番外 とある戦場で
現時点では本編にはからみません。戦場の戦いを書きたくなってしまったのです。
(メアル達がアマリアの王都で暮らし始めた頃)
ここは大陸西方にある小国ウェスタリアの国境近くの緩衝地帯だ。そこに陣を構えるのはウェスタリア国境守備軍だった。
荒野を挟み相対する位置にも陣が構えられている。六強国ミレー王国の属国、イストレーク国の陣で、この二国は何度も矛を交えている。大国の代理戦争で。
ウェスタリアがここに陣を構えて早10日、陣内に建てた幾つかの見張り櫓のひとつで二人の兵士が見張りの任に就いていた。この二人、一人は守備隊勤務5年のベテラン兵士で、もう一人は入隊して4ヶ月の新米。ベテランの方が欠伸をした。
「先輩、いくらなんでも不謹慎ですよ」
「お前さんは真面目だねえ。まぁ大丈夫、もう暫くは敵さんも動きはしないって」
「どうして判るんです?」
「見てみ」
先輩兵士が指差したのは自陣の中に横たわる巨大な物体。
「巨兵がどうしたってんです?」
「うちみたいな小国は未だ100年遅れの骨董兵器が持ち出される。あれはいちいちバラして運んで組み立て直しで今も組み立ての最中さ」
「そうですが、だから気が気じゃないんじゃないですか。今襲われたら堪ったもんじゃないでしょ」
「やれやれ、素人だねえ。戦えないのさ、敵も味方も。俺たちとちがってな」
「何故です?」
後輩兵士は先輩兵士の言っている意味が判らない。平民出の後輩兵士には戦場の作法は判らないのである。
「ほんとうに鈍い頭だな。 敵さんがが持ち込んだのも巨兵で、あちらさんの方が長い距離運んできた分、こっちより時間がかかるのってのもある。が、例え敵さんが騎士人形で来てたって戦闘は始まらんよ。こっちの準備が終わるまでな」
「だから何でそうなるんです?先に準備できたらとっとと攻めれば楽に勝てるのに」
「俺らからしたらそうだな。でも巨兵、アーマ・ドル、ヴァル・デインだろうが何でも動かすのは騎士様たちだからな。戦う準備もできてない者に攻撃しかけるなんざ、不名誉極まりない真似は絶対にせんのさ」
「へえ、騎士様ってものも大変なんですね。でもじゃあ僕らって要ります?」
「そりゃ要るさ。戦争っては騎士様だけではできんよ。兵糧運ぶのも陣を建てるのも維持も全部俺らみたいな兵士の役目さ。それにお前さんは初めてだろうが、戦闘が始まれば俺らだってぼうっと見てるって訳にはいかないさ」
そう言ってベテランの先輩兵士はまた大あくびをした。
そんな様子を見ている騎士達がいた。40歳は過ぎているだろう年配騎士と、20代の若い騎士だ。
「弛んでいるな」
「注意してきます」
「よせよせ、数日後には嫌でもピリピリする」
「隊長、しかし」
「今はどうせ動けんのだ。兵士達も判っているだけさ」
「はぁ、確かに組上がるのにあと3日はかかります。未だに巨兵を使っているなんて、小国ならではの悲しさですかね」
「巨兵もそう捨てたものではないぞ。あの六強国一の豊かなアマリアですら国境には巨兵を配備しているそうだ。それにアーマ・ドルに乗るには巫女様に選ばれねばならん。ガレドーヌやアマリアであっても巫女様の数は到底騎士の数に及ばずで、かの国らでは正騎士になるには相当狭き門を通らねばならん。巨兵で十分じゃないか、正騎士を名乗れるんだ」
「僕は、ヴァル・デインを駆りたいんですけどね」
「ほう、我が国の3騎士団長を目指すか。志が大きいのはいいことだ。とりあえず俺に勝てるようにならないとだな。この戦いが終わったらたっぶり鍛えてやろう」
「う、それは願ったり叶ったりです」
ニヤリと笑う隊長騎士に対し、若い騎士はひきつった笑いを浮かべた。
☆☆☆☆☆
数日後、巨兵が5機立ち膝の体制で制止している。
先輩兵士と、後輩兵士は今日も見張り櫓の上にいた。
敵も味方も巨兵が組み上がり調整段階に入ったようだ。昨日辺りから首席技師のドワーフの怒声が頻繁に聞こえるようになった。巨兵技師達も大変だなと二人は思った。
「イストレークの奴らは巨兵3機ですね。こりゃ勝ち戦なんじゃ」
