047 ニースの魔法教室1
一言で言えば、大変だった。主にフィセルナが。 で、何がと言えば、メアル達のドレスの為の採寸が、である。ルーサミーが引っ掻き回したからであるが、なにせ女王に物申せるのがフィセルナだけだった。結局1人目に選ばれたメアルの採寸のみルーサミー自らメアルをベタベタ触りながら監督し、満足して帰っていった。子供達から見れば何故か部下っぽい人が仕切って、本来仕切る側だろうデザイナーがへーこらしながら指示に従っているという謎な展開だったのである。 採寸自体は忙しいルーサミーが帰ってからは順調に進んだけれども、兎も角フィセルナは頑張った。そういう流れになるよう角を立てずに誘導したのである。 ちなみにフィセルナはデザイナーやその部下達に迷惑料(と言うと不敬なので特別手当て)を出すことになってしまった。
そんな騒動から数日が経った。 ドレスの仮縫いまで出来たら衣装合わせを行うのだが、それはまだ先の話。そしてそこまできれば完成は早い。ただ子供の成長は早いので丈の調整が出来るデザインとなるからドレスショー当日も着付けや調整が必要だ。なのでデザイナー達は当面忙しい。本来予定に無い割り込み仕事なのでとんでもない忙しさとなったのだが、この子供達のドレスは最上級の生地で作られ、その契約金額は破格である。嬉しい悲鳴と言うものだろう。
そしていつもの日常に戻り、子供達がドレスショーのことも忘れて始めた頃のある日の朝。 メアルがいつも通り子供達の誰よりも遅く目を覚ますと、いる筈のニースの姿がなかった。
ーあら?ニースさんはどうしたのかしら?
メアルはポヤーとしながら周囲を見渡す。今日もいつも通り豪華な部屋だった。もちろんメアルだけに豪華な部屋が与えられているわけではない。それぞれの子供にメアルと同じグレードの個室が与えられている。もともと1部屋を間仕切り、2部屋に改装してあるので広さこそ一般の貴族の部屋とは言い難いが、質は貴族の中でも上位の方だ。この公爵邸孤児院はあくまでメアル確保の為に用意した一時的なもの。新たに孤児を受け入れするつもりがフィセルナには無い。その為フィセルナの感覚でグレードダウンと部屋数を揃えただけである。そしてそのフィセルナの感覚というのが、平民から見たらとんでもないのだった。フィセルナは元々王族であり、今もアマリア貴族としては最高位の公爵である。フィセルナは子供達が萎縮しないようにスタの孤児院と同じクオリティの部屋を用意したつもりだ。しかし、フィセルナの感覚で用意された部屋は下級貴族の部屋よりも遥かにグレードが高い。公爵邸で用意する物が低品質など、あり得ない話だから致し方がないことではある。
子供達が気にしていた食事事情についても同じである。孤児院の運営資金自体が公爵家の予算から出ているのだが、それは食事に関しても同じである。公爵邸に勤める使用人達の賄いと同じレベルの食事が用意されているのだが、肉もふんだんに使われている。 フィセルナとしてはメアルの為にもっと質をあげたいところだったが、使用人達が不満を持たぬようにとの配慮した結果でもある。孤児院運営は、一応将来の公爵邸の使用人育成のテストケースという名目で説明されており、使用人達の理解も得られていた。
生活に慣れた為、孤児達には手伝いにプラスして勉強の時間が義務付けられた。これは名目である孤児達を将来公爵邸の使用人にする為だが、真の目的はメアルを貴族として教育するためだった。名目とはいえ、しっかりとした教育は施すし、実際に使える人材なら公爵邸で採用も視野に入っている。
また、カーライルによる剣術訓練時間も正式に設けられることとなった。カーラルは孤児院職員として公爵邸孤児院に雇われている形になっているので問題はない。
そうなると浮くのはアルジとニースである。彼らはメアルの護衛として雇われているのだが、それに関してすんなり受け入れられている。何のことはない、フィセルナより将来メアルを養女にする考えがあること、それを口外しないこと、特に本人や子供達には気づかれないようにふるまうこと、を屋敷内通達されたからである。先の採寸の時、女王すらやって来た。なので正式に通達したほうが良いとのフィセルナの判断だ。特にメアルに関する話題は世間話でも禁止されていた。メアルの公爵家のお嬢様化計画は着々と進んでいるのである。
さて騎士を目指す男の子達がカーライルの指導を受ける時間、メアルはニースの魔法教室に参加することになった。今日は正にその初日で準備のためニースは朝早くから張り切っていた。メアルが一人で目覚めたのはそういった事情である。
ちなみにニースの見立による魔力がありそうな子達も魔法教室に参加だ。例え魔力は弱くとも、生活魔術や魔力蓄積型魔導石の無い魔導具を扱えたり、魔力蓄積用魔導石に魔力を込めることができれば、平民レベルでは引く手数多の人材となる。そこまで到達できれば公爵邸で間違いなく採用になるだろう。ニースが魔力を感じ取れなかった子、騎士を目指さない子は手に職をつけるべく公爵邸の仕事を手伝い自分に向く仕事を模索することになっている。
ー魔法について教わる日って今日だったかしら
