42 《神》だ 2
黒い天幕に覆われたその一角で、アルヴァン王子はじっと地面を見つめていた。
隣にはティーナ。その少し後ろには、護衛隊長シグルドが控えている。
天幕の外からは、王都の人々のざわめきがかすかに聞こえてくる。
黒い布が視界を遮っていても、声は止められない。
「ねえ、あそこに近衛兵が集まってるわよ」
「アルヴァン殿下が井戸を掘るらしいぞ」
「なんで天幕なんか張ってるんだ?」
「新しい機械を使うんだって。殿下の発明だとか」
「他国に知られないため、隠しているらしい」
「もし本当に水が出るなら、助かるわね……」
好奇心と期待が入り混じったその声は、むしろどこか楽しげだった。
アルヴァン王子は、王都の民からの信頼も厚く、人気も高かった。
アルヴァン王子がそっとティーナに声をかけた。
「ティーナ、大丈夫か?」
「はい」と、ティーナは落ち着いた声で答える。
王子は、微笑みで包み込むような優しい声で言った。
「その大きなハンドルを右に回してくれ。壊れたりしない、大丈夫だ」
ティーナは少しだけ緊張した面持ちで、それでも確かに頷いた。
「……わかりました」
地表に立てられたのは、直径およそ二メートル、長さ五メートルに及ぶ巨大な鋼鉄製のドリルだった。
その鋼鉄製のドリルと連動する輪から伸びるハンドルを、ティーナは両手でしっかりと握る。
両腕で大きく円を描くように、慎重に右へと回していく。
その輪の大きさは、ティーナの身長に合わせて作られていた。
体の芯はぶれることなく、まるで何の抵抗も感じていないかのように、両腕は大きな円を描き続ける。
ハンドルは、ぐるぐると絶え間なく回り続けていた。
その速さに、見ていた者たちは思わず目を見張っていた。
すると、連動されている巨大なドリルが回転しながら地中へと潜っていった。
硬い地面が、わずかな音とともに崩れていき、
その勢いは止まることなく、やがて地中深くに沈み──ついには、姿を消した。
砕かれた土と岩は、ドリルの上部に自然と積み上がる仕組みになっていた。
「水が出ました!」
声を上げたのは、穴の様子を見ていた一人の兵士だった。
その報告を受け、アルヴァン王子はすぐに指示を出す。
「ティーナ、今度は左へ回してくれ。ゆっくりで大丈夫だ」
ティーナは、うまくできたことが嬉しくて、にこっと笑って答えた。
「はい」
ティーナは再びハンドルに手をかけ、ゆっくりと左へと回し始めた。──でも早かった。
鋼鉄のドリルは、掘った土と砕けた岩を抱えたまま、回転することなく、静かに上へと押し上がってきていた。
地中から押し上げられた土砂が、穴の縁からあふれ出す。
周囲の近衛兵たちはすぐさま動き出し、スコップや板を使って、土砂が穴に戻らないよう懸命に取り除いていた。
だが、ティーナの動きはあまりにも速く、三十人がかりの作業でも追いつかない。
地中から押し上げられる土と砕けた岩が、ひっきりなしにあふれ出していた。
それを見て、アルヴァン王子が静かに声をかける。
「ティーナ、もっとゆっくり。もっと、やさしく」
「はい」
素直な返事が返ってきたが──
「ちゃんとやらなきゃ」という思いが強すぎるのか、動きは少し遅くなっただけであった。
作業が終わったとき、近衛兵たちは汗を吹き出し、精魂尽き果てていた。
わずか十分ほどの時のうちに、井戸は掘り終わってしまった。
だが、ティーナだけは涼しい顔で立ち、わずかに笑みを浮かべた。
「上手にできました」
その一言を、まっすぐにアルヴァン王子へと向ける。
王子もまた、深くうなずいた。
シグルドは、いつものように空を見上げ、心の整理をつけるように”神だ”と呟いていた。
──もっとも、天幕に覆われたその場所から空は見えていなかったが。
作業を終えたティーナは、静かにハンドルから手を離した。
