057 隊長、天啓を受ける
スタのボス(自称)ことズイール、通称ズルは、失意の真っただ中にいた。
想い人であるメアルが、ある日突然、街から消えてしまったのだ。
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ある日、女神は突然街に現れた。
腰まで伸びた髪は水色がかった銀色で、陽の光を受けてきらめいている。澄んだ湖のような蒼い瞳は、思わず見入ってしまうほど綺麗だった。街一番の美人よりも整った顔立ち。絶世の美少女――そう呼んで差し支えない少女が、孤児院にやって来たのである。
ズルがメアルに初めて会ったのは、街の大通りだった。
彼女は三人の男の子に守られるようにして歩いていた。あとになってズルは知ることになるが、メアルは月に一度、神殿へ祈りに行っていたらしい。その日も、その帰りだった。
この時のズルは、変わった髪色の女の子がいるな、という程度の認識しか持っていなかった。むしろ意識が向いたのは、周囲を固める男の子たち――リカレイ、ロヨイ、ミランだ。
特にリカレイとロヨイは、見るからに生意気そうだった。街のボスとして、釘の一本くらい刺しておくべきだろう。
「お前ら、見ない顔だな」
「何だお前?」
「俺か? 俺はズイール。この街のボスだ」
「ふーん。俺ら忙しいんでこれで。行こう、メアル」
「はぁい」
そう言って、彼らは立ち去ろうとした。
「待て。この街の安全は俺が守っている。変な気、起こすなよ」
「はぁ?」
「馬鹿馬鹿しい」
案の定、二人は生意気な台詞を吐いた。
ズルはこの二人を危険人物と判断し、この場では引き下がることにした。そして、こっそりと後をつける。
翌日。
ズルは子分を引き連れ、孤児院へ向かった。庭の奥から、カンカンと木の棒を打ち鳴らす音が聞こえてくる。
勝手に庭へ足を踏み入れると、そこには複数の男の子と、その中央で木の棒を剣に見立て打ち合う、昨日の生意気な二人がいた。
ついでに背の高い、おとなしそうな男の子もいるが、ズルの眼中にはない。
最初にズルたちに気づいたのはミランだった。ズシズシと自信満々に歩いてくるズルと、その後ろに続く子分たちの不安げな表情を見て、これは一悶着あるなと察する。
だが大人を呼ぼうとは思わなかった。子供の喧嘩に大人を呼べば、あとでリカレイとロヨイに怒られる。
「やめろ! お前たち!」
ズルの大声で、リカレイとロヨイの動きが止まった。
二人は声の主を見て、揃って心底嫌そうな顔をする。
ズルはニヤリと笑った。
目的は明確だ。危険人物である二人に、この街のボスが誰かを分からせる。自ら出向いたというのに、堂々と喧嘩に興じているとは――これほど都合のいい成敗の機会もない。
「なんだ? お前」
「俺の前で堂々と喧嘩とはいい度胸だ。二人まとめて成敗してやる」
「は? 何言ってんだ。こっちは修行中だ。邪魔すんな」
「暴漢の言葉なんて、誰が聞くか」
ズルは一番近くにいたロヨイへ殴りかかった。
「うわ! なにしやがる!」
突然の拳を慌てて躱すロヨイ。反撃は容易い――だが、素手の相手に木の棒で打ちかかるわけにはいかない。その一瞬の躊躇を、ズルは見逃さなかった。体当たりがロヨイを襲う。
咄嗟に棒を手放し、両腕で受け止めるロヨイ。
「けっこうやるじゃないか。ま、俺の敵じゃないな」
「このヤロ……そっちがやる気なら、相手してやるよ」
睨み合う二人。
今にも動き出しそうになった、その瞬間だった。
「あら、ロヨイ。新しいお友達かしら?」
「メアル、危ないよ」
「まぁ、危ないの?」
緊張感をまるで感じさせない、のんびりとした声。
ズルは思わず視線を向けた。
水の入った手桶を抱え、首をこてりと傾げた少女が立っていた。
――カワイイ!!!
一瞬で、すべてを持っていかれた。
昨日一緒にいた、あの髪色の子だ。こんなにも可愛い女の子だったとは。メアルという名前らしい。名前まで可愛い。戦意は跡形もなく消し飛んだ。
ズルの変化を見て、ロヨイは嫌な予感しかしなかった。
「メアル、こいつは――」
「メアル。俺はズイール。この町のボスで、パトロール中だ。よろしくな」
ズルはロヨイの言葉を大声で遮った。
リカレイとミランが慌てて割って入ろうとするが、間に合わない。
「まぁ、パトロール隊の隊長さんなのね。すごいわ」
目を輝かせ、にっこり笑う。
ズルの心臓は、見えない矢で撃ち抜かれたかのようだった。顔が熱くなるのも分からない。視線はメアルから離れず、口はハクハクと動くだけで声が出てこない。
「……あちゃー」
「パトロール隊の隊長なんて、一言も言ってないよ」
そんな声は、もうズルの世界には存在しなかった。
「私はメアル。よろしくね、隊長さん」
その一言で、ようやく金縛りが解けた。
「え、あ、ああ。よろしく、メアル。そ、そうだ……メ、メアルもパトロール隊に入らないか。一緒に町の平和を守ろう」
「おい、何言い出すんだこいつ!」
「まぁ、いいの? でも私、朝が弱くて……足手まといになってしまうのは」
「全然おっけーだ。入ってくれるだけでいい。メアルなら大歓迎だとも」
「隊長さんは、とっても優しい人なのね。それなら入ろうかしら。よろしくお願いします」
そう言って、メアルは頭を下げた。
こうしてズルの、夢のような日々が始まった。
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女神が消え、ズルの胸には大きな穴が空いた。
泣いて過ごす日々の中、冒険者に話しかけられ(035話)、王都に行けばメアルに会えるかもしれないと思い至る。だが、そのためにどうすればいいのかが分からなかった。
そしてズルは、はっきりと気づいてしまった。
どれだけ頑張っても、剣では強くなれない。
腕っぷしには自信がある。だが武器を持つと、途端に体が言うことを聞かない。ロヨイたちが警護隊に出入りしていたのを真似て訓練にも参加したが、思い知らされただけだった。
いつしか日課だったパトロールもしなくなり、ズルは空を見上げて過ごすことが増えた。胸の穴を抱えたまま。子分たちも、そんなズルから自然と離れていった。
ある日、ぼんやりと空を眺めていると、鳥が一直線に飛んでいく。その先は、王都の方角だった。
――飛空挺、かっこよかったな。
魔物騒ぎ(012話)のとき、街を救った騎士と巫女が乗っていた飛空挺。
リカレイたちは騎士に夢中だったが、ズルはただ純粋に思ったのだ。
空を飛べるって、すげぇ。
剣じゃダメでも、空なら――。
――そうだ! 王都で飛空挺乗りになろう!
理由なんて分からない。ただ、そうすればメアルに会える気がした。
そう思った瞬間、ズルは走り出していた。
その時、胸に空いていた穴が、いつの間にか塞がっていることに、ズルはまだ気づいていなかった。




