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040 孤児院慰問2

 その後、一行は裏庭から場所を移して井戸近くの洗濯場にきていた。ここ王都リリアーノの南に大河があるので、水が豊富な都市といえる。ただし固い岩盤の下が水脈の為、井戸を掘るのに専用の魔導具が必要で、国に魔導士の派遣を依頼しなければならない。なお、その井戸の水は透明で飲料水とすることできる水質。とは云え一度沸かして冷ますのが一般的だ。


 孤児院慰問の真の目的はメアルと直接話をすることなのだが、名目は無視できない。なので孤児達の生活を見学する予定になっていた。ちょっとしたハプニングはあったものの、予定通り孤児達の洗濯の見学することになった。


 といっても孤児全員はいない。剣の稽古が終わっていないのだ。ジェイコフが孤児達の剣術指導を始めてしまった。そして洗濯の見学より剣術指導に加わりたいミリンダも残ってしまった。 最初、洗濯についてこようとしたミリンダが、後ろ髪惹かれまくっていたのを察したサーラン。剣術稽古に参加しては、と言ってみたところ、「そうか?いいかな」と、ミリンダは嬉しそうに剣術指導に生徒として加わってしまった。剣術指導が終わるに終われなくなり、参加してない孤児達だけで洗濯することになったのである。


 「洗濯って大変なのね」


 サーランは手際よく洗濯を進めていくメアルをみて呟いた。メアルの洗濯割り当ては、自分のもの以外に、ロヨイ、リカレイ、ミラン、そしてカーライル。メアルはおっとりとして動作も遅いのに洗濯の手際が良い。他の子に比べて一着にかかる時間が短かかった。


 干すは職員が手伝っていた。子供達は補助台が無いと物干し竿に手が届かないのだ。職員が手渡された洗濯物を物干し竿にかけ、子供達が次の洗濯物を手渡す。そうして全てを干し終わって全体をみた時、メアルの洗ったものが目に見えて一番綺麗なっている。


 その事に気付いたのはサーランとフィセルナ。(ニースは既に知っている) サーランはメアルの手を取ってその指先に視線を落とす。


 「あなたは洗濯がお上手なのね」

 「ありがとうございます。洗濯には自信があるの」


 そんなやり取りを間近で見ていたフィセルナもメアルの手があまりに綺麗なことに気付いた。まるで貴族の子のような豆ひとつ、傷ひとつない柔らかな手だった。しかし洗濯は手慣れていた。いつもやっているのは間違いないだろう迷いのない動作だった。


 ーひょっとしてこの子には魔法以外の力がある?個人が内包する魔力は感じることはできないけど、魔法として使う場合は発動時に魔力を感知することが出来る。それが魔法というもの。それは魔導士も巫女も聖女も変わらない。メアルが孤児院の皆を眠らせたのは事実だからメアルの魔力量が多いのはわかる。しかし、先ほどの洗濯で魔法は使っていなかった。魔力が漏れればすぐにわかるもの。だけどメアルの洗った物だけが目に見えて綺麗だった。 おかしいのはそれだけじゃないわね。傷がないのは手だけじゃない。衣装を変えれば貴族の子と言ってもも通用するほどに傷もシミもひとつない白い肌。他の子達は日焼けも手荒れもあるというのに。


 メアルは浄化と治癒の二つの異能持ちだろう。そうでなければ説明がつかない。そうフィセルナは考えた。一方、サーランは違った考え方をしていた。


 ー私たちの従姉妹は魔法の天才なのかも。息をするように思ったとおりに効果を得ているわ。ほとんど感じないけど洗濯ををしていた手から本当にごく僅かに魔力を感じた。きっと叔母様は気付いていない。護衛のエルフの人も。だけど、何故かしら、そのほんの僅かに感じた魔力が、なんだか懐かしいわ。


 『!…なる程』

 『…サンシェリー様、何かございましたか?』

 

 『…いずれ話そう。今は時では無い』

 

 『解りました』


 メアルが洗濯中、急にアマリアの守護神である大神セレイブの長女にして神格第一位の女神、サンシェリーが驚きを見せた。契約前にもかかわらず神と繋がるサーランはこの事もあって、メアルには何か秘密があるのだろうと考えた。サンシェリーが驚いたのはメアルからほんの僅かに魔力が漏れた瞬間だった。


☆☆☆☆☆


 洗濯の後、慰問は食事会を経て、王女達による物語の読み聞かせの時間となった。物語は二人の王女で内容が異なり、ミリンダは男の子が好みそうな少年が騎士を志し、やがて聖騎士となる王道の物語で、サーランはラゴンに拐われた王女様が、騎士に救出され、それがきっかけで恋仲になった二人が結ばれるという夢物語だ。 当然男の子と女の子ではっきりグループが別れた。


 そうして王女達の孤児院慰問は無事終了した。が、時間が余り、庭園でサーランとフィセルナはお茶を飲んでいた。ミリンダは読み聞かせが終わるとジェイコフと、何故かカーライルを連れて鍛練場に向かってしまった。余った時間で個人的に指導をしてもらえる事になったらしい。こうなるとフィセルナにも事情が筒抜けなのだが、ミリンダはその事を綺麗さっぱり失念していた。それ程にカーライルの剣技に驚かされたのだった。


 庭園でお茶を楽しんでいるのはサーランとフィセルナ、そして特別にこの場に呼ばれたメアルと護衛のニース。洗濯が一番上手だったから個人的に話が聞きたいという、なんとも取って付けた様な理由でメアルを参加させたのだった。これがこの慰問の本当の目的なので、この流れは必然だった。



