かに、誠実に、そしてひたむきに、舞っていた。
──パ・ド・ドゥとは、本来、二人の魂を響かせる舞。
リードする者と、受ける者が、それぞれの鼓動と重心を感じ合い、静かに、確かに、歩幅をそろえていく。
視線、呼吸、そしてほんの一瞬の間──そのどれか一つがわずかにずれただけで、舞はたちまち崩れてしまう。
それほどに繊細で、それゆえに美しい舞。
けれど、いまのティーナの動きには、確かな気配と芯があった。
彼女は最初は──
「アルヴァン王子に、私のせいで恥をかかせてはいけない」
その一心で踊っていた。
けれど、繰り返すうちに、不思議な感覚が芽生えはじめていた。
まだ見ぬはずの相手の気配が、いつしか目の前に重なるように感じられる。
──手の先には、王子のぬくもりがある気がした。
──視線の先には、包み込むような、やさしい笑顔が浮かんでいるように思えた。
ティーナは踊っていた。
まるで、本当にアルヴァン王子と心を通わせるように。
その舞に、嘘も、装いもなかった。
ベアトリスは、その姿をじっと見つめながら、心の中でそっとつぶやいた。
「……この舞は、二人の絆の深さを映し出しているようですね。」
その言葉には、誇りと驚きと、ほんのわずかな喜びが込められていた。
兄と妹、それぞれが歩む道は異なっていても──やがて二人は、アルヴァン王子の大いなる力の源となってゆく。
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