048 ニースの魔法教室2
メアルの手のひらには灰。つい先程まで魔導具だったその灰をみてメアルは「まぁ」と驚いた。 ニースはやれやれと呆れた表情を見せつつも、その実メアル以上に驚いていた。そのニースの内心の驚きに気付いたのは後方で見守っていたアルジのみである。
ー…灰になるのは判る。無理に大魔力を流したからじゃろう。しかしなんじゃあの閃光は。…ふむ、判らぬ。
ニースは考えるのを止めた。ニースは魔導士ではない。魔術については専門ではない。なので魔導具に刻まれた術式も正直さっぱりだ。どうせ考えて答えは出ないのだから、この件は保留と決めた。
「さてメアルよ。その元魔導具は返してもらってもいいかの」
「はいニース先生。 その、ごめんなさい」
「素直でよろしい。ま、怒ってはおらぬよ」
穏やかにそう言いながらニースはメアルの手のひらの上にある元魔導具だった灰の更に上で人差し指をくるりと回し宙に円を描く。すると灰は勝手にふわりと舞い上がった。驚く子供達。舞い上がった灰はニースの指先の近くで集まり、球状になって回転している。
「これも魔法じゃ。おもしろいじゃろう。 で、後ろで暇そうにしているアルジよ。適当な瓶を持ってきてくれぬかの。2つな」
「別に暇じゃないんだがなぁ。まあ取ってくるよニース先生」
「うむ。任せた」
アルジが瓶を取ってくる間、灰の球をあちらこちらに移動
させながら。説明を続ける。 子供達の視線も灰の球を追ってあちらこちらだ。
「魔法はこのように、魔力を使って有り得ない事を起こすものなのじゃが、魔法と言っても、大きく分けて3つ種類があるのじゃ。今我が使っているのは精霊術といって精霊の力を借りる魔法でな、この灰の球を作るのも風と水の精霊の力を借りておる」
灰の球を浮かせているのは風の精霊の力。そして水の精霊の 力で灰に湿気を与え形を保ちやすくしている。簡単に行っているように見えるが、その実極めて高度な制御がされている。しかしそれを子供達に言ったところで判りはしない。よってその辺は割愛するニース。
「でな、二つ目は魔術と呼ばれている魔法じゃ。3つの魔法の内では最も一般的なのが魔術なのじゃ。魔術は実に様々な使い方があっての、更に新たな魔術を作りやすく、最も自由なのが魔術じゃろう。ま、こちらは我の専門じゃないから詳しくは教えられん。極めたいならば魔術師に弟子入りするとかじゃの。で、最後の一つが聖女や巫女の使う魔法、”神の奇跡”じゃ。これは神々の御力を行使できるので極めて強力なのじゃが、その代わり与える影響が大きく、融通が効かぬ使い所が難しい魔法なのじゃ」
さて、ニースは魔法について簡単に説明したが、子供達に伝えていないことがある。魔法と魔術は違うという点だ。
魔術は魔力と魔力を制御する理をもって超常の現象を起こすもの。これに対し魔法は、人には決して解らない不思議な現象を起こす方法であり、使い手の想いを実現させる自由な力とされる。精霊術も精霊と契約し、魔力を対価にして精霊を使役する術である。神の奇跡こそ人には知り得ない神の理よって起こる超常の力であり、魔法と言えるのだが、その力を人が使うのは、祈りと契約によるものなので、結局これも魔術の一種といえる。しかし、魔法と魔術の違いなど一般には解らない。そんなことを今の子供達に伝えたところで伝わらないだろう。だからすべて魔法としてニースは伝えた。
今の説明をしっかり聞いてい…ないじゃろうな、と子供達の様子から判断したニース。少しサービスしすぎたようだ。ただ子供達が視線をあちらこちらに動かしている中でメアルだけは別の物を追っているようだ。
ーやはり、メアルには精霊が見えておるな。
ニースがメアルの周囲で精霊を使役したのは、これが初めてではない。フィセルナからの依頼を受け離れた場所からスタの孤児院を観察したときも風の精霊をカーライルの周囲に張り付かせて会話を聞いていた。その時もメアルは風の精霊を見ていた。