呑気に首を傾げながらメアルは朝の支度を始めた。そして案の定メアルが一番最後にニースの魔法教室に到着。ニースからすれば想定内で開始時間はメアルの日常から設定されている。それでもメアルは遅刻ギリギリだったのだが。
「さてこれから魔法について教えることになった。最初は辛いかもじゃが、使えるようになれば便利なものじゃ。まぁよろしくの」
気恥ずかしかったのかニースの魔法教室はこんな出だしで始まった。
「ニース先生よろしくお願いします」
「「「お願いします」」」
メアルはリカレイ達がカーライルを先生と呼ぶのが羨ましかったのかニースさんではなくてニース先生と呼んだ。先生と呼ばれたニースはすこしむず痒い感じがしたが、そこは澄ました顔で「うむ」等と返した。それをすこし離れた場所でみていたアルジは表情を崩さずに内心笑っていた。
ーニースのやつ、照れてるな
「まずは自分の魔力を感じ取れるようになってもらうかの」
魔法教室の第一回目。そもそも魔力について説明をするより、まずは感じてもらうことが大切だとニースは考えたようだ。ニースにしてみてもメアルを聖女として鍛えたくてウズウズしていたので、今日は待ちにまった日だった。すこし大きめの空き室に子供用の机まで用意し、なかなか本格的だ。
「一番てっとり早いのは目で見える効果と、魔力を吸われる感覚じゃな。今から一人づつに魔導石を配るが、触らぬようにな」
ニースの見立てで魔力を持つ子供はメアルを含めて4人。ニースはそれぞれのに机に透明の石を置いた。子供達は素直なものでその石に触らず、興味津々に見つめている。
「さてその石は魔導石と呼ばれているもので、魔導士がある魔術を刻んでおる。我が合図したら指先でその石に一瞬だけ触れてみるのじゃ。よし、触れてみよ」
メアル以外の子達が早速石に一瞬だけ触れてみる。触れた瞬間、石は一瞬だけ鈍く光った。ただ同時に石に何かが吸い取られた感じがした。そしてそれは中々に不快で疲れを伴うものだった。
「わ」「きゃ」「え」
など不快さから子供達は声を上げてしまう。そんな中メアルはまだ石に触れていなかった。
ー触ると驚くような仕掛けがあるのかしら。魔導石ってスゴいわ。
「メアルも早く触れてみよ。一瞬だけじゃぞ」
「はーい。ニース先生」
メアルものんびりゆっくりと触れてみた。一瞬と言われたのに触り続けた。石はぼんやりと淡い光を放っている。しかしそれだけで特にビックリするようなことはなかった。あら、びっくりはしないわね、などと思いながら淡く光る石をつまんでじっくりと見ようとしたところでメアルの石をニースが取り上げた。
「メアル一瞬だけじゃと言ったじゃろう」
「まぁ、そうだったわ。ごめんなさい」
「メアルは何ともなさそうじゃな。触って何も感じなかったか?」
本当に何も感じなかったかメアルは首を傾げながら考えてみた。そういえば石の固い感触は感じたと。それで驚きはしないけれど、感じたのはそれくらいだった。
「そういえば、魔導石というだけあって固かったわ。ニース先生」
「なるほど、何も感じんかったか」
メアルの答えにニースは内心驚いた。通常なら魔力を強制で吸い出されたらわかるものだ。それが初めての経験ならかなりの不快さと疲労を伴う。しかしメアルはどちらも感じていない。更にいえば慣れていても普通ならわかる。となれば答えは一つ。
ーメアルの魔力が膨大過ぎてこの石を光らす程度の流れでは何も感じとれんのか。我よりも魔力量が多いなこれは
人の身でここまでの魔力をもてるものだろうか。保有魔力を見ることができないのをニースは残念に思う。見ることができたなら、自分とメアルの保有魔力量を比べてみたいものだとと思うのと同時に見るのが怖くもあった。
現実は保有する魔力は見ることも感じる事もできない。魔導具を使って一定の量をもっているかを調べるくらいしか魔力量を計る術はない。そしてそれが聖女検査である。只、それでは上限を知ることができない。この魔導具ではメアルとニースの魔力量の差は計れないのである。
「まあ良い。でじゃ、メアルは鈍いから感じんかったようじゃが、なかなか不快じゃったじゃろう」
ニースはニヤリと笑い。メアル以外の3人は素直に頷き、何も感じなかったメアルは首を傾げた。
「その不快さが魔力を吸われる感覚じゃが、暫くはその不快さに慣れてもらおうと思う。この石はから吸い出される魔力なぞたかが知れておるが、それでも疲れるじゃろうから。休みながら少しづつ触れる時間を増やしていこう」
ニースの指示にしたがって、3人は魔導石をちょっと触って離してを繰り返す。やはり不快なのかあまり楽しげではない。メアルは触っても何も感じないし、石は淡く光っているだけなので次第に飽きてきた。
ーこの石の明かりでは暗すぎて使えないのでは無いかしら。もっと明るくなった方が皆喜びそうだわ。
などと考えていた。そこで試しにメアルは明かりよ強くなれ と石を握りしめて念じてみた。
とたん強烈な閃光が握られた手の隙間から漏れる。
「「「「「!!」」」」」
閃光はほんの一瞬。驚いたメアルが握っている手を開けば、魔導石だった物は、その力を使いきったかのように崩れて灰になっていた。




