第2章・第1話 不機嫌な錬金術師
澄み切った青空のもと、空よりも深い青い色をしている海原を、一艘の客船が進んでいた。
客船上の2人の女性は、甲板の隅でぼんやりと海原を眺めていた。
片方の女性は分厚い眼鏡をかけ、肩甲骨まで伸びた重たい黒髪をひとつに束ねた、地味な印象だった。
彼女は、不機嫌そうに前髪をかき上げながら、空と海を交互ににらみつけている。まるで「明日にでもこの世が滅びてしまえばいい」とでも言いたげな表情だ。
頭上に、帽子なのか飾りなのか奇妙なものをのせていた。
上着の肩には、一本の剣に絡まるようにして互いの尾を噛み合う二匹の蛇――そんな紋章をあしらった飾りボタンが付いていた。
隣に立つもう一人の女性も眼鏡をかけている。こちらは髪は短めのボブスタイル。妹なのか雰囲気は似ている。
が、隣の女性と比べると線が細いイメージである。
彼女は隣の女性の横に立ち、幾度目かの大きなため息をついた。
「気持ちはわかりますが、気を取り直して楽しみませんか?」
ここに至るまで、ずっと不機嫌なままの女性に、そう声をかけるが、一向に治まる気配をみせなかった。
しかし、ん?と片眉を動かし、すっとその表情を変え左方を眺め始める。
「どうかしましたか?」
ボブカットの女性も、その目線をたどると、わずかばかりの人垣ができていた。
何か見世物が始まっており、そこへ集まっているらしい。
ちらり、とお互い視線を交わし合い、軽く頷くとその人垣に近づいて行った。
「これはね未知の生物でして」
と言うと、ポケットから、小さな白い生き物を取り出した。確かに見たことのない姿だ。
「はい、挨拶は?」
と青年が言うと、その白い生き物は、ピョコと首を動かしてお辞儀した。
「かわいい……」
女性陣から小声でそんな声が聞こえてくる。
その生き物はリスに似ているが、体は妙に細長い。
手のひらに収まるサイズだが、蛇のように長く、細かく動き回っている。
青年の手の上で、空いている方の片手を鼻先で探ってみたり、小ぜわしく動いている。
「ルゥと言ってね…ホーラ、ルゥ、餌だよ」などと説明している。
ルゥと呼ばれた生き物は、餌を乗せた片手に顔を突っ込んで食べているようだ…。
「へぇ…生き物…にしては、手の中だけで動いて見えますね、アイナさん」
ボブカットの女性が、隣の女性――アイナに声をかける。
アイナはこぶしに顎を乗せながら、うーん…、と返事とも不機嫌からくる唸り声ともとれる音を喉の奥で鳴らした。
アイナ……彼女は後ろ向きな感情を錬成するという珍しい術を扱う錬金術師だ。……自称、ではなく、一応は優秀らしい。
傍らの女性は、エリサ。
エリサもまた、錬金術師であるが、だが彼女は人造人間、いわゆるホムンクルスである。
アイナが頭に乗せているのは、垂兎。
垂兎も作られた生命体、合成獣である。
そして、アイナの、やっかいな練成術のストッパーの役割も果たす生き物である。
出無精のアイナが、住む土地から離れた海上にいる理由は、一通の手紙から始まった。




