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062 かくして日常は変化していく

 ザッケンは、ジェイコフとカーライルの激しい攻防を見ていた。


 ――こいつは何者だ?ジェイコフという騎士が強いのは分かる。まだまだ余裕があることも。だが、この黒髪は何だ。どう見てもまだ十代だろう。なぜ平然とついてこられる。しかも、こいつは合わせているだけだ。


 剣速を上げていくのはジェイコフだ。黒髪はその速度に合わせているだけ。しかし、その動きにはまだ余裕がある。そう思わせる背中だった。


 騎士ジェイコフは楽しそうにしている。この激しい攻防すら、まるで遊戯のように見えた。


 ――アマリアにも、強い奴はいるんだな。まあいい。こいつが目立ってくれるなら、任務はやり易い。


 ザッケンは剣聖の十傑である。剣聖の命によりアマリア騎士団に潜り込もうとしているのだから、下手に目立つのは避けたいところだ。尤も、騎士になるところまでしか命を受けておらず、その後のことはザッケン自身にも不明ではある。



 三人で円陣を組んだ当初、ミランは目の前の騎士たちの動きに集中し、その攻撃を捌いていた。

 騎士たちの攻撃は鋭く、そのうえ連携してくる。気を抜けば、急遽仲間になった男が対峙している騎士からの攻撃を受けかねない。


 必死に攻撃を捌いていたミランだが、ふと騎士たちの攻撃が緩慢になっていくのに気付いた。やがて騎士たちはミランたちから数歩下がり、攻撃を止めてしまった。

 その時になって初めて、背後から剣を打ち合う音が、尋常ではない速度で繰り返されていることに気付いた。騎士たちはすでに構えを解いている。

 だからミランは振り返った。

 そして、見た。


 ――先生、凄い!


 ミランには二人の攻防を目で追うのが精一杯だった。もし自分がジェイコフと対峙したなら、せいぜい数回防げるかどうかだろう。一歩も引かないカーライルの背中が、大きく、頼もしく感じられた。


 ――いつかは、僕もあんな風に。



 試験が終わると、ジェイコフは「よし、試験は終了だ。お疲れさん」と言い残し、騎士たちを引き連れて去っていった。

 まったく息が上がっていない様子から、そのタフさが見て取れる。


 試験は終わった。

 最後まで残った十四名には、十日後に再びここへ集まるよう試験官から告げられ、解散となった。


☆☆☆☆☆


 「ほんと、先生すごかったんだ!」


 その日の晩、興奮冷めやらぬミランは、リカレイやロヨイたちに身振り手振りを交えながら試験の様子を説明していた。


 「ジェイコフ先生との激しい打ち合いのあと、先生の剣を見せてもらったんだけど、全然曲がってなかったんだ」


 「へえ」「そりゃすごいな」


 「そうなのね。さすがカールさま、すごいわ」


 あれほど剣同士を打ち合わせれば、芯が曲がってもおかしくない。剣は消耗品であり、メンテナンスは必須だ。それは剣の道を志す者なら常識である。

 カーライルは、あの激しい攻防の中で、最も剣がダメージを受けない当て方をしていたのだ。

 カーライルから剣を教わっている少年組と違い、メアルには何が凄いのか分からない。

 ただ、カーライルが褒められるのは嬉しい。よく分からないけれど、ミランたちが凄いというなら、きっと凄いのだろう。

 そんな孤児たちの話を聞きながら、話題の中心人物であるカーライルは、照れくさそうに頭を掻いた。


 「でもミランだってすごいわ。合格おめでとう」

 「ああ、おめでとう。俺たちも来年は続くからな」

 「おう。それまでに準騎士になってくれよな」


 「ミランおめでとう」「おめでとう、頑張れよ」

 

 「みんな、ありがとう。頑張るよ」

 

