第一話 鏡と椅子
言葉に疑問を含む言い方になったのは、その見た目があまりにも俺の知っている椅子とはかけ離れているからだった。
オシャレさを一切感じさせない木製のシンプルなデザインで、大きさは大人が座っても問題ないサイズ。
それはなんとなくで分かるが、問題はその見た目だ。
所々剥がれたり欠けたりしていてボロボロ。
四本の脚に接着剤か何かでくっつけただけの座面に背もたれと呼べるかわからないただの板。
肘掛けは今にも変な音を立ててもげとれそうになっている。
(え⋯⋯何このフリーマケットに出品しても目も向けてもらえないまま最後まで売れ残りそうな椅子)
そもそもそんな状態の椅子は売る前に捨てるだろ、なんて一人ノリツッコミをしたおかげで少し冷静さを取り戻せた気がする。
しかしこんな所に不法投棄とは、ズタボロになるまで使っておいて良いご身分だ。
(んー⋯⋯どうしたものか)
体も動かず声も出せない今の俺は何をしたって無意味と化してしまうが、そこまで非人道的な感性の持ち主ではない。
困っている人ーーもとい困っている椅子があればどうにかしてやりたい気持ちは少なからずある。
(ちょっとぉ誰かーここにある壊れかけのChair持っていってくださーい)
今ならなんと十割引きー、などとテレビ通販まがいなことを言ってみても何も返ってくるはずもなく。
聞こえてきたのは木々の葉を揺らす気まぐれな風の音。
(はぁ、どうすっかなーこれ)
悩んではみたものの、特に何も思い浮かばず疲れただけになってしまった。悩み損だ。損害賠償だ。
けれど俺もこの椅子もこのままというわけにもいかないので、取り敢えずその時が来たら考えることにした。
ーーーーーーーー三十分後。
(いやこれ俺じゃねーーかああああああ!!!!)
魂の叫びが出た。
もし声が聞こえていたら鳥が一斉に羽ばたいたりするのかな、なんてどうでもいいことを考える余裕はなかった。
(え、こ、これ、お、お、おれっ!?)
ここにきて初めて取り乱した。そうなるのも当然の反応だ。事故に遭って死んで目が覚めたら椅子でしたなんてどんな転生モノだよ、とツッコミを入れたくなるに決まっている。
(おおおおおれ、い、いい、いすになってる!?)
そして更にツッコミを入れたくなるのは、自分が椅子だということにおおよそ二時間もの間気付かなかった事実である。
ここまで気付くタイミングなどいくらでもあったはずなのに、その可能性を無意識に蚊帳の外に置き、さも自分と鏡の間に見えない椅子があるかのように話を進めていたことが自分でも恐ろしい。
(現実逃避にも程があるっ⋯⋯!!)
もちろん俺の目の前に透明な椅子があって、その椅子は目には見えないけど鏡には映るっていう可能性はゼロではない。
ゼロではない⋯⋯が、今更そんな非現実的な可能性を提示したところでこの話が解決するわけではない。
(まじか⋯⋯死んだと思ったら椅子になってたなんて⋯⋯いくら人じゃない何かになりたいって言っても⋯⋯ありえないだろこんなの)
少し前まで余裕のあった自分がもしここにいたらぶん殴ってやりたい。動けないけど。仮に動けたとしても二脚仲良く崩れ落ちるオチしか見えない。
ただそうなってくると、自分が椅子だと分かればいくつか辻褄は合ってくる。
当然椅子に人間が持つ三大欲求があるわけもなく、椅子が人間と同じように二足歩こ⋯⋯今の俺の脚は四本あるから人間ではなく四足歩行の動物とかで例える方が良いのだろうか。
(って、こんなくだらないことを考えてる場合じゃないんだっての)
我ながら頭のおかしいことだとはわかっている。分かってはいるが、このおかしな展開を受け入れるしか先へ進む道はない。そんな気がする。
今必要なのはこの問題をどうやって打開及び解決するかだ。
(現実逃避まがいなことを考えても仕方ない⋯⋯か)
やるべきことを再確認するために冷静さを取り戻そうと、マグマという名の感情を抑えるべく深呼吸を試みる。
信じたくはないが、どうやらこの目の前に映っている椅子はどうやらこの俺、山城一らしい。
(⋯⋯⋯⋯そういえば俺⋯⋯酸素、いるのか?)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから俺はもう一度状況を整理するために、生前からゆっくりじっくり記憶をたどっていくことにした。
本来なら紙とペンを使って文字に表すところだが、なぜか不思議と頭の中でまとまってしまうから便利だ。
これもまた〈シャット・アイ〉と同じ種類の能力なのだろうか。
ちなみに〈シャット・アイ〉とは俺がテキトーに考えた能力の名前だ。シャットは閉じる、アイは目。単純だが全方位カメラよりはマシだろう。
非常時だ、ネーミングセンスなんて言ってる場合ではない。とにかく呼びさすさ、覚えやすさ重視で行く。
色々と遡ったが、要約するとこんな感じだ。
人間だった頃、トラックに撥ねられて死亡
↓
なんやかんやあってここに壊れかけの椅子として転生(気付くまで二時間)
↓
超能力的なものが使えると判明
↓
今に至る
端的だが、大まかな要点はこんなものだろう。
(さて、問題はここか⋯⋯)
一番重要な点は濁してしまったが、しっかりと向き合わなければならない。
俺がなぜーーーー椅子に転生したか、だ。
最悪ここの場所はわからなくてもいい。街を見つけることができれば少なからず人は居るはずだ。
そこで俺が求めているものは二つ。
一つは何度も言っている通り、なぜ俺が椅子に転生しているのか。
濁した理由といってもその時の記憶がないってだけだが。
そしてもう一つはーーーー
(⋯⋯⋯⋯この鏡何?)
そう。さっきからある突然俺の隣に現れた謎の鏡だ。
一見すると、家の玄関の扉と勘違いしてしまいそうな程の大きさ。月明かりでもなければ鏡だなんて分からない程だ。
正直途中から気になってはいたが、他に優先することがあったから考えないようにしていた。
けれどやれることが限られてきた今、この問題も解決しなければならない。
しかし改めて見ると、そこらの一般人が持たないような立派な鏡だ。
銀色の枠に何かの宝石を等間隔で埋め込んでいる。
(こんな高そうな鏡、捨てられた⋯⋯わけではないよな)
俺と違ってお前は綺麗だし高そうだし、などといじけて想像で小石を蹴ってみる。
そもそもの話としてこの鏡は最初からなかったはずなのにどこから飛んできたのかが分からない限りは、どうしようもない。
仕方なく思い出せそうもない記憶を辿るしかないと項垂れると、ふと気になるものが視界の端に映った。
(⋯⋯ん?⋯⋯なんだコレ)
それはこの高級感溢れる鏡には少しアンバランスさを生み出してしまうものだった。
(⋯⋯ボタン?)
もちろん服の留め具の方ではなく、押すと電気がついたりする方のボタン、いわゆるスイッチだ。
しかしなぜ枠の下の真ん中にボタンなんて付いているのか。
また鏡の存在より気になるものが出てきてしまった。
押してみようにも手がないから代わりに肘掛けで押せないかなと意味のないことを考えていた時、何の前触れもなく目の前に天狗風が発生した。
(うおっ!?)
土や砂、地面に落ちている葉っぱをも巻き込んで生み出されたそれは、例えるなら小さな台風と言える。
その勢いは一瞬だったがあまりにも突然の出来事だったため、〈シャット・アイ〉中に目を閉じる感覚で視界を暗くしてしまった。
反射的に起きたことなので、これも原理は不明だ。
ただ、俺に外付けの目はないから閉じる必要性はこれっぽっちもないが、こればかりは人間時代の名残なので直ぐには抜けそうにもない。
(⋯⋯⋯⋯止んだか?)
確認しようと再び〈シャット・アイ〉に切り替える。
これはフェードアウトみたいに、何も見えない暗闇から月明かりに照らされた風景が浮かび上がってくる。
目を開けると、そこにはあいも変わらず高級感溢れる鏡が泰然と構えているだけーーではなかった。
(⋯⋯⋯⋯なんか、増えとる)
今回は驚きこそしなかったものの、面倒事が増えた感じがして体というより心にドッと疲れが押し寄せてきた。
その元凶となるものが、鏡にしっかりと映し出されてしまっている。
(壊れそうな椅子⋯⋯星なし⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?)
映っている内容を一部読んでみたが、直ぐに内容を理解出来る程、まだ俺は現状に染まりきれていないらしい。
それから四、五度繰り返し読んだところでやっと言葉の意味を汲み取れた。
(もしかしなくても⋯⋯これ俺のことか?)
本来物体を反射して映し出す鏡だが、俺の周りには鏡に映っているような空中に浮く文字も枠もないため、鏡の中にだけ表示されているものと考える方が妥当だろう。
それにそう解釈できたのは、他にも書かれているものがいくつかあったからだ。
ここからはゲームの育成画面を想像してくれたほうがわかりやすいと思う。といっても俺がイメージする現代の日本で、最も近しいものがそれってだけだったんだが。
鏡には俺の壊れかけの横姿が映っていて、右上には今読んだ現在の俺の状態と、色の着いていない形だけの星マークが五つ。
左上には俺の姿を小さくアイコン化したものと、HP・MPと書かれたもの。
それと能力一覧と書かれたタブみたいなものが左下に現れていた。
(一応、他にもあるにはあるけど⋯⋯今はまだ使える感じの光り方じゃないし、放っておこう)
使えそうなのは白く光って、反応なさそうなのは光が消えている。
この考えが当たっているかは不明だが、分からないことを考えても埒が明かないことなど目に見えている。
そもそも鏡に俺の情報が映ったってだけで、これを俺が扱えるかはまた別の話だ。
ただ、もし使えるならこの状況を打破するヒントが得られるかもしれない。
(まずはこの画面の操作方法を探らないとな⋯⋯)
果たして本当に現状を打破できるかは定かではない。
それでもここでくたばらない可能性がわずかでもあるならと、目の前の無機物に映る無機物に生き延びてやると誓った夜だった。
(いや待てよ⋯⋯椅子に命が宿ってるから無機物じゃなくて有機物では⋯⋯?)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人間時代の感覚でもうそろそろ太陽が顔を出そうかという頃。
あれから俺は鏡の操作を行うために試行錯誤をしていた。
今使用できる能力の範囲で終わればラッキー。終わらなければ新しい能力を自力で発現させなければならない。
ということで、まずは俺の使える数少ない能力で操作できるかを試してみた。
結論から言えば、元々持っていた二つの能力では無理だった。
〈シャット・アイ〉は見るだけの能力、そこから偶然見つけだした〈シャット・アイ〉中に目の前を暗くする能力。
どちらも意識して鏡に向けてみても、うんともすんとも言わない。
ただ、目の前を暗くする能力。実際のところ目の前の情報をなくして聴覚を鋭敏にする能力だと判明した。
これを使うと目の前は見えなくなるが、恐らく半径十数キロの音は拾えるようになっていた。
(おぉ⋯⋯すげえ⋯⋯相変わらず人の声は聞こえないけど)
そしてこの能力の名前を〈エリア・ヒアリング〉と名付けた。何気にこの名付けしていく過程が一つの楽しみだったりする。
この時の俺は能力を使いこなして距離を伸ばしたい、〈シャット・アイ〉も〈エリア・ヒアリング〉と同じように見える距離を広げられないか、何なら二つ同時に使用できないかなどと考えていた。
恥ずかしい限りだか、アラサーにもなって浮かれていたように思う。反省。
しかし浮かれていたのも束の間、目の前の鏡から普通の何十倍にも増した目覚ましのような音が俺の聴覚になだれ込んできた。
(うるさっっっっ!!!???)
どうやら〈エリア・ヒアリング〉中は遠くの音がよく聞こえる代わりに、近くの音までよく聞こえてしまうようだ。
メリットだけではなく、しっかりデメリットも存在することを学びつつも、あと一秒たりともこの不快通り越して吐き気のする音を聞いていたくないと、〈シャット・アイ〉に切り替える。
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?)
目の前には先程までなかった文字が鏡に映し出されていた。しかもーーーー赤文字で。
【あなたの「死」まで残り十分を切りました】
はじめまして,レヲンです!
二度目の方は二度目まして。
読んでいただきありがとうございます!
今回はそこまで物語としての展開は少なかったですが、次回から進めていこうかと絶賛考え中⋯⋯。
今後とも宜しくお願いします!
趣味なのでとても読めたものではないかもしれませんが,そこは何卒ご了承ください!
不定期投稿ですが続きが読みたいと思っていただけるような作品を作れるようのんびり頑張ります。
※ちょいちょい訂正すると思います。