「お前さんは相変わらずのオツムだな」
目を凝らして若い兵士が敵の陣容を見て楽観し始めた。先輩兵士は遠見の魔導具で敵陣を眺めながら後輩を嗜めにかかる。手にもった魔導具を後輩兵士に手渡した。
「見てみろ。敵さんのはやたらとゴツいだろ。ありゃ元はガレドーヌ帝国の重装巨兵だわ。あれ一機屠るのにこちらの軽装巨兵じゃ二機は要るわな」
「え、じゃあこっちが不利ってこと?なんで帝国の巨兵がイストレークに」
「元って言ったろ。大国にとっちゃ巨兵は旧式の骨董兵器だからな。国境警備に使っても主力じゃないのさ。あれは恐らく帝国からミレーに売られたやつさ」
「ミレーって、敵さんの親の国の?」
「親のって…まあ似たようなものか。イストレークはミレー王国の属国だからな。ま、うちも似たようなものだが。で、その六強国ミレー王国から更に流れてきたんだろうさ」
「先輩詳しいすね」
「俺も昔は騎士を目指してたのさ。そんなことは兎も角今回の戦はあれのお試しってところだろうな」
「へえ」
魔導具の遠眼鏡にて敵陣を適当に覗いていた後輩兵士だったが、一瞬敵陣内に居るべきではない者が見えた。見直して見たが見つからない。
「ん?どうした」
「いえ、気のせいみたい」
ー こんな戦場に女性が居るなんてないない。でも気のせいにしちゃ美人だったんだよなあ
果たして後輩兵士が一瞬だけ見たのは真実か否か。兎も角後輩兵士は気のせいと断じてしまい、この報告が上がることは無かった。
☆☆☆☆☆
巨兵5機と 3機が一定の距離を保ち、睨み合う。いよいよ開戦待った無しだ。後輩兵士もまた陣から出て片手槍と盾を持ち同じ装備で身を固める同僚達と守備隊に回されていた。先輩兵士は敵陣への切り込み部隊に配されていた。
ピーーーーーーーー!
大きな音を鳴らしながら赤い閃光が両陣営から同時に打ち上がった。魔法による信号弾だが後輩兵士はそれどころではない。いよいよ戦闘が始まったのだ。後輩兵士がいるのは、陣前に設置された魔導砲10門の守備隊。お互いに陣には射程外なのですぐに砲撃の応酬とはならないが、敵の切り込み部隊がいつ攻めてくるのか気が気でない。
巨兵が動きだし、砲兵が砲の角度調整を始める。巨兵の戦闘地点を予測し、砲による援護をするためである。
異変はすぐに起こった。敵イストレークの巨兵の背後に一本の光の柱が立ち上がったからだ。後輩兵士は何が起きたのか判らなかったが、光が収まった後、顔を青ざめさせた。光が収まった後そこには一体の巨大な兵士が居たからだ。
どこか人間離れした体型の巨兵とは違い、全身甲冑を着た騎士のように見える巨大なそれは、この戦場には居ないはずのアーマ・ドルだった。
イストレークの重装巨兵はこれまた巨大なタワーシールド全面に押し出し進軍してくる。アーマ・ドルを遊撃に回すのは目に見えていた。対してウェスタリア側は、重装巨兵1機に軽装巨兵を1機づつをあてがい、残り2機でアーマ・ドルを迎え撃つ構えだ。当初は1ー1ー3に別れ、敵重装巨兵を打つつもりでいた。急な戦況に変化にも手信号で柔軟に対応して見せたのは、流石に歴戦の強者達だった。
軽装を生かし、早さで重装巨兵を翻弄する。しかし、そもそも敵は重装を生かし守り主体の戦い方だ。重装VS軽装の戦いはすぐに膠着に陥った。 互いの陣が砲撃を開始するが、そもそも当たらない。
先輩兵士は敵陣に向かう中でアーマ・ドルの出現を見た。そしてそれが、ミレーのアーマ・ドルだと判ってしまった。先端に槍の穂を着けた海兵がよく好む片手斧を持ち、盾には三叉の槍と海竜が模された紋章があったのだ。そんな時、前方から矢が飛んできた。部隊は盾を構え突撃を開始した。
突如現れたアーマ・ドルを迎え撃つのは、先日会話を交わしていた隊長と若き騎士の巨兵だ。若い騎士は、アーマ・ドルをなんとか討ち取ろうと躍起になっていた。ミレーの正規アーマ・ドルの参戦は協定違反だ。この時代、事前に戦争協定を結び、宣戦布告日から戦力、決着方法をあらかじめ決めるのが世界共通のルールだった。そうしないと戦争が何でもありになってしまう。それに神々の力を借りる今の戦い方において、ルール無用の戦いは、戦の大神ラーファルの加護を失う行為でもあった。
