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042 姉妹の密談

 一方の王女が、孤児院のドレスショーについて盛り上がっていた頃、もう一方の王女は剣を振っていた。 そして王女ミリンダは感動していた。 手合わせでカーライルが使っていたようなサーベルのイメージで細く軽い剣で素振りを始め、今は型を確かめている。


 思うと通りの速さと正確な軌跡、静止もぶれない。今までの苦悩が何だったのかと思うくらいにミリンダの思い通りに剣が動くのだ。 こうしてみると如何に意地を張って体格に合わない剣を使っていたのかと認めざるを得ない。そしてもう今までの剣を使う気にはなれなかった。


 ジェイコフとの手合わせでカーライルの放った一撃。断念ながらミリンダには見えなかった。 だが、何が起きたのかはわかる。ジェイコフの剣は床に当たっていた。ジェイコフがミスをしたとはミリンダには思えなかった。だとすればカーライルが追えぬ速度で何かをしかけたのだ。恐らくは通りすぎたジェイコフの剣にわざわざサーベルを当てたのだ。ジェイコフのタイミングを狂わせるために。目に見えぬ疾い斬撃を放てるのならそのまま攻撃したらいいのにとミリンダは思ったが、もしそうしたら、ジェイコフの返しの剣がカーライルを襲い、どちらかが怪我をしたかもしれないと思い直した。カーライルに訪ねてみれば、やはりジェイコフが返しの攻撃に移行する前に敗けを悟せる為だった。


 かくしてミリンダは疾き剣に魅了された。疾き剣を目指すなら。武器は軽い方が良い。軽い剣なら打撃力でなく、鉄すら切り裂く鋭く鋭利なものが良い。ミスリルの剣、もしくは魔法の込められた剣。幸いにミリンダはアマリアの王女だ。財にものを言わせれば、どちらでも手に入るだろう。自分に割り当てられた予算は潤沢なのだ。


 ミリンダはとたんに道が開けたと感じていた。そうだ、打ち合うことなく疾さで翻弄すればいい。どちらにしろ女性のミリンダがいくら鍛えたところで、ジェイコフと力比べで勝てるはずもない。今まではその差を埋めようとしていた。だがそれではダメなのだ。必要だったのは自身の長所を生かし、いや何倍にも高められる武器と戦法だった。こうして王女姉妹は意気揚々と叔母の見舞いとの名目で訪れた公爵邸孤児院から引き上げたのだった。



☆☆☆☆☆



 数日後、アマリア女王ルーサミーはとある報告書を読んでいた。それは過日行われた、ウェスタリアとイストレークの戦に関してものだった。この2国はそれぞれが6強国の属国同士でいわば大国の代理戦争で何度も矛を交えている。大陸西方の出来事なので直接アマリア王国が影響を受けることはないだろうが、情報収集は欠かせない。それにしても今回はいつもとは様子が違ったようだ。


 旧世代の兵器である巨兵での戦闘だけならばいつも通りなのだが、今回は何点か気になる点がある。アーマ・ドルにしろヴァル・デインにしろそれぞれが思惑あって動かしたのだろうから、そういうこともあるだろうとルーサミーは考える。しかし、今回はガレドーヌ帝国の関与が伺えるのだ。


 ー帝国の巨兵『サイクロプス』がミレーに渡ったのがたしか5年前、それが更にイストレークに渡ったとなれば、帝国からミレーに何か更なる技術供与があったのかも知れない。


 あり得ることだとルーサミーは考える。帝国の現在の敵国は帝国西方に位置する6強国、ビラン連合国。ビランの持つミスリル鉱山を狙っている帝国とビランの軍事的緊張は年々高まっている。そして帝国南方の同じく6強国、モス国。ただこちらは属国同士が敵対関係にあるだけで、帝国もモスも本気での衝突は望んでいないようだ。何よりモス国の悲願は竜人族に支配されてしまった聖地の奪回である。ただ、もしモスが"聖戦"に勝利し聖地を奪回すれば、その後モスは帝国かミレーのどちらかを狙うだろう。帝国とミレーが手を結んだ背景はそんなところだろう。


 ルーサミーはもう一点、魔導王国ジ・セルのヴァル・デインの放った魔法が気になった。報告書の通りなら、そのヴァル・デインはアマリアの守護神サンシェリーに匹敵する力を持っていることになる。魔導王国ジ・セルは遠方過ぎて情報収集が甘い部分がある。少し諜報を強化すべきだろうとルーサミーは結論づけた。


 ルーサミーは報告書を机に置くと。視線をソファーに腰を掛け優雅に茶を楽しむ(フィセルナ)に向けた。何故女王の執務室にそんなものがあるのかと言えば、この妹の為だ。 アマリアの頂点であるルーサミーが執務している前で優雅にお茶を飲むなんてできる者はフィセルナ以外はいない。別室の応接室で待たされるのが普通である。


