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最終章 -私と-

 明け方、空が明るくなり始めた頃、ふと目が覚めた。

「お、目え覚めたか、サキ」

 ん? 誰かいる。あぁ、トムか。いやいや、明らかに声が違う。誰だ? 私は慌てて飛び起きて、辺りを見回す―までもなかった。声の主は、私のすぐ目の前にいたからだ。

「なっ、だっ、はぁっ?」

 私はこの事態が飲み込めるはずもなく、後ろに後ずさるしかなかった。

 私のベッドの上に正座をしている。中年前のおじさん。オッサンというよりは、おじさん。愛想のいい笑顔を振りまきながら、私を見ている。私はそんなに中年男性に人気なのだろうか。トムといい、このおじさんといい、何でみんな私に会いに来るんだ? ちなみにこのおじさんはトムとは違って、等身大サイズである。笑ってはいるが、さすがに怖い。

「やっぱりサキは覚えてへんかったか、俺のこと。まぁしゃあないか」

「私の……知り合い?」

 恐る恐る、私はおじさんに聞いてみた。その一方で、おじさんのことを落ち着いて観察してみる。おじさんは正座したまま動きそうにないので、おそらく安全だろう。

 よく見ると、おじさんの身体は透き通っている。半透明というのか、おじさんの向こう側にある私の部屋が丸見えになっているのだ。これは、普通ありえないことだ。ということは、このおじさんは、幽霊か何かなのか?

 不安そうにしている私を笑い飛ばすかのように、おじさんは突然高らかに笑い出した。

「まぁサキにとっては、俺は知り合い以下やろな。でも俺にしてみたら、サキは大事な大事な存在や」

 身に覚えがないにも拘らず、そう言われたものだから、私はもう一度おじさんをよくよく見てみた。今度は、自分の記憶の中にある、数々の顔と照らし合わせてみながら。そのとき、ぱちっと音を立てるほどに、上手く当てはまった記憶があった。

「お父さん……?」

 確かに間違いないはずだ。決して薄れることのない古い記憶の中で、写真の中で、何度も見ていた顔だ。私がそう言うと、おじさんは微笑みながら頷いてくれた。咄嗟に、涙が溢れそうになる。私は無意識の間に、何度もお父さんを呼んでいた。

「サキ、元気そうで何よりや。ていうか、思い出せてもろて良かったわ。思い出されへんかったら、元も子もないからなぁ」

 あっけらかんとして笑うお父さんが、すごく懐かしかった。この笑顔が、私の中に温かい優しい記憶として残っていた。あぁ、本当にお父さんだ。そう実感した途端、堪えていた涙が溢れ出した。

「サキ、泣くな。お前は笑顔が可愛い子なんやから。お前が笑ってくれてな、俺は不安でしゃあないんや」

 お父さんの手が、私の頬に触れた。本当に触れることはないが、温かい空気だけは感じることが出来た。私は嬉しいのか悲しいのか、何だかもう訳が分からなくなった。とにかく、涙だけは止めどなく溢れた。

「サキ、ごめんやけどお父さん、もう帰らなあかんのや。せっかく会えたのに、すまんな」

「嫌や! お父さん、もうちょっとここにおってよ」

 私は駄々をこねた。お父さんにわがままを言うのは、人生で初めてだ。病気がちで身体の弱かったお父さんに無理をさせないように、私は何をするにも、お父さんに気を使っていた。でも、今なら言える。私は、出来る限り思うように生きていくんだから。無理だと分かっていても、何か言えば変わるかもしれない。トムに、そう教えてもらった。

「すまんな、サキ。そんなわけにいかんのや」

 お父さんが私をなだめるために、優しく頭を撫でてくれた。私はお父さんと離れなければならないのが寂しくて、少しでも長くお父さんにここにいて欲しくて、何度もお父さんを呼んだ。行かんといて、と言いながら。言えなかったわがままを、お父さんにぶつける。けれど、わがままは聞いてもらえないというのが、普通だ。私のこのわがままも、やはり聞いてもらえない。お父さんは私の頭を撫でながら、何度も何度も謝ってくれた。