その小さな体を守るように、別の近衛兵たちが黒い天幕の出口へと導いていく。
天幕の外では、用意された馬車がすでに待っていた。
ティーナが乗り込むと、そこには侍女のベアトリスが控えていた。
ベアトリスは手際よく、乱れた髪を整え、服についたほこりを払い落としていく。
「今日は何度もこれをしますから、そんなに整えてくださらなくても……」
ティーナが遠慮がちにそう言うと、ベアトリスは穏やかだがはっきりと返した。
「私の役目ですから」
ティーナを美しく仕上げること──それは、ベアトリスにとって誇りであり、情熱でもあった。
シグルドの部隊は、天幕の解体に取りかかっていた。
巨大なドリルを布で覆い隠しながら、何十人がかりで鋼鉄の荷台へと慎重に積み上げていた。
一方、大きな穴のまわりには、井戸として整備するための職人たちが十数人ほど集まっていた。
天幕が取り払われると、彼らは穴をのぞき込み、「水が出てるぞ!」と声を上げる。
「俺たちも頑張るぞ!」という掛け声とともに、
職人たちは息を合わせて作業に取りかかっていった。
数日もすれば、井戸は正式に使えるようになるだろう。
その姿を遠巻きに見ている住人たちが騒然となっていた。
「井戸から水が出たらしいぞ!」
「本当に、あの場所から水が……?」
「普通の井戸より、ずっと深いって話だ」
「新しい機械を、バルティナ家が作ったんだって」
「農業用水も、あの家がなんとかしたって聞いたわ」
「バルティナって、バルティネス家の分家じゃないか?」
「そもそもバルティネス家なんて、知らなかったけど……」
「でも、用水路ができて食べ物も安くなったし、日照りでも水があるんだから助かってるわ」
「ほんとだよな……ありがたい話だ。飲み水に困らないなんて」
人々の声は、驚きと感謝が入り混じっていた。
名も知らなかった家──それでも、確かに水は出ていた。
それだけで、十分だった。
ティーナは、この一週間、学校を休んでいた。
そして、早朝から日暮れまで、淡々と、黙々と──井戸を掘り続けていた。
それは、アルヴァン王子の判断だった。
一か所ずつゆっくり進めるより、短期間で一気に終わらせたほうが、ティーナの力を広く知られずに済む。
噂というものは、一時的には広がっても、すぐに別の話題に取って代わられる──
それが世の常だと、王子は理解していた。
だが、その判断の裏には、もう一つの想いがあった。
それはただ、少しでも早くティーナと正式に婚約したいという願いだった。
一番大変だったのは、シグルド率いる近衛隊一千名だった。
七日間の作業を終えるころには、全員が魂が抜けたように疲れ果てていた。
だがその顔には、やり切ったという満足感があった。
人々からの感謝の言葉と、国のために尽くしたという誇り──
さらに、今回の任務に対する褒賞金で、懐も少しばかり潤っていた。
シグルドが《神》だと感じるのも、無理はなかった。
千人の鍛え上げられた兵たちが、一人の少女の速さに追いつけないのだから。
今回使用されたドリル型の井戸掘り機は、牛で引く形にも改造できる。
これにより、王都の水事情は大きく改善されるだろう。
ただし、一基の井戸を掘るには二週間ほどかかる見込みだ。
地中に岩があれば、牛の力では砕けない可能性もある。
七日間にわたる作業の末、王都には百を超える深井戸が完成した。
そのすべてが、水源に恵まれず、水の確保が困難だった地域に設置されたものだった。
どの井戸からも、澄んだ冷たい水が絶えず湧き出していた。
そして──バルティネス男爵家のこぢんまりとした庭にも、ひとつの井戸ができていた。
澄んだ水は草花を元気づけ、数匹のてんとう虫が陽の光を浴びながら、のんびりと羽ばたいていた。
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