056 騎士団長の推薦枠
その日、アマリア王国近衛騎士団長ジェイコフ・ルグンセルは、気まぐれに執務室へ顔を出した。
ここで処理すべき書類仕事はすべてパートナーのフィセルナに任せきりで、自分の部屋という感覚すら薄れるほど足が遠のいている場所だった。
当然の対応とも言えるが、フィセルナは「何か用か」と言うだけで素っ気ない。視線も書類に向けたまま。
そんな彼女の機嫌を取りつつ、ジェイコフはある情報を聞き出した。
☆☆☆☆☆
翌朝、ジェイコフは上機嫌で公爵邸孤児院の庭にいた。
王女たちの孤児院訪問以来、彼も騎士を目指す子供たちを気にかけるようになり、時折こうして指導に加わっている。
特にリカレイ、ロヨイ、ミランの三人は将来有望で、自然と目が向いていた。
もっとも、今日の目的は指導ではない。
得た情報をカーライルに伝えること。それが済めば騎士団の訓練場へ向かうつもりだった。
当のカーライルは、ちょうどミランと模擬戦をしていた。
ミランの攻めはすべて、カーライルに軽くいなされている。
ーーまだ鋭さが足りん
それだけ見れば、修練不足は否めない。
だが――
「こちらからいくぞ。凌いでみろ」
攻守が入れ替わった瞬間、空気が変わった。
カーライルの鋭い攻撃が、次々とミランを襲う。そのすべてを、ミランは必死に、だが確実に防いでみせた。
ジェイコフは思わず目を見開く。
もちろんカーライルは本気ではない。かつて自分と剣を交えた際に見せた神速には程遠い。
「相変わらず、受けはすげえよな。ミランのやつ」
聞こえてきた声に、ジェイコフは頷いた。
おそらくロヨイだろう。
ーーなるほど……
攻めは並みだ。
だが受けに関しては、現役騎士の中でもここまで動ける者は多くない。
崩れない。致命的な隙を見せない。それは戦場で何より価値がある。
「次、攻防混ぜるぞ」
カーライルの言葉と同時に、ミランが攻めに転じる。
だがカーライルは危なげなく躱し、反撃を入れる。
ミランもそれを流し、二人は攻防を繰り返した。
「よし、ここまで」
終了を告げられるまで、ジェイコフは二人の稽古に見入っていた。
本音を言えば、まだ見ていたかった。
「ここまで動ければ問題ないだろう」
「でも先生、僕はどうにも攻めが上手くなくて」
「いや、十分だ。戦いにおいて一対一など滅多にない。重要なのは戦線を崩さない守りの固さだ。負けない強さがミランにはある」
「そうかなあ。でも僕だって先生みたいに勝てる強さがほしい」
「そうだな。では今からひとつ技を教えよう」
構え直したカーライルに、ミランも剣を合わせた。
「上からの振り落としで来い」
ミランは指示通り、模擬剣を振り下ろす。
身長差のせいで、狙いは脳天ではなく額に近い。
カーライルは切っ先を向けたまま踏み込み、力が乗り切らない瞬間を見極めて受けた。
そのまま剣を滑らせ、切っ先がミランの喉元で止まる。
ミランがごくりと喉を鳴らす。
「参りました。先生」
「明日からは、振り落とし、横薙ぎ、突き、切り上げ。それぞれに対応するカウンターを順に教える」
「はい! 先生」
嬉しそうに礼をして下がろうとした、その時。
「ちょっと待った」
思わず、ジェイコフは声を上げていた。
場の視線が一斉に集まる。
ジェイコフは真剣な表情でミランを見据えた。
「ミラン、騎士になる気はあるか?」
「それは成りたいですけど。でもジェイコフ先生は、先生を騎士にしたいのでは?」(ジェイコフは子供達にジェイコフ先生と呼ばせている)
「それはそれ、これはこれだ!」
ーー逃す理由はない
「よし、わかった。俺からミランを騎士採用試験に推薦しよう」
採用試験を受けられるぎりぎりの年齢で、この実力。
従騎士期間も最短で済むだろう。
何より、フィセルナが唐突に立ち上げたこの孤児院に確かな価値を残せる。メアルの為の孤児院だが、肝心のメアルが秘中の秘で周囲が納得する理由を示せないのだ。
