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053 護衛依頼のその後

 ディリーは立ち上がり、皆の無事を確かめようと周囲を見渡した。ギリアンもエリックもどうやら怪我はないようだ。自身も死地に立たされていたことを忘れ、思わず安堵の息を吐く。それほどまでに、襲撃者たちは腕の立つ恐ろしい相手だった。


 先ほどまで命を狙ってきた者たちの亡骸に視線を移す。

 冒険者として人の死を見慣れているディリーにとって、いまさら心を乱すことはない。冷静に遺体を観察した。

 額と側頭に投げナイフが突き立ち、即死だったと知れる。

 そのナイフは奇妙な形をしていた。東方で“クナイ”と呼ばれる手裏剣の一種だが、ディリーはその名を知らない。けれども見覚えはあった。この投げナイフに救われるのは、今日が初めてではなかったからだ。


 ディリーはその持ち主を知っている。あの黒髪の男——彼は確かにこの場にいた。

 ケーキを求めて人々が並んでいた方角に目を向ける。けれど当然のように、そこには誰の姿もない。

 周囲を見回しても気配すら感じられなかった。すでにこの場を離れたのだろう。


 ――もう、カッコつけすぎ! お礼くらい言わせなさいよ!


 ディリーは怒りに変えて気持ちを立て直した。次に会ったら、今度こそお礼を押しつけてやる。この感謝と怒りをまとめて。


 拳を握りしめていると、安堵した表情の二人が駆け寄ってきた。


 「ディリー、無事だったか」


 「まあ……ね。ギリアンも兄貴も怪我はない?」


 「なんとかね」

 「愛しのディリーを残して死ねないな」


 そう言ってギリアンがディリーの頬をそっと撫でた。

 ディリーは何も言わず、それを受け入れる。頬がわずかに赤らむ。


 エリックは背を向けたままげんなりとした顔で、「そういうのは二人きりの時にしておくれ」とぼやいたが、二人に届いたかは怪しい。


 ふと遠方に目をやると、ウェウルを先頭に衛兵が十名ほど駆けてくるのが見えた。

 「これから事情聴取か……」と、エリックはため息をつく。厄介な依頼を引き当てた自分たちの運の悪さが恨めしかった。


 「ジャネット、来てくれ」


 ディリーたちが衛兵に事情を聞かれている頃、先に解放されたコモラエがジャネットを呼んだ。

 声の方へ振り向くと、コモラエは道端に運ばれた襲撃者の遺体を検めている。目が合うと、彼が遺体を指さした。


 「これは……」

 「な、すげえだろ。三人とも脳を一発だ」

 「ええ。それに見たこともない形の投げナイフね」

 「だな」

 「で、これをルッテラの剣が?」

 「いや、違うらしい」

 「違う?」

 「ああ。正体不明の助っ人だ。あの騒ぎだから目撃者はいるかもしれんが」

 「探してる暇はないわ。助っ人さんの件は上に任せましょう」

 「そうだな。それよりも、だ」

 「そうね」


 二人の視線が同時に馬車へと向けられた。


 その後、ディリーたちルッテラの剣は隣国へ向かうことなく依頼達成となった。

 商隊側が報酬を支払ったうえで出国を中止したからだ。おそらく口止め料も含まれている。契約額より多い金を受け取り、四人はひきつった笑顔で活動の一時休止を決めた。

 何かの陰謀に巻き込まれたことは彼らにもわかっていた。王都の外で口封じに遭うのはごめんだ。

 あの日、解散間際にジャネットは「襲われることはない」と言っていたが、彼女たちはその後ギルドに顔を出していない。四人が怖じ気づくのも無理はなかった。


☆☆☆☆☆


 「目的は達しましたが、被害が大きいですね」


 アマリア王国王都リリアーノの一室。

 何も置かれていない部屋の中央に立つのは三十代半ばほどの中年の男。その前で、若い男が直立不動の姿勢を取っている。


 中年の声に怒気はない。静かで、しかし底冷えするほどの威圧を帯びていた。若い男が恐怖に包まれているのは、その地位と実力の差ゆえだ。


 「は、はい。乱戦でしたので詳細は不明ですが、草によれば四人のうち三人は投げナイフのようなもので脳天を一撃されたとのことです」


 「投げナイフ……ふむ。気にはなりますが、よしとしましょう。どうせ死因しかわかりません。それよりも三席殿に連絡を入れ、人員を補充してください。この国には同門がいませんからね」


 「はい。すぐに。失礼します、ゲッカルト様」


 若い男は安堵したように部屋を出ていった。ゲッカルトと呼ばれた男は無言でそれを見送り、すぐに次の作戦へと思考を切り替える。


 今回の損失は、彼にとって痛手だった。

 部下たちは決して弱くない。それでも結果は十名中四名死亡。四割もの損失である。次を考えれば戦力は心許ない。補充したくとも、この地では難しかった。


 「師はなぜ、この国での道場開設を許さないのか……。同門が多ければ、これほど苦労せずに済むものを」


 こぼれた独り言は、かつて剣聖の高弟・第三席レネミーも、パートナーに同じ愚痴を漏らしたものだった。


☆☆☆☆☆☆


 アマリア王国。王都リリアーノの王城。

 女王ルーサミーは執務室で、王都内での襲撃報告書を読み終えると、背もたれに身を預け、天井を見上げた。

 王として常に冷静であらねばならない。だが今回は、苦い表情を抑えられなかった。報告書を手渡した妹、フィセルナの前だけが、その感情を許される場だった。


 ――油断していた。まさか王都内で襲撃とは。


 「今回護衛をしていたのは?」


 「第23騎士団。準騎士フラン・マーカシス、ジェームス・グリルハイル、ケイン・マクレガーの三名と、Dランク冒険者ルッテラの剣の四名です。報告書はフラン・マーカシスによるものです」


 「第23騎士団……諜報部隊だったわね。腕はどうなの?」


 「ええ。諜報任務に冒険者の仮面は欠かせません。その中でも腕利きです。なんといってもジェイコフ相手に十合も立っていたくらいですから」


 「それで、この謎の助っ人については?」


 「ええ、調べはつきました。後ほど報告します」


 「特定できたのね」


 フィセルナは笑いをこらえた。その様子で、助っ人が誰なのかをルーサミーは察する。姪の守り手である黒髪の男、たしかに彼はメアル誘拐事件の際、脳天一発で敵を仕留めている。巫女候補アン襲撃事件の際も同様だ。

 


 「ともあれ、客人を守りきれたのは幸いね」


 「お姉様、こうなった以上、表立って介入するほかありませんわ」


 「ええ。招いた客ではないにせよ、王都で襲撃された。迅速に対応しなければ」


 ルーサミーは疲れたように報告書を机に置き、椅子を回して窓の外を見やった。

 雲ひとつない空が、皮肉なほど眩しかった。


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