2機の連携で巧みにアーマ・ドルを封じていた。こうして膠着を続けていれば引き分けのまま終わらせることが出きる。国境守備隊の隊長としてはそれで十分だった。
膠着状態に陥った戦場だったが、一発の魔法弾が状況を一変させた。若い騎士が攻めに気をとられるあまりに魔法砲撃へ意識を怠ってしまう。直撃はしなかったが、急に砲撃によって足元の地面が吹き飛び、体勢を崩してしまったのだ。そしてその致命的な隙を見逃すほど敵も甘くは無かった。
「しまった!」
若い騎士がそう思ったのと、隊長機が間に割って入るのは同時だった。 アーマ・ドルの必殺の突きは、隊長機の咄嗟の体当たりにより若い騎士の命を奪うことはなかったが、隊長機の利き手の肩を貫き砕いていた。核たる魔導球までダメージがいかなかったので、隊長自身も生きてはいたが、体勢を崩した2機の巨兵の命運は風前の灯火である。
絶体絶命のその瞬間、またも状況を一変させる一陣の光が立ち上がる。その光の柱が収まらない内に光の柱の中から魔法弾が飛んできて、アーマ・ドルの邪魔をしたのだ。この一連の出来事に対し、アーマ・ドルの行動は早かった。 なんと、隊長と若い騎士の巨兵を無視し、即座に盾を構えながら後退を始めたのである。
先輩兵士は胸を矢に貫かれ、倒れながらながら、その光景を見た。魔法を使う巨大な人形兵器、それはアーマ・ドルではあり得ない。それは神の力を有する存在、ヴァル・デインだけだ。只の1柱で戦局をひっくり返すことが出きる強大なる存在。この戦場に聖騎士と聖女が来ている。薄れていく意識の中で先輩兵士はこの戦いの勝利を確信した。
光の柱が収まった時、そこにいたのは青い全身甲冑の巨大な女性騎士だ。片手剣とカイトシールドを構えた女性騎士は如何にも聖騎士を思わせた。カイトシールドに描かれた紋章は羽と杖、小国ウェスタリアを属国に従える6強国、魔導王国ジ・セルを示していた。白のマントを纏いフルフェイスのヘルムの後頭部から束ねられた金の長い髪が風で横に流されている。騎士は剣の腹を敵に見せるようにを自身の前で構えた。戦いの前に見せる礼のように見えた。その直後、巨大なる女性騎士の背後から無数の光の筋が発射された。光の筋は曲線を描きながら敵に襲いかかる。ただし狙いはつけていないかのか殆どは地面に着弾した。
それでも光の筋は重装巨兵3機のうち、1機の右足を溶かし、アーマ・ドルの肩や腿を貫き、敵陣の一部を吹き飛ばした。
巨大な女性騎士の放った魔法の一撃で勝敗は決した。行動不能に陥った重層巨兵を除く、2機の重層巨兵も後退を開始、砲撃も止み、両軍の歩兵隊も帰陣を開始した。アーマ・ドルが光の粒子となって消えるのを見届けると、女性騎士もまた光の粒子となって風舞い散った。
こうして一つの戦いが終結した。あとの事は、政治家達の仕事である。その日の戦いを終えた両軍は、撤退の準備を始めた。そしてそんな中で、帰って来なかった先輩兵士の為に後輩兵士は泣いた。
☆☆☆☆☆
戦場を見渡せる位置。先ほど突如現れた巨大なる女性騎士の立っていたその位置に白馬が一頭。いやこれは白い召喚馬か。その馬上には小柄な少女がいた。更には、少女の腰にしがみつく少女よりも小柄なもう一人の少女が同乗している。金の紙の美しい顔立ちの少女は年にして10歳くらいだろうか。小柄のほうの少女は恐らく7、8歳といったところだ。
「ふう、危ないところだったね。お姉ちゃん」
「まったくね。貴方が寝坊しなければハラハラせずに済んだわ」
「そうだったかなぁ。まぁいいじゃないの。間に合ったんだからさ。そもそも手を出すのは最後の手段ってことだったよね」
「まったくもう、調子いいんだから。 ま、いいわ、帰りましょう。魔力はまだあるでしょ」
「よゆーよゆー。帰ったらプリン食べたいな」
「?あるのかしらね」
「あーどうだろうね」
気軽な会話を交わていた姉妹が召喚場で駆けていったのを気づいたものは何故か居なかった。




