052 陰謀に巻き込まれ
「まぁ、すごいわ。とっても美味しそう! カール様ありがと」
土産のケーキは、メアルをはじめ孤児たちや職員、そしてニースにも大好評だった。
メアルが満面の笑みを浮かべた瞬間、カーライルは並んだときの気まずさなどすっかり忘れ、満足げに頷く。
──やっぱり、買ってきて正解だったな。
ここまで素直に喜んでもらえると、別のスイーツも買ってやりたくなるのが人情だ。カーライルにとっては高価な希少金属より、メアルの笑顔の方がよほど価値があった。ちょうど「重白金」と「軽黒金」の納品という名目もある。ついでに土産を買って帰るのは当然の流れだろう。
翌日、カーライルは“善は急げ”とばかりにギルドへ向かった。連日の甘味攻撃がどうかなんて気にもしない。メアルはまだ八歳。体重を気にする歳でもない。きっとまた喜んでくれるだろう。
荷袋に「重白金」と「軽黒金」のインゴットをしまい、肩に担ぐ。ギルドに着くなり、クエストボードへ直行。狙っていた依頼書は──あった。まだ貼られている。
迷わず剥がし、受付カウンターへ向かう。
「納品しにきた」
「か、確認します。少々お待ちください!」
応対したのは若い男性職員だった。希少金属の納品にやや興奮気味だ。彼は荷をトレーに乗せると、そそくさと奥へ消える。しばし待つと、すぐに戻ってきて、納品物と数枚の書類をカウンターに置いた。
「確認が済みました。こちら、品質証明書と依頼達成報告書です。査定は行いませんので、直接依頼者と交渉をお願いします」
ギルドでは、あまりに貴重な品は金額を決めない。市場相場など存在しないし、命懸けで手に入れた物の値段は、その場その場で決まるからだ。冒険者は依頼者に直接納品し、双方の署名を入れて報告書を返すのがルールである。
今回、カーライルが納品した量は依頼書以上だった。だがインゴット単位では仕方がない。もっとも、手持ちすべてを渡すつもりはなかった。一度に全部出してしまえば、また土産を買いに来る口実がなくなってしまうからだ。
メアルファースト。それがカーライルにとって一番大事だった。
依頼達成報告書に書かれた依頼者の名前を見た瞬間、違和感を覚える。──この名前、知っている気がする。だが思い出せない。
記憶喪失になる以前の知り合いかもしれないが、どうにもわからない。もし知り合いならば向こうから話しかけてくるだろう。カーライルはこの件の思考を止めた。
住所の記載はあったが土地勘がないため、職員に地図で示してもらう。場所は現在の拠点、公爵邸の近所だった。つまり相手は貴族。
──面倒だな。まぁ、相手が貴族なら気のせいか。それよりも土産だ。
違和感を気のせいと断定し、交渉より土産を優先してギルドをあとにする。向かう先はもちろん、昨日の有名スイーツ店だ。
☆☆☆☆☆
王都内の別所、護衛する商隊との顔合わせの場にて。
「よろしく。ジャネットさん」
「ええ。よろしくね」
「俺はコモラエだ。よろしく頼む」
「ああ、よろしく。レシンブって呼んでくれ」
カーライルに合同依頼を断られたディリー達『ルッテラの剣』は、別のパーティーと合同で依頼を受けることになった。もっとも、彼らが自分から動いたわけではない。依頼書に手をかけた瞬間、冒険者ジャネットに声をかけられ、合同で受ける流れとなったのだ。
この依頼は嫌煙されていた。目的地の隣国はアマリア王国の東にある同盟国ではあるが、小国で特産品も乏しく、冒険者にとって魅力的ではない。つまり依頼でなければ行きたいところではない。加えてこの護衛は往復ではなかった。行きはいいとして、帰りにアマリア行きの護衛依頼をうまく受けられるかはわからない。競争率が高く、帰りは手ぶらになる可能性が大きかった。
