055 出会いがもたらすもの
王都内で起きた商隊襲撃事件に巻き込まれたせいで、カーライルの機嫌は最悪だった。メアルたちへの土産を買えなくなってしまったのだ。長い行列という苦行に耐えて並び続けていたというのに。
本来ならほかのスイーツ店に回ればよかったのだが、カーライルは王都に詳しくない。知っているのはディリーに教えてもらった一軒だけだ。試しに周囲を歩き回ってみたものの、そういう“嗅覚”には恵まれておらず、店を見つけることは叶わなかった。
ーーもう少し、いろんな店を教えてもらっておくべきだったな。
そんな後悔を胸に、メアルの元へ戻ろうとした瞬間、カーライルは「外出の本来の目的」を思い出した。依頼品を届けるために外へ出ていたのだ。面倒ごとは先に済ませておこうと、彼はギルドでもらった地図を取り出す。
夕暮れ前、レウル・ソーデン邸。いかにも上位貴族らしい豪奢な屋敷の門前で、カーライルは足を止めた。門から屋敷までの距離は相当ある。フィセルナ公爵邸ほどではないが、それでも十分すぎる規模だった。門衛二名に呼び止められ、カーライルは無言でギルドの依頼達成報告書と品質証明書を差し出す。一人が書類を確認すると、屋敷前まで案内された。
扉の前に着くと、門衛が懐から小型の魔導具を取り出し、慣れた手つきで操作した。どうやら内側に連絡する道具らしい。しばらく待たされ、扉の奥から姿を見せたのは若い女性──白衣姿の、いかにも研究者然とした人物だった。
門衛は驚いたように目を丸くし、扉の奥からは「奥さま!」と焦った声が響く。
「奥さま自ら冒険者の相手をなさらなくとも、我々で対応いたします」
駆けつけた執事が女性を庇うように前へ出る。冒険者なぞ荒くれ者──という偏見は珍しくない。だが女性は執事を軽く押し退け、さらに前に進み出た。
「いいのよ。わたくし、荒くれ者の扱いには慣れているのよ」
「依頼の品を持ってきただけだ。暴れるつもりはない」
「ではあなたが依頼の品を持ってきてくれた冒険者さんね。ずいぶんと若いのね」
「…依頼に年齢制限は無かったと思ったが」
「さあ、依頼の文面はわかりませんわ。主人が出した依頼ですもの。でもちょうど私も必要としておりますの」
「依頼者でないなら渡せない。だがその後のことは夫婦で話し合ってくれ」
「つれない冒険者さんね。でも、そうさせてもらうとするわ」
そう言い残し、奥さまは軽やかに引き返していった。
客間に通されたカーライルは、執事から貴族への態度について苦言を呈されたが、気にする様子はない。むしろ彼なりに礼節を守ったほうである。
「やぁ、妻が失礼したね。あ、礼儀なんていいから座ったままで」
入ってきたのは、威厳も貫禄も感じさせない、どうにも締まりのない男だった。これが依頼者、レウル・ソーデンだという。
「さて、久しいね。元気そうでなにより」
「…俺を知ってるのか?」
「ん?」
突然の言葉に、カーライルは理解が追いつかない。どうやら自分はこの男と知り合いらしい。
「ひょっとして、君、記憶が無かったりする?」
「ああ。大森林で目覚めた。それ以前の記憶がない」
「そうかー。知りたい?」
気負いのない軽い問い。しかし返事をすれば、長く抱えてきた謎の答えを得られるかもしれない。だがカーライルは今の生活を気に入っていた。覚えていなくても困らない。そもそも、この男の言葉が真実だという保証もない。
「…いや、いい。…まった、一つだけ教えてくれ」
「何かな」
「以前の俺は、何を求めていた?」
前言を翻したのは記憶がなくとも、胸の奥に残り続ける衝動があったから。
「君が求めていたのは、いつだってたった一人。…でも、さすがの僕でも名前までは知らないよ。他ならぬ君が教えてくれなかったからね」
「そうか、感謝する。十分だ」
レウルの言葉には嘘がない──カーライルは直感的にそう感じた。言葉を聞くと同時に、思い浮かんだのは微笑むメアル。しかも“やや成長した姿”の彼女だった。
「そっか、良かった」
カーライルの満ち足りた表情を見て、レウルは内心大いに驚いていた。
「ああ、それで依頼の品だが」
☆☆☆☆☆
「いやー、これは上モノですよ」
