37 婚約の申し込み 2
ティーナの手によって開かれた扉の向こうには、穏やかな空気が広がっていた。
王族として厳しく育てられたアルヴァンにとっては──信じられない姿が、目の前に広がっていた。
リビングのソファにはクラウス男爵が悠々と腰掛けており、その膝の上には、夫人のマリレーネがちょこんと座っていた。
ふたりはまるで新婚のような雰囲気で寄り添い、マリレーネは夫の頬にそっと口づけをしている。
ティーナはその光景を目にしても、まったく動じる様子を見せなかった。
むしろ微笑ましそうに頬をゆるめると、一歩、部屋の中へと進んでいく。
アルヴァンは思考停止状態に陥ってしまっていた。
「お父様、お母様──どうぞ、喜んでくださいませ。婚約者の方を、お連れしました」
ティーナが胸を張ってそう告げると、部屋の空気が、ぱっと明るくなった。
クラウスは膝の上にマリレーネを抱きかかえたまま、破顔して言った。
「よくやった! さすがは、我が娘だ」
マリレーネも膝から降りる気配すら見せずに、ふわりと笑う。
「まぁ……ティーナが男の子を好きになるなんて、ちょっと信じられないわ」
ふたりの世界以外には、まるで興味がない──そんな雰囲気に包まれていた。
ティーナはさらに一歩前へ出て、堂々と言い切る。
「私の婚約者の、アルヴァン様です」
その一言に、マルレーネがぱっと目を輝かせた。
「すごい、ティーナ! しかも、かなりの男前じゃない!」
クラウスがすかさず苦々しげに言う。
「……ふん、あんな若造より、俺の方がいいに決まってる」
マリレーネが微笑しながら、指先でクラウスの鼻をつついた。
「あなた、やきもち焼いてるの? かわいいわ」
「こんな若僧に負けるわけがないだろ」
そう言いながら、マリレーネをぐいと抱き寄せる。
アルヴァンの思考停止状態はまだ解除されていない。
ティーナは父と母に向き直り、まっすぐに願いを告げる。
「お父様、お母様……婚約しても、よろしいでしょうか」
「お前が選んだ相手だ。なら、反対する理由はない」
クラウスはあっさりと承認する。
「いいと思うわよ。二人ともお似合いだし」
マリレーネもにこやかに頷いた。
ティーナは満面の笑みで振り返る。
「アルヴァン様。ご承認いただきました。これで問題ありませんね?」
その無垢な笑顔には、王宮での謁見の記憶など微塵も感じられなかった。
ティーナにとっては、王との対面も日常の一コマにすぎなかったのだ。
──これはまずい。
アルヴァンの思考停止状態が再起動する。
透き通る声だったが、そこには確かな意志の強さが感じられた。
「クラウス男爵殿……一つ、重要なお話がございます」
「うむ、聞こう」
短い言葉ではあったが、幾多の修羅場を乗り越えて到達した者の高みを感じさせた。
「私は、上位貴族の立場にあります。そのため、現状のままではティーナとの婚約が成立しません」
「……お前が家を出れば済むことだろう?」
クラウスは自然に答える。
「……それができれば、そうしていたと思います。しかし、私はこの国の未来のために、自らの家を離れることができません」
「ならば、婚約をあきらめるしかないな」
この返答にも、感情の揺れはまったくなかった。
だが、アルヴァンはまっすぐに彼の目を見返し、声を強めた。
「──しかし、ティーナ嬢との婚約も、私は決して諦めることができません」
沈黙が落ちる。
「大変だな……まあ、自分でどうにかするんだな」
その言葉の意味以外の感情は感じらられない。
「はい。そこで一つ、お願いがございます」
アルヴァンは真剣な眼差しで続ける。
「ティーナ嬢を、バルティネス男爵家の分家という形にしていただけないでしょうか」
「……」
クラウスは黙したまま、何も言わない。
王子はさらに頭を下げるようにして続ける。
「その上で、我々二人で国に貢献し、ティーナ嬢自身の爵位を高め、正式な婚約へと至る道を歩ませてください」
沈黙の中、クラウスが視線をティーナに向けた。
「ティーナ、お前はそれでよいのか?」
「はい。私はアルヴァン様を信じています。アルヴァン様がそうするとおっしゃるなら、私は従います」
「マルレーネは、どう思う?」
クラウスの問いかけに、マルレーネはふっと微笑んだ。
「ティーナがそこまで言うのなら、いいんじゃない?」
そう言って、隣にいたクラウスの頬に、そっと口づけを落とした。
クラウスは少しだけ沈黙し、考え込む素振りを見せたが──やがてうなずいた。
「……よかろう。認めよう」
そしてにやりと笑い、こう付け加える。
「そうなると、お前は俺の将来の息子だ。……玄関にいたやつも連れてこい」
「最近、体が鈍ってな。ちょっと相手してもらうぞ」
ジグルドの存在に、目を向けることすらなく感じ取っていたクラウスは、ゆっくりと立ち上がった。
「マルレーネ、少しだけ遊んでくる。待っててくれ」
「ええ、私もあなたのかっこいいところ、見に行くわ」
「……そうか」
わずかに頬を染めながら、クラウスは小さく笑った。
──そしてその直後。
バルティネス男爵家の小さな庭に、クラウス、アルヴァン、ジグルドの三人が、真剣を手に向かい合った。
風の音だけが、静かに緊張を撫でていた。
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理系のじじいの話も、暇つぶし程度にはなると思います。




