13 嫉妬 2
柔らかな朝の光が部屋いっぱいに差し込む中、ティーナは静かに制服の襟を整えていた。
鏡に映るのは、いつもと変わらぬ自分の姿。けれど、その奥には、「今日も誰も傷つけない」という、確かな意志が宿っていた。
その日もまた、昼休みになるとティーナは裏庭へと呼び出されていた。
「昨日の件について、少し話があるの」とだけ言われただけだったが、口調は丁寧で、誰かを責めるような雰囲気は感じられなかった。
けれど、教室には落ち着かない空気が広がっていた。生徒たちはまた何かが起きるのではとざわつき、視線がそわそわと揺れていた。
裏庭へ足を踏み入れた瞬間、昨日とは空気の質がまったく違っていた。
制服の上からでも筋肉の厚みがはっきり分かるような、屈強な男子生徒たちが数人、無言のまま整列して立っている。
昨日現れた上級生たちとはまったく別種の雰囲気だった。今回は“力”そのものを前面に押し出していた。
だが、そんな威圧感のただ中でも、ティーナは変わらぬ態度で一歩進み出て、丁寧に一礼した。
「お話があると伺って、参りました」
穏やかな声音と所作だけで、その場の緊張が一瞬だけ緩んだようにも見えた。
しかし後方で腕を組んでいた男子生徒のひとりが鼻で笑う。
「お嬢ちゃん、これ見てもまだ分かんねぇのか?」
その口調は乱暴で、明らかに挑発的だった。場をわざと乱しにかかる、典型的な取り巻きだ。
ティーナは少し首を傾げ、申し訳なさそうに目を伏せて答える。
「申し訳ありません……よく分からないのですが、お話というのは……?」
その声音に、怒気も警戒も感じられない。ただ、相手を立てることに徹したような、まっすぐな礼儀があった。
それに対して、別の取り巻きが肩をすくめて言った。
「この子、頭悪ぃんじゃねぇの?」
わざと聞こえるように言い放ち、周囲から小さな笑いが漏れる。だがティーナは、ただその言葉をそのまま受け止めていた。
そして、穏やかな表情のまま、率直に答える。
「はい……あまり勉強は得意ではありません」
その言葉は、言い訳でも自嘲でもなく、ただ正直で丁寧な返答だった。その物腰に、思わず黙り込む者もいた。
しばらく無言で様子を見ていた中央の男子生徒が、低く舌打ちをした。
「……いい、わからせろ!」
その一言で、場の空気が一気に変わる。笑っていた取り巻きの顔から余裕が消え、数人が無言のままティーナに向かってじりじりと歩み寄ってきた。
だが、ティーナは一歩も退く様子を見せなかった。
その瞳には、恐れも怒りもない。あるのは、ただ小さく首をかしげる無垢な反応だけ。
──この人たち……何か、遊びを始めるつもりなのかしら?
そんな風に思っているかのように、ティーナはどこか不思議そうに、彼らを見つめていた。
そのうちの一人が、勢いよく拳を振り上げてティーナに殴りかかってきた。
ティーナは自然な動きで一歩後ろに下がり、それをかわした。
さらに別の生徒が突っ込んでくる。今回は避けきれなかったが、ティーナはその拳を手のひらでそっと受け止める。
力を加えることなく、ただそっと。それだけで、突進の勢いは完全に止まっていた。
周囲からは、いつティーナが動いたのか、誰にも分からなかった。
ボス格の男子生徒の顔色が見る見るうちに変わっていく。力自慢の取り巻きたちが、まるで子ども扱いされている。
しかもそれを行っているのは、細く華奢な少女で──しかも、本気を出しているようにはまったく見えなかった。
「……もういい、止めろ!」
怒鳴り声が裏庭に響く。取り巻きたちは、その声に一斉に動きを止めた。
誰もが息を切らす中で、ティーナだけが変わらずその場に立ち、動じていなかった。
沈黙が落ちた裏庭の中で、ボス格の男子生徒がゆっくりとティーナに歩み寄った。
「……お嬢ちゃん、すげぇな」
乾いた笑いを浮かべ、額の汗をぬぐいながら、どこか素直な声音で続けた。
「なあ、それ……俺にも教えてくれよ。なんの流派だ?」
ティーナは静かに頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。皆さん、お怪我はありませんか?」
その声には戸惑いや咎めは一切なかった。ただ、相手を気遣う真っ直ぐな思いが込められていた。悪意を咎めるでも、勝ち誇るでもなく、変わらず礼儀正しく、誠実だった。
ティーナは頭を上げると、まっすぐに相手の目を見て静かに問いかける。
「……それと、お話というのは、何だったのでしょうか?」
「……いや、わるかった」
ボス格の男子生徒は頭をかきながら、気まずそうに視線をそらす。
「別に話があるわけじゃねぇ。ただ、ちょっと事情があってな」
そう呟いたあと、ふっと苦笑いを浮かべ、まるで冗談のような口ぶりで続けた。
「お嬢ちゃん、言ってくれたらいつでも俺、子分になるぜ」
その一言を最後に、彼と取り巻きたちは何も言わずに裏庭をあとにしていった。
ティーナはその背中を見送りながら、小さく首をかしげていた。
──最後まで、何が起きていたのかよく分からなかったけれど。
でも、全員が無事で帰っていった。それだけで十分だった。
……そして翌日も──ティーナはまた裏庭に呼び出されていた。
今度は事前に何の説明もなく、昼休みの最中に突然「来てほしい」とだけ伝えられた。
そこに待っていたのは、学園内でも特に鍛錬に力を入れている、騎士組の男子生徒たちだった。
剣に、鎧に、盾。まるで訓練というより儀式か何かのような完全装備。
ティーナは、いつもと変わらぬ礼儀正しさで一礼した。
もっとも、彼らが持っているのは実戦用の武具ではなく、訓練用の剣や槍だ。
それでも、その場に立ち込める空気は、十分すぎるほど物々しかった。
そして──結果は、今までと何も変わらなかった。
全力でかかってきた騎士組の生徒たちも、誰一人としてティーナに傷ひとつ与えることはできなかった。
むしろ彼女は、仲間に当たりそうになった矢を、素手で受け止めていた。
ティーナの心の中にあるのは、ただ一つ。
──ケガ、していないかな。
それだけを案じていた。恐れも怒りも、勝ち負けの意識すらなかった。
──その頃。
王宮の一室。鏡の中には、青白く生気のないベルシアの顔が映っていた。
そう、ティーナを裏庭に呼び出していたのは──ベルシアだった。
これまで何人もの生徒たちを通して、あらゆる手段を講じてきた。
だが、返ってくるのは、決まって同じ言葉。
「あの子は、純粋すぎて拍子を狂わされる。何人でかかっても、勝てる気がしない」
椅子に腰を下ろしたベルシアは、呟くように、ぽつりと声を漏らす。
「……あの子には、勝てないの」
その言葉には、怒りも悔しさもなかった。ただ、自分の持っているすべての理屈が崩れていくような、理解できないものへの困惑だけが残されていた。
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