「はい! よろしくお願いします」
「うむ、いい返事だ」
ミランの顔は、隠しきれないほど嬉しそうだった。
「随分と安請け合いだが、いいのか?」
「いいのだ。俺の推薦枠には空きがある。お前が断り続けてるからな」
「そうか。なら礼を言う。ミランには実力がある」
「ああ、だから推薦する。将来が楽しみだ。ところでカーライル」
「なにか」
「お前さんへの推薦についてだが」
「ミランにするのだろ。俺は構わない」
「いや、俺じゃなく他から推薦された。おめでとう」
「は?」
言われた瞬間、この前会ったばかりの冴えない男の顔が思い浮かんだカーライル。
「何でもソーデン卿の依頼をこなしたんだってな。ソーデン卿は国唯一の大魔導具士だ。爵位こそ伯爵だが、発言力はフィセルナに匹敵する。卿の推薦があった以上断れない」
どうやら見た目の冴えなさに反して地位の高い男だったらしい。
「じゃ、当日はミランとお前さんを公爵家が責任もって会場に連れていってやろう。 あと、卿の顔を潰すことはするなよ。公爵家に置いておけなくなる。メアルお嬢ちゃんに会えなくなるのは嫌だろ」
ジェイコフは皆に聞こえるよう大声でカーライルの弱点をしっかり突いてから苦い顔のカーライルの前をあとにした。
一方その頃、ジェイコフの執務室では――
まだ出仕してきていないという報告を受け、フィセルナは軽く息をついた。事情は察しがつく。どうせ孤児院で、子供たちへの稽古に夢中になっているのだろう。
ーーあとで説教ね
彼女は机の上に積まれた書類を手に取り、淡々と仕分けを始めた。恐らく、彼の能力では一日では終わらない量を彼に処理させる為に。
☆☆☆☆☆
「ミラン、騎士になれるのね。スゴいわ」
「試験を受けられるだけで、合格したわけじゃないから」
「でもよ、試験を受けるだけでもすげえんだから、もっと誇れよ」
「そうだぜ。くそ、俺も13歳だったら受けられたのに」
「ふふふ、ロヨイとリカレイは来年ね」
「まあな」
そんな会話の中で、ふと思い出したように誰かが言った。
「あ、そうだ。先生も受けることになったんだよ」
「まぁ、カールさまも試験を受けるの?」
おっとりと首をかしげ、メアルがカーライルを見る。
彼がジェイコフからの推薦を断り続けていることは、彼女も聞いていた。
「成り行きでな」
カーライルは仏頂面で答えた。
「カールさまスゴいわ。でも、カールさまなら大丈夫ね」
「まかり間違って受かりでもしたら、騎士寮暮らしを強要されそうだな」
「まあ……それは寂しいわ」
カーライルがいない日々を想像し、メアルは少し肩を落とす。けれど、彼はそばにいると約束してくれていた。
「その時は女王様に直談判でも何でもして、ここから通えるようにしてもらうさ。でなければ、合格しても辞退だ」
「まあ、カールさまったら……」
メアルはくすりと笑う。
「うふふ。でもカールさまなら本当にそうしてしまいそう。スゴいわ」
「メアルは先生に謎の信頼感があるよね」
「ああ」
「だな」
少し場が和んだところで、メアルはミランへと視線を向けた。
「安心したわ。じゃあ、ミランのことお願いしてもいいかしら。カールさまと一緒なら、ミランも安心だと思うの」
カーライルは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから静かに頷いた。
「……ああ、任せてくれ」
メアルに頼まれてしまっては、断る理由などなかった。
ーー結局、受かることになるだろう
ミランが“負けない強さ”なら、自分は“勝ち切る強さ”を見せるしかない。
いずれメアルは巫女か、あるいは聖女になるだろう。
その時、そばに立つなら――騎士という立場は悪くない。
ただし、従騎士では此処からの通いは無理だろう。であれば認めさせるしかないのだ。試験の場で。
準騎士として。
カーライルは、静かに腹を括った。