ーメアルには精霊士の素質もありそうじゃな。これは神と契約させるのは勿体ないの
瓶が到着すると、ニースは浮かせた灰の球をそのまま瓶の中に入れた。瓶は2つ持ってきてもらったのでもうひとつ空の瓶がある。
「ニース先生、もう一方の瓶は何に使うんですか?」
メアルに触発されてかメアル以外の子も”ニース先生”と呼び始めた。子供達の疑問に答えるべくニースが腰のポーチから取り出したのは先程子供達に渡したのと同じ魔導石だった。
ニースの手のひらにあるの魔導石は鈍く光っている。
「このように皆に渡した魔導石は魔力持ちから微力な魔力を勝手に吸い取って光るようにしておる。 他にも例えば湯を沸かせる水差しなんて魔導具があるのじゃが、その魔導具には魔力を与えると熱を発する魔導石が仕込んであるのじゃ。その魔導石をこのように掌に置いて魔力を流すと火傷してしまうじゃろう? じゃから道具と組み合わせて魔導石を安全に使えるようにしておる。そういった道具を魔導具と呼ぶのじゃ。 さて、この魔導石は勝手に魔力を吸い取るようにしてあると言ったじゃろう?ではこれにこちらから魔力を流すとどうなると思う?」
子供達が首をかしげる中、メアルはポンとゆっくり手を打った。
「私、判ってしまったみたい」
「ほう、メアルどうなると思う」
「ふふふ。これはきっとニース先生のひっかけ問題ね。魔力を自動で少しづつ吸ってくれる魔導石なんですもの。少しづつしか吸えないようにしてあるのだから、それ以上の魔力を流すことなんて出来ないわ。だから答えは淡く光ったままだわ」
「メアルはスゴいわね」「メアルちゃんきっとそうだわ」
子供達がメアルに賛同して声をあげる。メアルは先程自分が何をしたのか全く理解っていないのだとニースは理解した。
ーやれやれ、やはりメアルは無自覚か、案の定じゃの。
「では、実際にやって見せよう。よく見ておれよ」
ニースは子供達に見えるように手の平の上に乗せた魔導石に一気に魔力を流した。淡い光を放っていた石から光が消えた。メアルの時のように閃光を放ちはしない。只光らなくなっただけである。そして音も無く静かに崩れ、メアルの時と
同じく灰になってしまった。
「わぁ」
「あ、灰になっちゃった」
「さっきと同じだわ」
「まぁ。さすがニース先生、スゴいわ」
驚く子供達にニヤリえお笑いながらニースは先程と同様にもう一方の瓶に灰の球を入れながら解説を始めた。
「さてこのように 無理に魔力を流した為に魔術回路が壊れて石自体が形を保てなくなってしまったのじゃな。メアルも無理に魔力をながしたんじゃろう」
「もっと強い光りになったらいいなと思ったけど、魔力を流すとかは正直わからなくて」
「よいよい、最初にも言ったがまずは魔力を感じるところからじゃが、皆の足並み揃う必要はない。4人しかおらぬからの。各々のペースで教えていく故、焦らずともよいのじゃ。兎に角メアルは魔力を感じとるところからじゃ。 今日は自分の魔力を目に見えるようにと魔導石を使ったが、メアルには次回は別の物を用意しよう。 皆は暫く今日と同じことを続けてもらうがいずれは専門外の我でも教えられる生活を楽にする魔法までは使えるようになってもらうからの」
「「「「はい」」」」
ニースは敢えて自分も魔導石を灰にして見せて、簡単に出きることだと思わせることでメアルの特殊性をうやむやにしてみせた。フィセルナに伝わって、しゃしゃり出て欲しくなかったからである。ニースはメアルが10歳になるまではメアルの魔法の師の座は誰にも譲る気がないのだった。
兎も角こうして一回目の魔法教室は終わった。ただしニースはメアルについては生活魔法で終わらせるつもりはない。が、同時に今日の全く魔力を感じずに魔導具を灰にしてしまったメアルの様子から、どう教えていこうか考え込んでしまうニースだった。