それでも王都で活動を始めたばかりの彼らには実績がなかった。他がやりたがらない依頼を受けるのも、ギルド職員に顔を売るためだ。人付き合い上手のほうが世を渡りやすい。その点ではカーライルは全く駄目だった。
こうして合同チームで隣国へ向かうことになる。……王都を出る際、人気スイーツを求めて並ぶカーライルを見かけ、ルッテラの剣の面々は吹き出しそうになった。だがその時、異変が起きる。
馬車に向かって矢が飛んできたのだ。その矢にいち早く気づいたジャネットが、鞘ごと剣で叩き落とす。
「襲撃だ!」
まさか王都内で襲撃を受けるとは思わなかったルッテラの剣達の反応は遅れた。対してコモラエ、レンシンブは即座に反応。馬車の両脇、背後を瞬時に守る体制に入った。まるで襲撃を予期していたかのように。
矢が数本飛んできたが、すべてジャネットが叩き落とす。射手は一人のようだ。しかし油断を誘うための罠の可能性もある。ジャネットの目に油断はなかった。
ジャネットがウエストバッグから取り出した札を馬車に押し付ける。札は勝手に貼り付き、文字が金色に光った。飛んできた矢が近づくと急に力を失い、ポトリと落ちる。矢封じの札だった。
「これで暫くは矢は無効よ」
「じゃあ、次は直に来るな」
「ルッテラの、一人誰でもいいから衛兵呼んでこい!」
「あ、ああ。じゃあ僕が行く!」
足の早さに自信があるウェウルが駆け出した。
王都内での抜刀は原則禁止されている。それが許されるのは非常時のみ。今がまさにその時だった。
剣を抜き放つと同時に、細い路地に隠れていた襲撃者達が飛び出してくる。顔を頭巾で隠し、動きやすさ重視の装い。偽装だろうが統一感はない。
当然、悲鳴と共に逃げる市民で大混乱だ。
そんな中、カーライルは静かに怒りを燃やしていた。メアルへの土産のケーキを選ぶ時間を邪魔されたのだ。恐らく今日はもう買い物どころではなくなる。撃退されようがされまいが、この場は調査のため閉鎖されるだろう。
襲撃者の一人が市民を斬ろうとした瞬間、カーライルは異能の力で投げナイフを放っていた。狙い違わず側頭にヒットし、襲撃者は崩れ落ちる。
──俺の構えに似ていた。記憶に無いが、同じ流派か?
そういえば、以前アンを襲っていた連中もそうだった。メアルを拐おうとした中にもいた。つまり同一の敵の可能性が高い。そしてその敵にカーライルは心当たりがある。メアル誘拐を裏で意図したのは帝国の剣聖であろうと、アルジから聞いていたのだ。
襲撃者は手練れ揃いだが、一騎当千の強者はいない。ルッテラの剣の面々でもなんとか立ち回れていた。そんな様子に違和感を覚えたのはジャネットだった。──まるで互角を演じているよう。斬られはしないが、斬れない。先ほどからそれを繰り返していた。だがこのままでは時間切れ。衛兵が駆けつけてくるのは時間の問題だ。襲撃者は頃合いを見て退くつもりだろう、とジャネットは予測した。
ディリーは防戦一方だった。彼女の役割は弓によるミドルレンジの攻撃だが、接近戦に持ち込まれれば苦しい。防御役のギリアン、アタッカーのエリックは持ちこたえているが、短剣でしのぐディリーは精一杯だった。
そんな時、ギリアンが相手にしていた二人のうち一人が、弱いディリーへ標的を変えた。
横合いからの急襲を何とか躱したディリーだが、体勢を崩して転倒。致命的な隙だった。
──ここまでか。
襲撃者が止めを刺そうとした瞬間、額に投げナイフが突き刺さり、倒れる。さらにもう一人も倒れていた。側頭部にナイフが刺さっている。
「退け!」
どこからか発せられた合図と共に、襲撃者達は一斉に間合いをとり、札をばらまいた。次の瞬間、札が閃光を放つ。
閃光が収まった時、襲撃者達はすでに遠くへ離れていた。
閃光の中で怯まず、目をつぶったまま一人を切り裂いたジャネットは、血を払って呟く。
「やられたわね」
襲撃者の退却で、この襲撃の目的を察したからだった。