 祝福を受けながら、ミランは騎士という新たな世界への期待に胸を膨らませた。

 だがそれは、この公爵邸孤児院から旅立つことを意味していた。


☆☆☆☆☆


 十日後の朝。

 早朝、まだ誰もいない孤児院の食堂に現れたミランは、公爵家から祝いとして贈られた上等な服を着ていた。今のミランは、もはや孤児には見えない。

 しばらくして、カーライルがいつもと同じ格好で姿を現した。


 「先生、その格好で行くの?」

 「ああ。別に服装の指定はなかっただろ」

 「そうだけどね」

 「それより、もう先生はやめてくれ。一人立ちの時だ。それに、これからは同僚だ」


 「うん、分かった。じゃあ……カールさまで」

 「……それもやめてくれ」


 頭を掻くカーライルを見て、ミランは思わず笑顔になった。カーライルは照れるときに頭を掻くとメアルから聞いていたが、そのとおりだと実感した。


 「それで、カールさん。最近、朝の稽古のあといなくなってたけど、何してたの?」

 「ああ。こいつを打ってた」


 そう言って示された一振りの長剣に、ミランの視線が吸い寄せられる。そして、それは目の前に差し出された。


 「ミラン、改めておめでとう。これは祝いだ」


 受け取って抜いてみると、白く反射光を放つ剣身が現れた。

 今のミランには少し長いが、驚くほど軽い。


 「すごい……」


 何でも斬れそうだった。何より、その軽さに驚いた。ミランにも分かった。これが何で作られているのかを。


 「これ、ミスリルだよね? カールさん、剣も打てるんだ」    

 「まあな。公爵家の離れに専属鍛冶がいてな。炉と金床を借りた」

 「……こんな業物、いいの?」

 「ああ。合格と卒業の祝いだ」


 「ありがとう! この剣に恥じない騎士になるよ」


 この剣は、ミランの長きにわたる愛剣となるのだった。


☆☆☆☆☆


 合格者十四名が通されたのは、王城内にある騎士団管理の一室だった。ミーティングルームではあるが、この日は机や椅子が片付けられ、十四人が横一列に並んでも余裕のある広さだった。ここで稽古すらできそうである。

 十四人はそこで、今後についての説明を受けた。

 まずは必要な知識の習得。それを経て従騎士として準騎士の下につき、修行期間を過ごす。その期間で実力を認められれば、準騎士になれる。最短でも一年だ。


 「これからについての説明は以上だ。これより各員の部屋割り表を渡すので、七日後の入団式までに騎士団寮に移住するように」

 

 ミランは手渡された部屋割り表を見て、自分の部屋を確認した。同室者は知らない名前だ。次にカーライルの名前を探す。


 ――あれ? 先生の名前がない。


 カーライルは生涯の師であると、ミランは思っている。本人に先生呼びを禁じられているため口には出さないが、心の中では今後も先生と呼び続けるつもりだった。

 ちらりと視線を向けると、紙に目を落とすカーライルは無表情だ。不審に思っているのではないか、とミランは感じた。


 「最後に、今回の試験を統括されている第一騎士団、団長よりお言葉がある」


 その言葉とともに部屋に入ってきたのは、三十歳前後の男だった。精悍な顔立ちで、鋭い目付きをしている。


 「諸君、合格おめでとう。諸君らにはこれよりアマリア王国騎士団に所属してもらう。まずは準騎士からだが、いずれは近衛騎士団に入団できるよう精進してくれ。とはいえ、この私も団長職にあるとはいえ、近衛騎士ではない。ただの騎士の一人だ。共に精進していこうではないか」


 試験を監督した第一騎士団長より、さらに立場の上である近衛騎士が存在すると知り、ミランは驚いた。その時、あることに気付く。


 ――そういえば、僕を推薦してくれたジェイコフ先生って、どれくらい偉いんだろう。公爵様の旦那さまだし、かなり偉いんだろうな。


 詳細な身分を明かしていないジェイコフの本当の立場を、ミランが知るのは、もう少し先のことになる。


 「おっと、そうだ。カーライル、それとザッケン。二人は残るように。他は解散してよろしい」


 部屋に残されたカーライルとザッケンに、騎士団長が声をかける。


 「二人に残ってもらったのは、実力が極めて高いと判断されたからだ。最初の講習には参加してもらうが、二人は準騎士からスタートしてもらう。お前たちの上につく準騎士がかわいそうだからな」


 冗談めかした口調だが、実際カーライルを従騎士につけられた者は立場がない。剣で勝てない相手を、騎士として指導しなければならないのだから。


 「二人に部屋が割り当てられていないのは、準騎士には通いが許されているからだ。部屋を用意することもできるが、どうする?」


 カーライルとザッケンは、そろって首を横に振った。

 準騎士では国家の機密に触れられず、人数も多い。そのため通いが許されている。従騎士は修行の一環として徹底した教育を受けるため寮生活となる。正騎士や聖騎士はさらに事情が異なるが、ここでは割愛する。


☆☆☆☆☆


 「ミランがいなくなるのは寂しいわ」

 

 案の定、メアルはそう言って悲しんだ。大丈夫、カールさんはここから通いだからと、ミランは必死に慰め続け、やがて引っ越しの日を迎えた。


 「ミラン、立派な騎士になってね」

 「ミラン、俺たちもすぐに追いつくからな」

 「頑張れよ」


 「みんな、ありがとう。じゃあ行ってくるよ」


 仲間たちに見送られ、ミランは孤児院を巣立った。

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