交渉がまとまり、目的の品を手に入れたレウルは、勢いそのままに屋敷地下の研究室へ籠った。”白重金”のインゴットを手に取り、光に透かし、角度を変えて眺めてはにんまりする。今回手に入れた”白重金”と”黒軽銀”は、いずれも最上級の品質だった。
「彼、今はカーライル君だったね。まだまだ持ってそうな口ぶりだったよね。これはこれっきりなんて出来ないよね。…そうだ、いいこと思いついた」
独り言の癖があるレウルの声を聞く者は、本来なら誰一人いないはずだった。
「いいことが何なのかは敢えて聞きませんけど、とりあえずお食事後にお話がありますわ、旦那様」
「ノックもなしに入ってきて」「しましたわ。それに、反応がないときは入っていいと仰ったのも旦那様ですわ」
「あーそうだったね。ごめんごめんマリエ。夢中になっちゃうと何にも聞こえなくなっちゃうんだよね」
「ええ、存じておりますわ」
ナイトドレス姿のマリエは微笑み、レウルの前まで歩み寄る。その際、彼が手に入れた品にさりげなく視線を滑らせた。
「あとで夜食でも届けて。話は今聞くよと言いたいところなんだけどね。エスコートいたしますよ、お姫様」
レウルは手袋を外し、恭しく妻の手を取ると席を立った。
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「上物を手に入れたようですわね、旦那様」
「やれやれ、しっかり見たようだね」
食後のティータイム。唐突に切り出されたマリエの言葉に、レウルは身構える。
「ちょうどわたくしも必要としていましたのよ、白重金と黒軽銀。それがないために研究が止まっていて困っていましたの。今はごく少量を手に入れるのも困難になっていますもの」
レウルは魔導具士だが、マリエは錬金術士、どちらも研究で希少金属を必要とする職だ。
「へえ、そうなんだ。今は国が躍起になって集めているからねぇ。ならカーライル君を紹介しようか?」
「今この屋敷にあるというのに、どうしてわざわざ冒険者に依頼する必要があるのです? 旦那様」
「ですよねー。でも僕も必要だから依頼を出したんだよね」
「それは重々承知していますわ」
「試しに聞くけど、どれくらい必要なのかな?」
「それぞれインゴットの半分もあれば」
「半分!?」
レウルの声が裏返る。今回の品はかなりの出費だった。それを半分ずつ持っていかれては堪らない。
「ああ、ところでそろそろ期日が近いと思うのですけど」
「え、ええ、そ、そうだね」
「もし、わたくしの言った量を融通してくださったら──帳消しにしてもよろしくてよ」
レウルは妻マリエの個人資産から結構な額を借りており、その返済期日が迫っていた。魔導具研究は利益も大きいが出費も大きい。当代随一の魔導具士であろうと、そこから逃れられはしない。
今回カーライルに支払った報酬も本来なら返済に回すはずだった。それを思えば、レウルが強気に出られるはずもない。結局、マリエの要求どおりインゴットの半分を渡し、今回の返済分を帳消しにしてもらうことで合意した。
☆☆☆☆☆
「いやーどうなるかと思ったけど、半分で済んでよかったよかった。実は買ったのは二本ずつなんだよね。しまっておいてよかったよ。確かに品質はいいけど、あの量ならチャラにしてもらった額ほどにはならないからねえ。得しちゃったなあ……それにしても、カーライル君…」
回答への礼だと言って、インゴットを一本ずつおまけしてくれた黒髪の男。そのとき浮かべた表情を思い出し、レウルは独り言を締めくくった。
「ついに見つけたんだねぇ」
☆☆☆☆☆
ーーふふふ、旦那様ったら今ごろ“してやったり”と思っているでしょうね。帳消しにした金額に対してあの量では割に合わないけれど、向こう十年は困らない量ですわ。入手の手間を考えれば安いものですわよ。
それに旦那様はもう一本ずつ手に入れてますし、冒険者の彼はもっと持っているようですし。旦那様は彼との繋がりを絶たないでしょうから、今後は希少材が手に入れやすくなりますわね。
「それにしても焦る旦那様のあの表情、可愛かったですわね」
滅多に独り言など言わないマリエは、自身の研究室でふふふと笑った。その表情は恍惚とした喜びに満ちていた。




