063 東の情勢と思惑
チュジュサ王国王都ウィキルの城門を、三人の冒険者がくぐった。
本来であれば、彼らと共に入城するはずだった商隊の姿はない。護衛対象であった商隊は、今もなおアマリア王国王都に留まったままだ。
チュジュサ王国はアマリア王国の東方に位置し、盟主国であるアマリアに従う同盟国の一つである。
冒険者パーティー『ルッテラの剣』が護衛任務で向かう予定だった国――その目的地に、商隊ではなく冒険者だけが到着していた。
冒険者ジャネット、コモラエ、レシンブの三名。
だが、それはあくまで表向きの名だった。
彼らの正体は、アマリア王国第二十三騎士団所属の準騎士。
本名はそれぞれ、フラン・マーカシス、ジェームス・グリルハイル、ケイン・マクレガーである。
「無事たどり着いたな」
「そうね」
「まずはギルドに顔を出すか」
「いや、その前に腹ごしらえだろ」
「賛成。できれば身も清めたいわね」
軽口を叩きながらも、三人の視線は自然と周囲を探っていた。
冒険者に扮した彼らがこの地を訪れた理由は単純だ。任務である。
本来、彼らは『ルッテラの剣』と合流し、商隊護衛としてチュジュサ王国へ向かう予定だった。その経緯から、今回の任務に選ばれたにすぎない。
三人は冒険者ギルドからほど近い食堂に入った。昼時ということもあり、店内は賑わっている。狙い通り、客の多くは冒険者だった。
冒険者の世界では、一日三食を安定して取れる者は少ない。朝食と夕食の二食が基本で、昼食を口にできるのは余裕のある者だけだ。
ここに集まっている冒険者たちにとって、この食事が一日の最初の食事なのだろう。
三人は食事を取りながら、さりげなく耳を澄ませる。
だが、特筆すべき情報は得られなかった。
食後、冒険者ギルドへ向かい最低限の登録と情報収集を済ませ、その日はギルドで聞いた宿に入った。
部屋は二つ。男女で分かれる。
部屋に入るなり、ジャネットは魔道具を取り出し、盗聴防止の結界を張った。
ジャネットの部屋に集まった3人。
「……ここまでは順調ね」
「特に変わった様子もないな」
「同感だ」
だが、ジャネットの表情は緩まない。
「油断は禁物よ。護送計画の日時と場所が漏れていた」
「内通者か」
「ええ。私たちの存在も知られていると考えたほうがいいわ」
「だとして、わざわざここまで来て襲うか?」
沈黙が落ちる。
「……わからないわ、ジェームス。あの襲撃も本気ではなかった。目的は被害を出すことじゃない。まるで“知っているぞ”と示すための警告みたいだった」
「内通者の存在を匂わせて、動きを縛る……厄介だな」
「間違いなく内通者はいる。どこまで情報が漏れているか分からない以上、私たち自身が狙われる可能性もある」
「疑わしきはチュジュサ王国、ってか」
「ケイン、軽率な発言は控えなさい」
ケインは肩をすくめた。
「でもよ、考えてみろ。チュジュサ王国と、そのさらに東――ナガツ国だったか。二国の国境付近で新たな鉱脈が見つかって緊張状態。そこへナガツ国から仲裁依頼の使者が秘密裏に来て、護送中に襲撃だ。どう考えても、チュジュサ側が怪しい」
「仲裁そのものを阻止したい、か」
「盟主アマリアに介入されたら困るだろうさ。だから直接アマリアに被害は出さず、半端な襲撃で済ませた」
「鉱山独占が目的、ね」
「もし俺たちのことも掴まれてるなら、潰しに来るかもしれないな」
フランは静かに頷いた。
「この地に詳しくない以上、慎重に進むわ。なんとしても、この密書をナガツ国へ届けなければならない」
壁に遮られて見えない東の空へ、フラン・マーカシスの視線は向けられていた。
☆☆☆☆☆
密書が無事ナガツ国王に届けられたという報告が、アマリア王国女王ルーサミーの元に届いたのは、フランたちが出立して十五日後のことだった。
本来の予定より二日遅れ。慎重に進んだ結果だという。
補佐官兼執事であるクロードの報告を聞きながら、ルーサミーは思考を巡らせる。
ーー帝国の狙いは何?メアル誘拐の実行犯を奪還した理由……王都での襲撃との関連も考えるべきね。それに、そもそも東方諸国の情勢など、帝国には直接関係ないはず……
「……まるで、悪質な嫌がらせね」
「あるいは、その通りかもしれません」
仮に二国間で争いが起きたとしても、帝国に明確な利益は見えない。
むしろ、仲裁に成功すればアマリアに新たな同盟国が増える可能性すらある。
ナガツ国は大陸極東の国。もし同盟が成立すれば、アマリアは東部全域に影響力を持つことになる。
「それで、誘拐犯を奪還した者たちについては?」
「慎重に捜査を進めておりますが……いまだ手がかりはありません」
「慎重すぎるわ。人員を増やしなさい」
「準騎士が殉職した際の斬り口から、相手は相当の手練れと推測されます。拙速は、新たな犠牲を生みかねません」
クロードの表情は暗い。
「準とはいえ、我が国の騎士が遅れを取った。このままにはできないわ」
「すでに国外へ逃れている可能性も」
「帝国との国境警備は強化したわ。易々とは抜けられないはずよ」
「……承知しております」
大国であるがゆえ、常に諜報戦に晒される。それでも、国内で暗躍される不快感は消えない。
そして、いずれ娘たちにも同じ重荷を背負わせることになる。
ルーサミーは、静かに息を吐いた。
☆☆☆☆☆
「そうか、順調か」
「はい、閣下」
帝国将軍レネミーは、パートナーである聖女レムヌス――イデアから報告を受けていた。
アマリアの使者は無事ナガツ国王に密書を届けたという。
「こちらの戦力補充も完了し、次の目的地に到着しています」
「ここまでは問題ないな」
レネミーは顎に手を当て、ふと笑みを浮かべた。
「それにしても……」
「宰相様の手が長い、ですか?」
「……よく分かるな」
「何度も聞かされておりますので」
「今回の作戦は宰相の依頼とはいえ、情報なしでは成立しなかった。アマリアはガードの固い国だ。そう感じるのも無理はない」
「正確すぎる情報に、違和感はありません」
「つまり、まだ気付かれていない人物ということだ」
「閣下、お茶を淹れますね」
イデアは会話を打ち切り、静かに準備に向かった。
情報源よりも、レネミーの疲労の方が、彼女にとっては重要だった。