「サキ、俺はずっとお前のこと見てるからな。苦しい時もあるやろうけど、そんなことに負けんと笑ってて欲しいんや。俺は、サキの笑顔がほんまに大好きなんや。サキの笑顔のおかげで、お父さん何度も頑張ってこれたんやから。だから、ちゃんと幸せになって、いつも笑っててくれ」

 お父さんは、寂しそうな笑顔を浮かべながら言った。

「花が咲いてるみたいに、笑顔の輝く子になるように、咲輝(サキ)、お前の名前にはお父さんとお母さんの、そんな願いが込められてるんや。だからお父さんに、サキの笑顔を、一回でも多く見せてくれ」

 私は、溢れる涙を拭って、お父さんを見た。さっき見たときよりも、薄くなっている。本当に、もうすぐ行ってしまうのか。私はお父さんのために、精一杯の笑顔を作った。

「お父さん、ありがとう。私、頑張るわ。何があっても負けへん。やから、安心してや」

 私がそう言うと、お父さんは心底安心したような柔らかい笑顔を見せてくれた。

「そうか。サキ、お前は一人やないんやから、しっかり頑張るんやで」

「あんまりお母さんのこと心配させんようにな。お前はたった一人の娘やねんから。大事にしたってや」

「勉強もちゃんとせなあかんけど、それ以上に、いっぱい楽しめよ。人生一回きりやねんから、何でも好きなことやらな損やぞ」

 お父さんが最後に畳み掛けるように言った数々の言葉を、私は決して忘れないように、一字一句、胸に焼き付けていった。

 そして、お父さんの姿はいよいよ見えなくなっていった。

「お父さん……」

 私は嗚咽混じりに、必死にお父さんを呼んだ。

「サキ、もう時間切れみたいや」

 わがままがかなうとは思っていなかったが、奇跡を願ってお父さんを呼び続けた。お父さんも、寂しそうな目で私を見ていた。そして、もういよいよ姿が見えなくなろうとしているとき、お父さんはこう言った。


「サキ、お前と過ごせた一ヶ月間、楽しかったで」






 お父さんが朝日と共に消えたその後、私は眠れるはずがなかった。しばらくの間、ベッドの上に座り込んで泣き続けていたが、お父さんの最後の言葉の意味が気になって仕方ない。

 思い当たることは一つしかない。一ヶ月というと、私がトムと過ごした期間と等しい。正しくは一ヶ月と十二日間だが。トムとお父さんが関係し合っていることは、間違いないと思う。けれど、何故か嫌な予感がする。

 そうだ、何だかんだ言って、トムはお父さんの使いだったんじゃないか?それで、お父さんはトムに乗り移るとかして、私を見守っていたのかもしれない。真偽を確かめる必要がある。

「トム?」

 私は、朝日の光に満たされた部屋の中で、トムを呼んだ。しかし、どれだけ待っても、どれだけ呼んでも、トムからの返事は聞こえない。私は咄嗟に思い出して、トムと共に右腕に現れたホクロを見た。しかし、ホクロのあったところには、何も見当たらない。左腕も見てみたりしたが、ホクロはない。

 トムは、いなくなってしまった。お父さんの幽霊と共に、トムまでもがいなくなってしまった。これがどういうことなのかを確かめる術は、もはや残されていない。


 学校に行くまでの間、私はひたすらトムが何者だったのかを考えていた。天使なのか妖精なのかというのは置いておく。

 トムは、私の恋を叶えるという約束をして、ついさっきその約束を果たした。そして私が目を覚ますと、お父さんがいた。そしてお父さんが消えたあと、トムもいなくなった。

 これだけ考えても全く真実は分からないが、私の考えるところでは、おそらく、トムはお父さんだったんじゃないかと思う。実際、トムとお父さんは全く容姿も違うし、性格も全く違う。でも、何らかの理由で、お父さんはトムでいざるをえなかったのかもしれない。二人に共通点もある。二人とも、やけに私に幸せになれと言っていた。まぁこれは偶然かもしれないが。しかし、トムの言動とお父さんの言ったことを照らし合わせると、何となく辻褄が合うような気がした。

