39 婚約の申し込み 4
口元に小さな笑みを浮かべながら、肩をすくめるようにして続けた。
「……もう、剣は弾かん。だから──今度は、二人で同時に攻めてこい」
構えを崩すことなく、手招きをひとつ。
「ほれ。早くしろ」
その挑発に、アルヴァンとジグルドが息を合わせて踏み出す。
一瞬の呼吸。迷いなく、同時に刃が閃いた。
だが──
そのすべてを、クラウスは軽くいなすだけで、真正面から崩してみせた。
一歩の踏み込みすら許されず、二人の体勢はあっさりと乱される。
フェイントを混ぜても無駄だった。
相手の視線は鋭く、それでいて余裕に満ち、まるで──すべての動きを見透かしているかのようだった。
ふたりは一瞬だけ後退し、視線を交俺ながら、口の動きだけで密やかに言葉を交俺た。
「……どうする?」
「ここまで子ども扱いかよ」
「俺が前から、上段斬りでいく。お前は後ろから、下から斬り上げろ」
「相手の退路に合わせて動け。……これなら、届く」
「殺す気でいかないと、このまま遊ばれて終わるぞ」
「……分かった。任せろ」
ふたりの瞳が鋭く燃え始める。
互いに鼓動を確かめ合い、沈黙の中に刃の意志を込める。
──このままでは終われない。
この一太刀で、必ず爪痕を残してみせる。
ジグルドが吠えるように声を上げ、渾身の力を込めて上段から剣を振り下ろした。
空気を裂く一閃──
だが、その一撃は、鋭い金属音と共にいともたやすく受け流される。
「カキィン!」
硬質な衝撃音が響いた刹那、ジグルドの剣は受け流され、その身体は地面に転がった。
だが、その顔には悔しさではなく、笑みが浮かんでいた。
「──これで決まった。アルヴァンの剣は、もう防げない……!」
その直後、鋭い金属音が重なり、アルヴァンが転がるようにしてジグルドにぶつかってしまった。
ふたりは地面から同時に顔を上げ、視線をクラウスの方へと向ける。
クラウスは肩をすくめるように笑みを浮かべ、両手に握った二振りの剣をわずかに持ち上げて見せた。
「──本当に、お前らは馬鹿正直だな」
その声音には、戦場を知る者ならではの重みと確信がこもっていた。
「前と後ろから攻撃すれば、何が来るかくらい、すぐにわかるだろう」
彼は円の中から一歩も動かず、足元の印も乱れていないまま、言葉を続ける。
「たしかに俺は“この円から出ない”とは言ったがな──“一つの剣で戦う”なんて、一言も言っていない。この短い剣は、最初から隠していたんだよ」
短剣をひらりとひねって見せながら、楽しげに口の端を上げる。
「もっと頭を使え。俺を騙せないようじゃ、戦いでは勝てないぞ」
その表情から笑みが消えた瞬間、クラウスの声音は鋭さを増した。
「──戦場で生き残りたいならな。どんな手を使ってでも生き延びる覚悟を持て。相手も同じことを考えてる。誠実に剣を振るうだけの奴は──真っ先に死ぬぞ」
空気が張り詰める。二人の若者は、ただその言葉を飲み込むしかなかった。
「これは剣だけの話じゃない」
クラウスの視線は、空を仰ぐように遠くへ向いていた。
「目に見えるすべてのもの。耳に聞こえるすべてのこと。それらすべてに──“本当か?”と疑う目を持て」
「そして、その中にある“真実”を、自分で見抜くんだ。そうすれば──生き残れる」
そう締めくくると、彼はふたたび若者たちに目を戻し、わずかに笑ってこう言った。
「ま、頑張らない者には……その道すら、開かれはしないがな」
クラウスは両手の剣を軽くおろし、ふたりの青年を見つめながら、なおも穏やかな口調で言った。
「──まだ、動けるだろう。どこまで通用するか……試してみろ」
その声には、ただの挑発ではない。見守る者のまなざしと、真剣な期待が込められていた。
「黒髪、お前は悪くない。……お前なら、頑張れば俺を越えられる」
ジグルドとアルヴァンは、互いに視線を交俺た。
そして──再び剣を握る。
動きは迷いなく、全力の一手一手が繰り出されていった。
読み合い、駆け引き、連携──持てる技術と策をすべて尽くしたふたりだったが、クラウスの円の内に、その刃が届くことはついに一度もなかった。
やがて、肩で息をするふたりの動きが止まる。足がふらつき、膝が地に着いた。
それを見たクラウスは、ようやく静かに口を開いた。
「──よし。ここまでだな」
勝者としてではなく、試練を終えた者を讃える者のように。
ジグルドは地に手をついたまま、少しだけ顔を上げ、笑みを浮かべた。
「……その若さで、ここまでやれれば──大したもんだ」
彼はふたりを交互に見つめながら、しみじみと語る。
「俺の若い頃より、ずっと筋がいいと思う」
そして、黒髪の青年へと目を向け、にやりとした笑みを見せた。
「黒髪──気が向いたら、いつでも来い。……俺の暇つぶしに、付き合ってくれ」
最後に金髪の青年へと視線を向け、少しばかり柔らかな口調になる。
「金髪は王子だからな。そうそう来られないだろうが……まあ、気が向いたら来いな」
アルヴァンは息を整えながら、ふと尋ねた。
「……どこかで、お会いしたことがありますか?」
クラウスは少しだけ目を細めて、かすかに首を振る。
「いや、ない。だが──お前の祖父とは、一度だけ顔を合わせたことがある」
そして、ふっと目を和ませて続ける。
「目が、よく似ていたからな」
その声には、昔を懐かなつかしむような響きがあった。
「……俺が言える立場じゃないがな。だが、ほんとうに──素晴らしい王だったよ。この国を改革して平和にした」
「俺は、人を殺めすぎた。仲間を失いすぎた。国に尽くすのは、もう疲れた。所詮、その程度の器の人間だ」
その声音には、後悔も未練も──すでに断ち切った男の静けさが滲んでいた。
クラウスは、ふたりの若者を見やったあと、ゆっくりと語りかけた。
「アルヴァン王子……自分で選んだ道なら、信じて進んでみろ。国を変えてみろ」
その瞳には、若者への真摯な期待と、老いた者の静かな願いが宿っていた。
「──お前なら、きっとやれる。俺は、そう思う」
しかしその直後、ふと口元が緩み、ぽろりと本音がこぼれた。
「しかし、なぜティーナなのか。心根は悪くないが、もっと他にいるだろう?」
──余計な一言を口にしてしまっていた。
ティーナは静かにアルヴァン王子のそばへ歩み寄り、そっと彼の腕を取ると、父に向かって凛とした声を放った。
「お父様──アルヴァン様を、こんな泥だらけにして遊ばないでください」
その瞳は柔らかくも、確かな怒気を秘めていた。じっと睨まれたクラウスは、一瞬たじろぐ。
さらにマルレーネが、続けるように冷たく言い放つ。
「私のかわいいティーナが“ふさわしく”ないですって? ──クラウス」
──クラウスは走って逃げ出していた。
その姿を見届けたアルヴァンとジグルドは、思わず顔を見合わせ──
「ティーナ君の家って……本当に、すごいな」
「驚きすぎて……もう、笑うしかない」
そう言って、ふたりは声をあげて笑い転げた。
そして──バルティネス男爵家のこぢんまりとした庭には、まだ一匹のてんとう虫が、陽の光を受けて、のんびりと羽ばたいていた。




