第2章・最終話 そうしてね、みんな、ささやかにつつましく
ディータとアルノーは、エリサを送り届けた時に、ノーラにも挨拶をしに行った。
エリサは、アイナが戻るまでの間、ノーラの家に居候することに決めていた。
「二人だけで本当に大丈夫か? また軍の連中が押しかけたりしないか?」
だが、ノーラは笑っていた。
「あの二人…特に”人造人間の”がそうと決めたなら、軍なんて1年もかからずに潰すわよ」
その言葉に、ディータとアルノーは別の意味で不安を抱きつつ、それでも自分たちの国へと帰っていった。
その言葉通りだった。
数か月後、軍部が突如として瓦解したというニュースが国中に広まったのだ。
あのうさん臭い青年は、本当に”いつから”、”誰のために”準備をしていたものやら…。
しかも、アイナ自身の手で壊させる、という……。
ノーラも、隣国の兄弟も、思いの深さに、呆れるというか、恐ろしいというか……、頭を抱えそうになっていた。
けれども、軍部瓦解のニュースが大々的に流れても、アイナは戻ってこなかった。
兄弟は以後、半年ごとにノーラやエリサに手紙を送り、無事を確かめ続けた。
まめな兄弟である。
軍瓦解後、即座に、防衛のみに特化した小さな新組織が発足。
責任者として名前が挙がったのは、「ラーズィー」と名乗る人物だった。
その顔を見た者はごくわずかで、彼は任務よりも、ある女性の傍らを優先していたという。
すべては伝聞。
「ラーズィー」なる人物について、憶測されることはあるものの、証拠はない。
それでも、軍が消えても、人々の生活は大きく変わらなかった。
変わる必要がなかったのだ。
◇◇◇◇
そうして、3年が過ぎた。
町の通りを、一人の女性が歩いていた。
手入れの行き届いていない黒い長髪をざっくりひとまとめにし、眼鏡をかけたその姿は、どこか冴えない印象を与える。
猫背気味な歩き方。だが、足取りは確かだった。
彼女は迷うことなく、記憶にある家の前へとたどり着いた。
そして、家の外で草木の世話をしていた二人に声をかける。
「ただいまぁー。久しぶりです、”合成獣の”。エリサ」
「ア…アイナさん!!」
「アイナ!」
ハハハ、とアイナは、笑い、手に持っていたケーキ箱を手渡した。
「お土産です。と言っても、そこのケーキ屋さんで買ったものなので、珍しくも何ともありませんけれどね」
「……アイナ……人造人間の錬金術師の…あいつは?」
ノーラの質問に、アイナは、私も知らないです、と言った。
その顔は、3年前とほとんど変わらず、のほほんとしたものだった。
「軍を壊滅させて、その後も少しの間は一緒にいましたが、その後は勝手にどこかへ行きました」
「聞いた話では、新しくできた新組織の隊長になったとか?」
「ええ、その時もまた偽名を使っていました。そして私には“補佐官になれ”という辞令が届いたので、即座に燃やしました。それきりです」
淡々とした口調だったが、しっかりと嫌悪が滲んでいた。
彼に対しての嫌悪感は健在らしい。
「それから……もう、錬成陣も作動しませんよ。垂兎がいなくても大丈夫です」
「え?」
「肩甲骨のあたりの皮膚を大幅に再構築しました。他の部位から皮膚を移植して、錬成陣を潰したんです」
「まさか……それ、」
「ええ、忌々しいことに、”人造人間の”がやりました。痛みも全然なかったです。それがまた腹立たしい」
言葉とは裏腹に、どこか感謝も滲んでいるようだった。
アイナのそういう部分を知っているノーラは、何とも言えない目をした。
「それでも垂兎はかわいいから、これからも一緒に暮らしますけどね」
肩に乗っていた垂兎をつつき、アイナは微笑んで言った。
「なんで3年も……」
エリサの問いに、アイナの目がやや伏せられる。
「……私には、やはり恋愛感情というものが理解できませんでした……」
ああ、と、ノーラはため息のような返事をした。
アイナなりの、努力はしたのだろう……。
「それと、まあ、かなり大きめの皮膚移植などをしたので、無理はするな、動くな、家から出るな、と入院生活のようなことをしていましたし」
アイナは、表情をいつものものに戻して、事も無げに言う。
「…ケーキもあることですし、お茶にしましょうか」
その話はもう終いだ、とばかりにエリサが言い、それに従い3人は家の中へと消えていく。
そうしてドアが、パタリと閉じられる。
……その様子を静かに見守っていた目に、三人は気づいていた。
だが、誰も何も言わなかった。
隣国の兄弟は、腕の良い医者として名を馳せているとのこと。
アイナが帰った事をノーラは手紙で知らせた。
アイナもこの時ばかりは、きちんとした礼状を送った。
ノーラとアイナの手紙で、事の次第を知った兄弟は、憐れむようなため息を幾度か吐いたらしい。
誰に向けて、なのかはわからない。
風変わりな錬金術師たちと、隣国の兄弟医師との不思議な縁は、こうして終わりを迎えた。
そして、アイナもエリサも、ノーラも、その後、一度たりとも、町から出ることはなかったと言う…
-了-
実は第1章を書きあげた時にも、第2章はできていました。
第1章で終わらせたままにしておいても良かったのですが。
書き上げてしまったものはアップしたい。
しかしながら、自分で何となくこれでいいのか?という思ってしまって…。
それで数か月寝かせてみると、別の形にしたいと思い、第2章の冒頭以外を全部書き直しました。
……最初に書き上げたものは、大道芸人の人は、イカサマ錬金術で、彼にバカにされたアイナが静かに怒りを爆発させ、隣国の医師の兄弟はまたもや頭を痛める、というのが大まかな筋でした。
それが、まあ…我ながら、どうしてこうなった…。
愛着ある3人ではあるので、彼女らが幸せであればいいなあ、とは思っています。
恋愛でいう「好き」という感情は何なのだろう、と考え始めると「相手に興味を持ってもらいたい」という部分が大きいかもしれない、と思いまして。
そうして、あんな変た…変人なキャラができあがってしまいました。
好いた相手を思いやるけれども、嫌悪感を押し付けてくる、いやはや、何とも気色悪いストーカーではありますが、健気さは人一倍、いや、底なしかと。
これにて、このお話は終わりとなります。
このお話にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございます。