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037 姉妹の会話

 アマリア王国王宮の一室にて


 ここは王族の住まう王宮で、女王がプライベートな客をもてなす為の部屋。そして王族以外が立ち入れるエリアとして最奥にあり、女王ルーサミーに招待される者の中でもかなり近しい間柄でもない限り、使われることはない部屋だった。実際の所、この部屋に呼ばれるのは妹であるフィセルナと騎士団長ジェイコフのみだった。尤もジェイコフの場合はフィセルナの同伴として認められているだけだが。今はフィセルナのみが呼ばれていた。従者や侍従侍女も退出させられて完全に二人きり。なので今の二人は主従ではなく仲の良い姉妹だった。


 「それで、この後はどうするつもりなの」

 「暫くはこのままかしら」

 「惚けないで頂戴」

 「彼からの報告にあった件なら。まぁ何とかなるでしょ」

 「あの子があの大聖女シエル・ニーを眠らせたのよ。しかも魔力のゴリ押しでというじゃないの。それでも養女にできると思っているの?」

 「一旦は学園に入るでしょうね」

 「そう」


 ルーサミーはフィセルナの予測を理解した。聖女検査で巫女・聖女の適正をみるといってもそれは魔力だけの話。魔力がなければ話にならない。それは絶対条件である。同時にそれは最低条件でもある。滅多にないが、聖女学園に入ってから不適格につき退学になるケースもある。フィセルナは、メアルにあるのは魔力だけで、巫女・聖女になる資質はないと見ているのだ。


 「学園で聞いてたぶんそうだろうと思っていたけど、実際に会ってみてやはりメアルには無理だと思ったわ」

 「聖女学園の視察でメアルに親しい娘に会ったのだったわね。最初の報告書にもあったけど、そんなにひどいのかしら」

 「庇護欲はそそられるわ、とってもね。でも…」 

 「うっかりさんのあの子に命を預けられる騎士はいない、かしら」

 「ちょっと姉様、セリフを盗らないでくださいな」


 「もったいぶるからよ。騎士は剣で聖女は盾、迂闊な娘とパートナーを組むのは死に直結しかねない。不向きなので退学になったところを引き取る算段なのね」

 「さすが姉様よくおわかりで。まぁそういうこと。たぶん学園生活も最初の1年だけね。その最終決定権を持つのは私だもの」

 「まさか、貴女…」

 「姉様…いくらなんでも適正があっても落とすようなことはしないわ」

 

 ジト目のルーサミーに対し、心外だと満面の笑みを見せるフィセルナ。ジェイコフがいたらその笑みが却って怖いと思っただろう。だがそれで怖がるような姉ではにない。

 

 「そう。ならいいわ」


 それだけいうとルーサミーは澄まし顔で茶に口をつけた。フィセルナも姉に習って喉を潤した。


 「姉様」

 

 「何かしら」

 

 「…姉様は違うと考えているのね」


 姉妹なのだ、付き合いは長い。ちょっとした表情や、言い回し、イントネーションの変化でわかってしまう。ルーサミーが否定しないのも妹への優しさ半分、結局は結果でしか語れないことだからが半分なのだと。


 不意にルーサミーが目を輝かせた。


 ーあ、また変なこと思い付いたわね 


 この姉は、二人の娘を持つ母になっても変わらない。どこか子供じみたところがあるのだ。と、経験則でフィセルナは知っている。実に似た姉妹だった。


 「ねえ、賭けをしない。フィー」


 案の定だ。フィセルナはため息をついた。


 「姉様は卒業できる方に賭けるの。正気?」

 「ふふ、負けたら貴女には弟子を取ってもらうわ」


 「え、たとえ聖女の資質があってもメアルに筆頭聖女は無理だわ」


 「何も後継者にしろと言ってないわ。聖女でも巫女でも弟子になってもらうと言ってるだけよ」

 

 「手元に置いておけってことね」

 「そうよ。お兄様の忘れ形見を手放す気は私もないの」

 「パートナー探しが大変そうだわ」

 「外に出さないなら居なくてもいいじゃない」

 「そうはいかないわ。巫女も聖女もお飾りではいらせられない」

 「そうね。言ってみただけよ。で賭けは成立でいいかしら」

 「ええ。私が勝ったら養子縁組は速やかに許可を出してもらうわ」

 「いいでしょう。結果が楽しみね」


 パートナーを得て正騎士になりたい準騎士は星の数ほどと言いたいくらいに多い。準騎士に対し、聖女、巫女の数はあまりに少ないのだ。正騎士になれるのはほんの一握りなのが実情だ。それでも騎士側にだって選ぶ権利がある。メアルの実態を知った上でパートナーになりたい騎士がどれだけいるだろうか。と、フィセルナは思う。いくら強国のアマリアとはいえ、戦闘は全くない訳ではない。魔物討伐であったり、同盟国の要請を受けての敵対勢力との小競り合いであったりと。メアルに命を預けられると思ってくれる者が果たしているだろうか。出世レースでも、パートナーとの信頼関係や能力は重要だ。メアルは変わらないだろうから、学園でもうっかりするに違いないし、持ち回りで護衛を務める準騎士達にも直ぐに知れるだろう。いくら見目麗しくともメアルを進んで選ぶ者がいるとはどうしても思えないフィセルナ。メアルには苦労した分幸せになってほしいとの想いもあった。


 対してルーサミーは楽観していた。フィセルナが見落としている点を重視しているからだ。そもそもメアルに命を賭けれる者なら既にいる。だからパートナーには困らないと考えていた。性格の部分は何とかなると、それこそ楽観している。既に引退しているが、似た性格の聖女を知ってるのが大きい。フィセルナが聖女学園に入学する前に引退したから、フィセルナはきっと知らないだろう。前学園長も親族ながら相当なおっとりうっかり者だった。きっと王家の血にはそんな性質もあるのだろう。


 そもそも、この賭けはどちらが勝ってもお互いに困らない。メアルがフィセルナの弟子になるか、養女になるかの違いしかなく、外に出す気は元々ないのだ。只、どちらにせよフィセルナが苦労するだけ。


 ーでもこの子(フィセルナ)に親なり師が務まるのかしら


 この賭けの結果がいかになるかよりも、その方が心配な姉であった。


☆☆☆☆☆


 「ミリンダお姉様、大変です」

 「ん?どうしたサーラン」


 アマリア王国第一王女ミリンダの部屋に駆け込んできたのは第二王女のサーランだった。ミリンダ11歳、サーランはメアルと同じく8歳だ。ミランダは自室にて読書中だった。


 「サーラン殿下、お身内とはいえ殿下の部屋に先触れもなくお越しになられてはなりません。しかもノックもなさらないで」

 「よいエリサ。それよりも休憩するからなにか飲み物を」

 「畏まりました」


 第一王女付きの専属侍女エリサは一礼し、部屋を出ていった。対して第二王女の侍女はいない。侍女の目を盗んで部屋から抜け出してきたなとミリンダは思った。


 「あまりリンダを困らせないようにな」

 「はーい」


 リンダとはサーラン付き専属侍女だ。今ごろサーランを探しているだろう。エリサが連絡をいれるだろうから、エリサと一緒にもうすぐやってくると思われる。


 サーランにソファーを勧め、自分も腰かけた。暫く待つとミリンダの予想通り二人がワゴンと共に入室してきた。もちろん礼儀正しく。ミリンダには紅茶が、サーランには果実水が用意され、茶請けにクッキーが置かれた。リンダは何も言うことなく壁際に移動して控えた。貴族令嬢だけあって表情は見せないが、安堵しているに違いない。


 さて、サーランの話を聞きたいところだが、肝心のサーランの視線はクッキーに釘付けである。ミリンダは内心やれやれと思いながら食べたい訳でもないクッキーを一つ口に入れた。


 「うん甘さが丁度いい。サーランも食べてくれ」

 「喜んで」


 本人はさりげないつもりだろうが、一つとみせかけて三つ掴んだ。 とりあえずサーランが満足するのをミリンダは待った。


 「そんなに取ったら夕を食べれたくなる」

 「えぇ、私はまだ余裕よ」

 「そうか、そろそろ何が大変なのか知りたいな」

 「そう、大変なのよ」


 そういいつつも、先を進めずサーランは壁際で控える侍女達に視線を向けた。サーランの視線の意味を理解した二人は一礼して退室する。 流石は専属に選ばれるだけの者達だった。勿論退出する前に、二人の飲み物を新しくしていくのも忘れない。


 「で、どう大変なのかな」

 「聞いて驚かないでね。私達には実はいとこがいるらしいわ」

 「へぇ…いとこが…それはどこから聞いたの?」

 「あまり驚かないのね、つまらないわ。 いま叔母様がきててお母様とそんな話をしていたのよ」

 「陛下と筆頭聖女様が…でサーラン、二人の話を盗み聞きしたのかな」

 「た、たまたまよ。奥の応接室が使われていたから叔母様がきてると思って挨拶しようとしただけなの」


 サーランの言い分はおかしい。ミリンダは疑問に思った点をすぐに指摘した。


 「いや、あの部屋は声が漏れないはずだし、扉の前には護衛も侍従達がいただろう?」


 嘘が通じないとわかったサーランは急に真顔になった。


 「ああ、簡単な話だわ。お姉様にならいいかしら…お母様にも内緒にしてるから黙っていてね」

 「わかった。二人の秘密にするよ」

 

「ええ二人の秘密ね。で……サンシェリー様を通じて聞いたの」

 「!! 驚いた。サンシェリー様に…」

 「言わないでね」

 「ああ、勿論誰にも言わないとも」


 サーランはさらっと言ったが、実はいとこがいた、よりもミリンダは驚いた。それはサーランは、既に神と対話できるほど聖女としての力がある事を意味している。代々のアマリア女王は公平と審判を司る主神セレイブの長女にして神格第1位のサンシェリーと契約を結び、引き継いできた。つまりサーランは8歳にして『黄金女帝サンシェリー』に次代の契約者として認められているのだ。同時に王座を継ぐのはサーランで決定したと事も意味していた。ぽっと出てきた従妹に王位継承権が与えられるかとミリンダは考えたが、そうであれば問題にもならない。


 サンシェリーを介して聞いたのなら、防音構造やら魔導具、護衛など関係ない。直接二人の会話を聞いただろう。


 ーサーランは部屋を抜け出してから聞いたのではなく、聞いたから抜け出したに違いない。それは私に知らせるため?


 ミリンダは知っている。サーランは愚かではない。年相応にお転婆には違いないが。陛下にも伝えてない秘密をミリンダに教えたのは意図があっての事だ。サーランは恐らくこの展開を予想していただろう。澄まし顔で果実水を飲む妹を見てミリンダは決意を固めた。


 「サーラン。私はサーランのパートナーになる」


 「ええ、お母様と伯父様がパートナーだったのだから、私とお姉さまがパートナーでもいいと思う」


 「ああ、そうだな」


 一年前の聖女検査で自身に女王の資格ないと確定してしまったミリンダは、自身の進むべき道を迷っていた。最近になって騎士になる道を選んだものの、まだ迷いがあった。だが次期女王となる妹に望まれているとあって、覚悟は決まった。


 「サーラン、私の為にありがとう」

 

 その言葉は自然と出た。サーランは嬉しそうに笑った。


 「あと済まない。このあと陛下よりお説教があるだろうが頑張れ」


 部屋を勝手に抜けだしたのだから。陛下に報告が上がるのは

当然である。


 「お…お姉さま一緒に」

 「それはそれ。これはこれ、だ。済まない」


 サーランはがっくりと項垂れた。

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