 「あの子は、騎士を目指しているのかしら」

 「そうみたいね。叔母様」


 ここに至ってはサーランも誤魔化しようもないので、そう言うしかなかった。


 「なるほどね。それしか残る方法がないのは確かだわね」


 ミリンダは聖女検査の結果、資質なしとなったのはフィセルナも知っている。サーランには資質があるだろうことも。もしミリンダが王家に残りたいなら方法は二つ。サーランのパートナーの聖騎士になる。ただの騎士や他の聖女のパートナーではだめだ。それでは政略結婚による降嫁は避けられない。サーランのパートナーでなければならない。もうひとつは宰相の地位に就くこと。だが、こちらはフィセルナからみても向いてなさそうだ。とにかく女王ルーサミーが手元に置いておきたくなるだけの実力が求められる。そう考えるとミリンダの選べる道はひとつだった。


 「叔母様、その話をメアルさん達に聞かせたいの?」

 「あら、御免なさい。そうねこんな話聞かされても困るわね。 でもこれだけは言わせてサーラン、私はあの子の邪魔はしないわ。暫くは黙っているから自分から意思を示すのよ、と伝えて」


 話題を変えようとしたミリンダにフィセルナは言うべきことを伝えた。フィセルナにとってはミリンダもサーランも可愛い姪である。そしてサーランには伝えていないが、先ほどサーランがサンシェリーと会話していたのをフィセルナが契約するエクトゼアルから聞いていた。姉ルーサミーの契約しているサンシェリーがサーランと会話しているのはサーランが後継者だからに他なならい。エクトゼアルが大神セレイブの眷属の一柱だから知ることが出来た。会話の内容までは教えて貰えなかったが。サーランは既に聖女になれるだけの魔力を持っているのだろう。いずれにせよフィセルナは姉に伝えるつもりはない。例え仲の良い姉であっても、サンシェリーの意に沿わないことは出来ない。これはサンシェリーか、サーランから伝わるべき事だ。


「ありがとう。叔母様のお言葉、お姉様に伝えるわ」 


「話がついたなら、我からいいかのう」


 「ニースさんなにかしら」


 「この場は無礼講でいいのじゃろう。メアルに聞きたいことがあってな」


 「もちろんよ。ニースさんもメアルさんも普通に話してちょうだい」

 

 「だそうじゃ、メアル」


 「はい」


 「あ、そうそう私もメアルと呼んでいいかしら」

 「はい。王女様も公爵様もわたしのことはメアルと呼んでください」

 「わかったわメアル。わたしの事はフィセルナお姉様と呼んで」

 「はい。フィセルナお姉さま」

 「メアルは素直でいい子だわ」

 「「…………」」


 ここは触れてはいけないところだ、と、ニースとサーランは思った。


 「私のことはここではサーランと呼んでね」


 「我もニースでよいぞ。堅苦しいのは苦手じゃ」


 「で、早速だけどメアルは洗濯がとても上手なのね。なにかコツがあるのかしら」


 「ええ。綺麗になりますようにって祈りながら洗うととっても綺麗になるの」


 「メアル、お主洗濯の時も祈っておるのか。世界中の誰よりも祈っているんじゃないかのう」


 「メアルはよく祈るのね。洗濯以外ではどんな事を祈るの?」


 「わたしがよく祈るのは、お父様と村の皆が安らかに眠れます様にって」


 「そうだったの…悪いことを聞いたわ」


 「ううん、今はもう大丈夫」


 メアルは孤児だ。今の流れから村に何があったのか察したサーランは言葉に詰まってしまった。フィセルナは事前にメアルの経緯を話してなかった自分の落ち度だと思ったが、敢えてもう一歩踏み込む。確認したいことがあるのだ。


 「メアル強い子ね。で疑問に思ったのだけどお母様は」

 「叔母様」


 孤児なのだから居ないに決まっている。サーランが驚いて止めようとしたが、フィセルナの目は真剣で言葉が続かなかった。


 「お母様は私が5歳の時に病気で」


 「そう、辛いことを聞いて御免なさいね。でもメアル、あなたに私の知り合いの面影があったものだからつい聞いてしまったの。お母様のお名前を聞いてもいいかしら」


 「お母様の名前はエレンというの」


 ーエレン…兄様が儚くなっていつの間にか暇を取ったエレンシーヌに違いないわ。彼女は下位貴族ながら聖女学園に一時在籍していた。残念ながら適正が無く卒業には至らなかったけど。兄様に見初められ兄様の専属侍女になった。二人は正式には婚姻できる身分差ではなかった。でも兄様が病にかからなければ、妊娠発覚を期に二人は結婚していたはず。母として後ろ楯がない王女となるよりは平民として生きた方が幸せと考えたのね。だけどメアルは特別な色を持って生まれてしまった。


 「そう。教えてくれてありがとう」


 「我もメアルに聞きたいことがあるのじゃ。メアルよ」


 「なあに」


 「メアルよ。お主はカール坊の名付け親と言っておったな」


 「ええ、これしかないと思ったの」


 「くくく、あれじゃろ、先ほど王女様が読み聞かせてくれたあの物語の騎士にあやかったのじゃろ。姫を救う騎士様も黒目黒髪のカーライルじゃ」


 「「あ」」


 言われてみればそうだと、サーランとフィセルナは思った。あの物語を読み聞かせしていた時、カーライルの名前が出てメアルが一瞬恥ずかしそうにしたのを護衛のニースは見逃さなかった。

 

 メアルは真っ赤になって俯く。その姿はメアルにとってカーライルは自身の騎士様なのだと言っているようなものだった。

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