 真実は分からないのだから、答えは何だって構わないはずだ。トムはお父さんだった。私は自分で導き出した答えで、自分を納得させた。

 お父さんの姿を見て何となく昔が懐かしくなった私は、本棚からアルバムを引っ張り出した。このアルバムには、生きていた頃のお父さんが映っている。お父さんが亡くなったとき、まだ幼かった私が寂しくならないようにと、お母さんが作ってくれた大切なアルバムだ。私の大切な宝物なので、実家から持ってきておいたのだ。そう言えば最近は見ることもなくなっていた。高校の頃は、辛い時とかによく見ていたものだが。

 一枚一枚、ページをめくる度に懐かしい思いと、寂しさが込み上げてくる。さっきまで目の前にいたお父さんが、また写真の中でしか見ることが出来なくなってしまった。涙で、写真が見えなくなってしまう。

 三人家族だったので、私とお母さんが映って、お父さんが写真を撮って、次は逆にお母さんが撮って、ということがよくあった。なので必然的に、お父さんとの二ショット写真はたくさんあった。

 私が生まれてから、お父さんが亡くなるまでの写真が、たくさんはさまれたアルバム。お父さんとお母さんは旅行好きだったから、旅行先での写真がたくさんあった。誕生日、運動会、発表会、クリスマス、お正月。イベントごとに、たくさんの写真が撮られている。私とお父さんの歴史。たった九年間しかないが、それでもこんなにも思い出に溢れたものだったのか。私は、こんなにも愛されていたのか。こんなにも、幸せな家庭にいたのか。

 涙が一粒、アルバムの写真の上に落ちた。咄嗟に、服の袖で、写真についた涙を拭いた、その時だった。私はトムがお父さんだったという説の、有力な証拠を見つけた。

 写真には、私を抱くお父さんがアップで映っていた。お父さんの、右腕。肘の近く。少し大きめのホクロを見つけたのだ。トムが現れた私のホクロと、全く同じ位置にある。これは、さすがに偶然とは思えない。

 けれど、何だか真実がどうであろうと、どうでも良くなってきた。トムがお父さんだったにしても、そうでなかったにしても、トムがいなくなったことも、トムのおかげで私が少なからず変われたことにも、変わりはない。そして、今朝お父さんに会うことができた。それぞれでいい思いが出来たのだし、真実などどうでもいい。

 写真に映るお父さんの無邪気な笑顔が、私のその考えに賛成してくれているように見えた。




 学校に行かなければならない時間が近付き、私は身支度をして家を出た。


 今日はいい天気だ。夏の強い日差しと、爽やかな風が私を包む。私は空を仰いだ。その時、少し強い風が吹き渡り、風が木の葉を揺らす音が私の耳をくすぐった。きっと空にいるトムとお父さんが、私にエールを送ったのだろう。

 私は、笑顔で二人に答えた。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。


この作品は、私が作った2つ目の長編になります。

書いているのが楽しくて、思い入れの強い作品になりました。

(こんなに長編になるはずでもなかった;)


主人公のサキは、わがままを言うことが出来ず、いつも自分を閉じ込めてばかり……

他人が望むように無意識に行動してしまう。

同じような人がたくさんいると思います。

私自身がそうですw


けれど、トムのような妖精があなたの近くにいれば、サキのように変わることができるかもしれません。

いや、トムのようなメタボ親父はちょっと嫌ですよね。

トムのような存在は、何処にだっているんです。

それは友人であったり、あるいは心の中にいるもう一人の自分か……

そういう人たちの言葉に耳を傾けることで人は変われるんじゃないかなぁと思います。


最後まで、本当にありがとうございました。

もしよろしければ、感想・評価などよろしくお願いいたします。

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