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059 あなた様こそが希望の光でした

 少年は向かい合う60代だろう男に頭を下げた。

 

 「師匠、今までありがとうございました。孤児だった俺を拾って、今日まで育ててくれて…このご恩は決して忘れません」

 

 旅装に身を包んだ少年は、14、5歳だろうか。

 

 「気にするな。ただの気まぐれだ。剣を教えたのもな」

 「それでも、俺は感謝しています。師匠」

 

 師匠と呼ばれた男は頭を掻いた。少年は長く共に暮らしていたから、それが照れ隠しであると知っている。

 

 「そうだジーク、これを持っていけ」

 

 その言葉の一瞬後、突然男の手に一振の剣が現れた。それにも慣れているのか少年に驚きはない。

 

 「相変わらず便利ですね。その能力」

 「軽口はいい。ともかく受けとれ。餞別だ」


 少年ジークは、ここしばらく工房に籠っていたのはこれを打っていたのかと納得し、剣を受け取った。抜いてみる。


 「凄い!」


 それは魅入ってしまうほど見事な片手剣で、ドラゴンですら斬れそうだとジークは思った。ジークが思った以上に喜んでいる様子に満足げな表情を浮かべた師匠。


 「では達者でな」


 言うなり師匠は弟子の旅立ちを見守ることなく小屋に戻ってしまった。

 ジークはその後姿に無言で深く一礼し、そして小屋に背を向けると、強い決意を胸に抱き歩きだす。決して振り返ることはなかった。


☆☆☆☆☆

10年後


 ジークは念願叶って小国の、ではあるが騎士になっていた。その腰にはかつて師から授かった剣が下げられている。


 「姫殿下」


 「あら、ジーク早かったわね」

 「本日は会議にご出席の予定のはず。突然、変えられては」


 「ふふふ、驚かせてごめんなさい。でも遂に出来たと報告があったのですもの。会議はジークがなんとかしたのでしょう?」

 「本日は執務のご予定だったナリータ殿下が呆れながらも代わりに出席して下さいました」


 「まぁ、流石はナリーね。あとでお礼を言っておくわ」


 妃殿下と呼ばれた王女は嬉しそうに微笑んだ。

 苦労と努力の末、騎士となったジークだったが、王より与えられた任は姫の護衛だった。出自が平民でありながら王族の護衛に選ばれたのは大出世である。

 以来3年、いや、この姫を助けたあの日からずっとこの姫に振り回されている。苦労は絶えないが、この姫が嫌いではなかったし、姫の思いを知ってからは尊敬さえしていた。今日だってそのための予定変更だと頭では分かっているのである。


 「それで、行き先はソーデン殿の研究室でよろしいですか」


 「ええ、よく分かったわね。ジークは私の心が読めるのかしら。スゴいわ」


 おっとりと首を傾げて不思議がる姫に、ジークはため息をついて見せた。


 「このやり取りは今月に入って3度目です」


 「あら、これがかの“お約束”ってやつなのね」


 うふふと笑う姫。ジークはこの笑顔を守りたいと思った。



 「アリーシャ殿下、お待ちしておりましたよ。おっとジークハルト殿もね」


 研究室にて王女一行を待っていたのは、部屋の主であるアリーシャ付き魔導士レウル・ソーデン。この3人は、アリーシャ王女が視察で移動中にモンスターに襲われていた所をたまたま居合わせたジークとレウルが助勢した以来の縁である。


 以降、この時代では貴重な魔導士であるレウルはアリーシャ王女に請われて王女の魔法の師となっている。また平民のジークが騎士になれたのもこの時の功績と王女の口添えがあったからだ。


 雑然とした部屋はいつも通りだが、違っていたのは、なにやらごった返していた打ち合わせ用の机の上の物だけが動かされて(整頓されてではない)いて、代わりに巻物が7つ置いてある。


 「先生、この巻物達がそうかしら」

 「ええ、そのとおり。まずはこれを全部覚えていただきたく」


「あら、これだけでいいのね」

「いえいえ、次に神々との契約が必要なんです」


「そうなのね。でもそっちは大丈夫だわ」


 アリーシャ王女は「1」と書かれた巻物を手にとると、巻物に魔力を流し始めた。


 「魔力を使って書を読むなんて、流石膨大な魔力を持つ殿下だ。斬新な活用方法ですね」


 「なんだか出来ちゃったの。光属性の魔力って便利ね。平和になったら皆にも教えようかしら」

 「姫殿下…光属性は姫殿下以外にお持ちの方はおりません」


 「まぁ、そうなのね。私ったらスゴいわ」


 そんな会話をしながら、アリーシャ王女は全ての巻物に魔力を通した。


 「よし、覚えたわ」

 「はぁ、僕もその記憶力が欲しいですよ」


 「先生は私よりよほど物知りなのに?」

 「いろいろな魔術を造ってきたけど、全部覚えているわけじゃないんですよね。折角造ったのになんか勿体ないと思いません?」


 「まぁ、先生ったら。うふふ」


 ーー先生か。いいな


 ジークはレウルを羨ましいと思った。アリーシャ王女の信頼が自分より遥かに高いように感じられて。しかしジークには魔法の才能はない。魔力を持たないのだから、努力のしようもない。

