058 夢の中の悲劇
ニースの魔法教室も回数を重ね、メアルを除く生徒三人は、簡単な生活魔法を使えるようになるべく基礎練習中だった。ろうそく程度の火を起こしたり、コップ一杯ほどの水を生成したり、塵を集めたりと、使えれば生活が少し便利になる程度の魔法だが、魔導具なしでそれを行えるのは大きなアドバンテージである。少なくともこの三人は、公爵邸で使用人としての採用が内定している。
今、彼らが練習しているのは魔導具への魔力チャージである。公爵家で使用する魔導具は、魔力を蓄える魔導球が取り外し式になっている高級品だ。彼らはその魔導球に、自身の魔力を流す練習をしているのだ。
魔力を手のひらから放出する感覚はすでに掴んだ三人は、その魔力を触れているものへ流す段階に進んでいる。魔導球へのチャージは、実用を兼ねた一石二鳥の訓練と言える。
ちなみにメアルが魔導球に触れると、それだけでチャージが完了してしまう。つくづく規格外だとニースは思ったが、口には出さない。メアル本人は、触っただけで何もしていないと首を傾げていた。なので、チャージしきれなかった魔導球はメアルが触って授業終了となるのが、ここ数回の流れだった。
さて、メアルが取り組んでいるのは、手のひらに魔力を集め、球を作ることである。今日もメアルの作った魔力の球は、大きさこそ手のひらサイズだが歪だった。
「メアル、もっと丸い球をイメージするのじゃ」
「わたしはしているつもりなのだけど、上手くいかないわ」
「ふむ、魔力の質の問題やもしれぬの」
以前、メアルが灰にした魔導具の調査報告を見たニースには、思い当たる点があった。
「魔力に違いがあるの?」
「うむ。個人差があると言われておってな。属性が混じることがあるのじゃ。魔導士の使う魔術は基本無属性だからの。多少なら問題ないが、強い属性が混じっておると思わぬ影響を及ぼすやもしれん」
「まぁ、わたしも何か属性があるのかしら」
「例えば我の魔力には、風と水の二属性が含まれておる。そして風、水、無属性、それらを単独で出力できる」
「流石ニース先生。スゴいわ」
「うむ。恐らくメアルの魔力も何かの属性があって、その分離制御ができていないのじゃ」
「わかったわ。制御できるようになればいいのね」
「そうじゃが、今日は残念ながらここまでじゃの」
メアルが周囲を見回すと、魔力チャージの練習をしていた三人が、くったりしていた。
「一人一個はチャージできておるようじゃ。じゃが、チャージされずに逃げた魔力がおおよそ八割じゃの。慣れればロスを最小にして、一個にかかる時間も短くなる。今は疲れたかもしれんが、慣れればこの後の昼寝も必要なくなろう。授業時間内に四個チャージできるようにはなってもらうからの」
そう締め括り、この日の授業が終わった。三人はこのあと、しばし休憩時間となる。いつもならメアルはこのあと少し自由時間となるが、この日はニースに呼び止められた。
☆☆☆☆☆
その日の夜、珍しくニースはメアルが寝たのを確認すると、アルジの部屋に赴いた。
「それで、なにか判ったのか?」
「うむ。授業のあと、メアルだけを残し、暗い部屋で魔力だけを放出させてみたのじゃが」
「それで」
「メアルの魔力は、無属性とは違う輝きを放っておった」
「ほう、属性持ちか」
「そこまでは、ここ数回の授業で予想しておったのじゃがな」
「属性に問題が?」
「うむ。メアルの持つ属性は、おそらくじゃが……光じゃ」
「ほう。で、何が問題なんだ?」
「アルジ、お主……」
所持属性に左右される精霊術を使うパートナーを持つにも関わらず、属性に疎いアルジに呆れつつも、ニースは説明してやることにした。
「我は風と水の属性を持つ故、風と水の精霊術を使えるが、持たぬ属性の精霊術は使えぬ。全くの」
「ならメアルは光属性の精霊術を……」
