41 何気ない一日
シグルド護衛隊長(アルヴァン王子直轄の近衛兵一千名を率いる)が、早朝にバルティネス男爵家に「頼もう」と大きな声で言った、何気ない一日の始まりだった。
その朝、ティーナのやわらかな髪は、ベアトリスの櫛によって静かにとかされていた。
鏡に映る自分の姿を見つめながら、ティーナは心の中でそっとつぶやく。
「今日も、誰も傷つけませんように」
それは、幼いころから毎朝欠かさず続けてきた祈り。
いまはもう、力が暴れる気配はない。
けれどその祈りは、今日という一日を生きるための、優しく静かな原動力であり続けていた。
ベアトリスは、いつものように質素な服を選びながらも、配色や小物の組み合わせに細やかな工夫を凝らしていた。
ティーナの静かな魅力を、そっと引き立てるために。
やがて仕上げを終えると、ベアトリスは一歩下がり、穏やかな声で一言だけ告げた。
「本日も、美しく仕上がりました。」
その後、マルレーネの家事も、ベアトリスは手際よく手伝っていた。
作業の合間に、マルレーネがふと思い出したように笑う。
「最近ね、エドワードが言うことを聞かなくて……でも今朝は、食器を洗ってくれたのよ」
「エドワード様が、ですか?」
思わず驚いたように聞き返すベアトリスに、マルレーネは振り返ってにこりと笑った。
「そうよ。ちゃんと最後まで洗ってくれたの」
「──でもね、これからは私がするけど」
その言葉の奥には、息子の優しさへの感謝と、母としての可愛らしい独占欲が、そっとにじんでいた。
元王妃にメイド・オブ・マスターとして仕えていたベアトリスは、王妃の死後、宮廷への復帰を打診された。だが、それを丁寧に断っている。
若くして王妃に見込まれ、メイド長となったものの、その道は決して平坦ではなかった。
給金だけを比べれば、今とは天と地ほどの差がある。
それでもベアトリスにとっては、バルティネス男爵家の穏やかな空気と、
質素な服を工夫しながら、ティーナの美しさを引き立てていく──その難しさと楽しさこそが、何よりのやりがいになっていた。
国王ノアティスと王妃セリシアは、寝室で静かに朝食をとっていた。
ふと顔を上げたノアティスが、執事にたずねる。
「アルヴァンは、まだ変装して学校に通っているのか?」
執事は恭しくうなずいた。
「はい。本日もご機嫌で出発されました」
ノアティスは苦い顔でため息をつく。
「まったく、あいつはいつまで続けるつもりだ」
すると、王妃が微笑を浮かべながら返した。
「あなたの子ですから」
ノアティスは少し目をそらしながら、ぶっきらぼうに答える。
「……そうだったか」
続けざまに王妃がからかうように言う。
「あなたの求愛も、私は驚きましたよ。あそこまでされるとは」
ノアティスはそれ以上何も言わず、話題をそっと終わらせた。
──どうやら、彼にも若い頃の“やらかし”があったらしい。
なお、アルヴァンは変装がまだばれていないと思っていたが、ノアティス王のもとには最初からすべての報告が届いていた。
イケメン三人組の一人、知的派のユリウスのもとに、王家の印が押された書状が届いた。
差出人はバルティネス男爵家──婚約解消の通知だった。
無理だと分かっていた。けれど、正式に申し込んだ以上、わずかな望みにすがっていた。
本来、下位貴族から上位貴族への婚約破棄は通らない。
だが今回、それは王家の名で通達された。覆す術はない。
その書状を読み終えたとき、ユリウスは声もなく、膝から崩れ落ちていた。
イケメン三人組の一人、論理派のセイルは、すでにティーナのことはあきらめていた。
あらゆる手を思考の中で検討してみたが、覆せる策は一つも見つからなかった。
その一方で、ふと気になっていたのは──ティーナの友人、クラリス。
手先が器用で、少しおっとりしていて、ふっくらとした穏やかな雰囲気を持つ子だった。
皆で昼食をとるとき、丁寧に料理を取り分ける姿が、どこか心に残っていた。
一方、机に突っ伏しながらよだれを垂らしているミーナは……さすがにセイルには無理だった。
快活で前向き、動きも機敏なミーナは、クラスの男子たちからは人気があったが、イケメン三人組のような上位貴族にはまるで興味を示していなかった。
イケメン三人組の一人、熱血派のレオンは、すでにティーナのことは頭に残っていなかった。
いま彼が夢中になっているのは──打倒グレイヴ。すなわち、シグルドである。
その想いを胸に、レオンは朝から特訓に打ち込み、全身汗まみれになっていた。
グレイヴとドンパッチは、教室で隠密語を使って会話していた。
それぞれ、シグルドとアルヴァン王子である。
「今日はクラウス殿との剣の修行じゃなかったのか?」
問いかけに、グレイヴはいつものだらけた姿勢えではなく、今日は背筋をまっすぐに伸ばしていた。
顔を真っ赤にし、膝を震わせながら答える。
「……基礎ができていないと言われて、返された」
「お前、調子悪いのか?」
「いや、大丈夫だ」
そう言いつつも、よく見ると腰がわずかに椅子から浮いている。
机の陰で、剣を構えるような姿勢を保っていた。
クラウスから教えられた「座っているときの体幹の作り方」を、必死に守ろうとしていたのだ。
おしゃれと恋に憧れる年頃の妹ソフィアは、学校で友達に話していた。
「わたし、王宮の舞踏会に行けるかもしれないの」
まわりの女子たちは口々に羨ましがったが、そのときは誰も本気にしていなかった。
クラウスとマルレーネは昨日、アルヴァン王子から爵位の上げ方について話を聞いていた。
ティーナにそこまでの力があるとは、正直、すぐには信じがたかった。
だが、ふたりが「民のためになることをしている」と知ると、クラウスはこう告げた。
「お前たち二人で、自由にしろ」
「俺の名前を使うだけなら、好きに使え。ただし、やるのは自分たちでだ」
突き放すような言い方だったが、その背後には、何か別の思惑があるようにも感じられた。
エレオノーラとベルシアは、豪華な寝室で多くの付き人に身支度を整えられていた。
二人の関心はただ一つ──今日はどうやってティーナに触れようか、それだけだった。
ティーナは、触れられると少し戸惑う。けれど、その反応が、小動物のように愛らしい。
スタイルの良い二人にとって、小柄な彼女を抱きしめることは、どこか心を落ち着かせてくれる行為だった。
そして、姉妹思いの兄エドワードは、王宮警備担当としてはまだ最下位の立場にあったが、剣の腕はすでに群を抜いていた。
父の過去を知ったとき、自分もいつか英雄と呼ばれる将軍になるのだと、心に強く刻んだ。
しかし、男爵の身分では、どれほど実力があっても上官にはなれない。
それでもエドワードは──あきらめなければ、いつか夢はかなうと信じていた。
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