 逆にアリーシャ王女は魔法の才はあれど、武術の才がない。だからジークの役割はあくまで護衛であって教師ではない。だからレウルが羨ましくて仕方がないのだ。


☆☆☆☆☆


 一行は屋外の訓練場にやってきた。まさかアリーシャ王女が見ただけで全ての巻物を覚えられると思ってなかったので、急遽 騎士達の訓練を中止して貰った。


「さて、始めましょうか」


「はい、先生」


 広い訓練場の中央に一人立つアリーシャ王女。ジークとレウルは巻き込まれないよう離れた場所に立った。護衛であるジークはいざというときに守れないとゴネるひと悶着があったが、王女の「ジーク、お願い」の一言で解決した。


 王女は両手を握り合って祈りのポーズになる。突如王女を中心に光の柱が立つ。


「姫殿下!!」


 思わず駆け出しそうになったジークの手をレウルが握る。


「レウル殿!!」

「ジークハルト殿。大丈夫ですよ。あの光も予定どおりですよ」


 落ち着いた様子のレウルに、ジークはひとまず落ち着きを取り戻す。


 光が収束していく。光が消えた後、そこに立っていたのは巨大な女性騎士だった。

 白銀に輝く鎧をまとい、ヘルムの後部からアリーシャ王女と同じ水色がかった銀の髪が腰まで垂れている。腰の装甲はスカートを思わせる造りになっており、細い腰、胸の装甲には双丘の膨らみがある。顔は女性の顔の仮面をつけているがバイザーが下りており、仮面の下半分しか分からないが、ジークはアリーシャ王女の顔に似ていると思った。


 「…凄い」


 神々しい威容にそれしか言葉がでないジーク。対してレウルは「本当に一目で覚えたんですねぇ。それにしてもいつの間に契約を結んだのやら。ま、聞いてはいけないんでしょうねぇ」などと呑気に呟いた。


 「…レウル殿、姫殿下が全く動かないがこれもそういうものか?」


 巨大な女性騎士は立ったまま、ピクリとも動かない。ジークは不安になる。


 「おや? これは…うーん」


 流石のレウルもなにか不具合が起きたかと原因を考えてみるが、術は何度も見直し、セーフティーも完璧なはずだ。しかしピクリとも動かないのは事実。


 「とりあえずアリーシャ殿下。術を解いてください」


 大声で呼び掛けた。

 レウルの声に反応したのかどうかはわからないが、女性騎士は光り、そして光の粒となって風に舞うように崩れて姿を消した。そしてそこにはアリーシャ王女が立っていた。


 「姫殿下。ご無事ですか!」


 駆け寄るジークに王女は満面の笑顔を見せた。


 「ジーク見てた?術は成功よ。スゴいわ」


 ジークの両手をつかみブンブンと上下に振る王女。初めてみる王女のハイテンションぶりに、ジークは困惑する。


 「え、成功なんですか?」


 「ええ、だって大きな騎士になったでしょう。わたし」  

 「…確かになりましたけど」

 

 「アリーシャ殿下。動かなかったのはなんでです?」

 

 ゆっくり歩いてきたレウルが二人の会話に割って入る。

 

 「そうそう、先生、早速剣を振ってみようと思ったのだけど何故か全く動けなかったの。不思議ね」

 

 「え、それは問題じゃないですか」

 「うーん。流石に魔力で疑似物体を造って神降ろしをするのだから、負担が大きすぎるのかも。術の設計上は問題ないはずなんですよね。だから問題があるとすれば術者への負荷が予想以上に大きくてセーフティーが働き動作系の術がロックされたかもです」

 

 「まぁ、そうなのね」

 「姫殿下。体調はどうですか?」


 「異状はないかしら。時間も短かったから魔力もほとんど減ってない感じね」

 「そうですか。安心しました」


 この時レウルは原因と対策の思考に没頭し、二人の会話が聞いていなかったが、神の顕現には相当量の魔力を使う。疑似の体の構築に必要な魔力は、鐘一つ分(2時間)、術を維持する魔力量の実に10倍である。つまり王女の発言は規格外すぎるのだが、ジークは魔力のことは理解が浅く、レウルは聞いてなかったのでそのまま流されてしまった。


 「そうだわ」


 突然、王女が大きな声をだし、レウルは思考に沈んだ意識を覚醒させた。


 「なにか思い付きました?」


 「ええ、先生。私に動かせないのなら戦いの得意なジークに動かして貰うのはどうかしら。わたし正直戦うのは自信ないわ」

 「え、俺が!…いえ、自分がですか?」

 

 思わず素が出てしまったジークは慌てて取り繕う。

 

 「我ながらいい考えだと思うの。ね、ジークお願い」

 

 そんなジークの手を取ってアリーシャ王女はにっこり微笑んだのだった。


☆☆☆☆☆


 「…朝…か。そうか夢だったか、懐かしい…」


 男はベッドから身を起こし、自らの手をみる。その手に夢の中のような若さはない。


 「姫殿下…必ず…必ずやお救いいたしますぞ。そしてアマリアめ、必ず滅ぼしてくれる」


 剣聖と呼ばれる男は立ち上がる。その瞳には強い憎悪が込められていた。

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