そこでアルジは絶句した。
「ようやく気づいたか。そう、光の精霊術なぞ、エルフである我ですら聞いたこともない。光と闇の精霊は居ないと、エルフの間では考えられておるくらいじゃ」
「では、メアルは何と契約するんだ?」
「わからぬ。魔力の属性が光と完全に決まった訳ではないがの。仮に光属性だったとして、かなり強い、いや完全な光属性の魔力じゃ。居るのであれば光の大精霊との契約になるのじゃろう。逆に、メアルと契約する神々はおるまいよ」
大精霊と契約できるほどの魔力と属性を持つ者は、神々との契約は何故かできない。ただ、属性が混じっていても多少なら神々との契約に支障はないのが実証されている。逆に完全な無属性の魔力持ちは、希少な聖女の中でもさらに希少で、例外なく神格の高い神との契約を結んでいる。それらを踏まえ、ニースは断言したのだった。
「そうか。だが、いいじゃないか。聖女にはなれずとも、巫女にはなれる」
「まあの。じゃが、あれだけの魔力を……」
惜しいの、とニースがしみじみと呟いた。
「で、報告は?」
「せぬよ」
これはあくまでもニースの予測なのだ。ひょっとしたら、という思いが、その回答には込められていた。
☆☆☆☆☆
――これは夢ね。
メアルは、夢の中だと何故かはわからないが自覚していた。
メアルの意識は宙に浮いていて、体は見えない。だが四肢はちゃんとある気がするので、見えないだけなのだろう。
ここは丘の上だろうか。フード付きの外套で身を包んだ何者かが立っていた。華奢な感じから女性だろうか。その者が見ているであろう方に、メアルも意識を向けた。
丘を下った平地に都市がある。いや、あった。高い城壁に囲まれた荘厳な城塞都市だった。何故かはわからないが、メアルの中にそういった知識が流れ込んできた。あるいは、外套の女性の意識がメアルに入ってきたのかもしれないが、メアルにはわからない。
都市は壊滅していた。何者かに蹂躙されたのだ。その何者かは、今この丘を目指している。
それらは黒かった。それらは巨大だった。数匹、いや数十匹のそれらが、こちらへ殺到するのも時間の問題だった。
「また、ひとつ都市が飲まれてしまったのね」
メアルは美しい声だと思った。だが、その声はそれ以上に悲しみに染まっていた。
「姫殿下。魔物どもが迫っております」
姫殿下と呼ばれた声に、女性が振り返る。軽鎧の男がこちらに歩いてきた。
「間に合わなかったわ」
「はい。しかし嘆くのは後にしましょう。今は先に、出来ることをするべきです」
「ええ……そうね」
不意に女性がフードを下げ、外套に隠していた髪を両手で外へ出した。水色がかった銀の髪。そこに強風が吹き、編み込みもない髪が風に舞った。
足の早い異形が、そこまで迫っていた。だが女性に慌てる様子はない。軽鎧の男が女性の隣に立った。
「では始めましょう、ジークハルト。頼みましたよ」
「御意に」
瞬間、女性を中心に光の柱が立ち上がった。
光が収まった時、そこにいたのは、白銀に輝く全身鎧に身を包んだ巨大なる女性型の騎士だった。ヘルムから出た髪は、女性と同じく水色がかった銀の髪。スカートのような腰部装甲。とても美しい造形だった。
巨大なる女性騎士は、異形たちに向かって、まるで滑っているかのように動き出した。
☆☆☆☆☆
「夢だったのかしら。スゴいわ」
朝、目を開け、上半身を起こし、しばらくぼうっとした後でメアルは呟いた。
「おはよう、メアル」
声の方に顔を向けると、いつものようにニースがいた。
「……おはようございます。ニース先生」
なにか凄い夢を見たのだ。それをニースに伝えようとしたメアルだったが……
「あら? 挨拶しているうちに、忘れてしまったみたいだわ」
そう言って、いつものようにおっとりと首を傾げた。