 執務室にフィセルナがいるのは、報告書を持って現れたのがフィセルナだったからだが、こういう時はなにか企んでいる時とルーサミーは知っている。知っているので敢えてゆっくり報告書を読んでいた。せめてもの意趣返しである。


 「待たせたわね」

 「とんでもございませんわ。陛下」


 ルーサミーが声を掛けるとフィセルナは立ち上がり臣下の礼をとる。ルーサミーがフィセルナの向かいのソファーに腰をかけ、フィセルナに席を勧める。タイミングを見計らったかようにルーサミーにお茶が出され、執事が部屋から出ていった。ちなみに聖女に毒は効かない。いや飲む前に見破られてしまう。なので毒味は必要ない。お茶を飲んで喉を潤したルーサミーが、さて聞いてやるかとフィセルナに視線で用件を言うように促す。


 「お姉さま」

 

 今部屋には姉妹しかいない。それ故の姉呼びから会話は始まった。


 「なにかしら」

 「慰問の報告書は読んだの?」

 「ええ、あの子達に付けた護衛達からのね。貴女からの報告書はないのかしら。フィセルナ」

 「私は見舞いを受けた側ですもの、報告書を出すのはおかしいでしょう」


 しれっと澄まし顔でフィセルナは答えた。そんな妹を姉はジト目で睨むが効果は無かった。いつも通りである。


 「いろいろと言いたいけれど、まあいいでしょう。あの子については暫く見守りましょう」

 「そう、良かったわ」


 「そういえば、ルグンセル卿が、貴女の孤児院の職員を熱烈にスカウトしているって聞いたわ」


 「あ、ええ、まぁ。確かにジェイとまともに渡り合える者をそのままにしておくのは勿体ないから気持ちはわかるけど」

 「そうねえ。そこまでの腕なら引き入れたいけど今はその時期ではないわね」

 「ジェイにはそう言っているのだけど、今すぐ騎士にするべきだと聞かなくて」

 「だとしても攻める場所が違うわね。メアルの方から手をまわさないと」

 「本当にね。ま、ジェイには言わないけど」 


 「で、そろそろ本題に入りましょうか。護衛達の報告書には無かった内容なのでしょう」


 「お茶会の会話が聞かれていたなら、それはそれで問題よ。あの場には未来の、を含めてだけど、聖女しか居なかったのよ。会話は外に漏れないようにしていたわ」


 そんな重要な会話はしていなかったが。しかし、そもそも女性の会話を護衛とはいえ男が聞き耳立てるのものではないだろう。


 「そこで何かわかったのね」

 「ええ、メアルの黒髪の騎士様の名前の由来がね」

 「へぇ、そうなんだ。すごくどうでもいいわ」

 

 絶対零度の視線をフィセルナに向けたルーサミー。あ、これ以上茶化すのは不味いとフィセルナは感じた。この姉はそもそも忙しい身なので時間の浪費を嫌うのだが、それ以上に茶化されるのが嫌いなのだ。


 「お姉様。ちょっと息抜きしたくない?」

 「どう言うことかしら」

 「お茶会でね。メアルがあまりにも可愛かったのよ。私のこともフィセルナお姉さまと呼んでくれるのよ」


 「…それで」


 フィセルナお姉さまの下りで物凄くイラッとしたルーサミーは、それでも耐えた。先を促す言葉はぶっきらぼうになったけども。


 「そうイライラしないでお姉さま」

 「それは貴女次第よ。フィセルナ」


 「これを聞けばその不機嫌も治るわ。で、そのお茶会の中でメアルの母について訪ねたわ。メアルの母の名はエレン」


 「エレン…お兄様の専属侍女だったエレンシーヌね」


 「間違いないと思う。現にメアルはエレンシーヌに躾られてすごく姿勢がいいのよ。少し教育すればすぐに貴族らしく振る舞えるでしょうね」


 「なるほど、私もメアルに会いたいわね」


 「でしょう。それでお茶会の中であまりにメアルが可愛らしくて姿勢もいいものだから、ドレスを着せてみたいって流れになってね」


 「! 私が贈るわ」


 ドレスと聞いてルーサミーの目の色が変わった。ここまではフィセルナの想定内、けど自ら贈ろうとするのは予想以上の食い付きだった。


 「いえいえ、ここは公爵家から孤児院の女児全員に贈るつもりよ。それで孤児院内でドレスショーを開くの。参加者は公爵家とサーラン、あとニースさんとアルジ殿ね」


 「なら私も孤児院の女児全員に贈るわ。これは決定よ。私もメアルのドレス姿をみるから」


 孤児たちにドレスを着させてもその後に着る機会はない。そんな事は百も承知の姉妹だが、そんなことよりメアルのドレス姿を見たいとの欲望が理性を上回った。なによりそれくらいの散財など気にもならない個人資産がある二人だ。こうして女王ルーサミーの参戦?が決まった。

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