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036 新しい孤児院への移動

 剣聖達がスタにくる数日前に遡る。


 その日、スタの孤児院では浮き足だっていた。今日は王都の孤児院に移動する日なのだ。アルジが雇い主にメアルの願いを報告した結果、希望者は全員王都に連れていってくれると約束してくれた。子供達は喜び遺産で勇んで全員王都行を希望した。王都の華やかさに憧れもあるし、将来を現実的に考えた時、スタより王都の方が仕事沢山あるのは子供にだってわかる。なにより新しい環境なら孤児だと発覚しにくい。となればスタに残るメリットは無いと言っていい。孤児故にスタの街にしがらみなどないのだから。


 子供達だけでなく、二人の孤児院職員も王都行を希望した。二人とも若く、独身だ。にわか孤児院の公爵邸にしてみてもノウハウを持つ二人は孤児院運営に欲しい人材なので、そのまま公爵邸孤児院で職員採用になった。二人は王都で生活できるチャンスに興奮し、目を輝かせている。もちろん王都に行く者あらば、残る職員だっている。孤児院長ともう一人の職員は、スタに家族がいて、新しい環境に喜ぶ程若くもなかった。


 新しい環境を求めるのが若さの特権だとしたら、若い職員より更に若い孤児達は大興奮だ。この日ばかりは剣の稽古もやっていない。皆食堂に集まり、迎えはまだかとウロウロするばかりである。普段落ち着きのあるミランですら今日はソワソワしていた。時間をもてあましたミランは、窓際で外を眺めているカーライルに話しかけることにしたのだった。


 「先生も一緒に王都に行くんでしょ」

 「ああ、もちろんだ。一応、孤児院職員って形でな」

 「先生が職員?ちょっと無理があるような」

 「書類上の建前さ。だが肉や野菜を調達してたんだから職員と言ってもいいだろ」

 「それもそうだね」


 「肉って向こうでも食べれるかな」

 「王都って広いんだろ。狩りなんてできる場所ないんじゃ」


 『肉』というパワーワードに反応したロヨイとリカレイが会話に参入してきた。王都行きは胸が踊るが食事の質が下がるのは頂けない。子供達にとって今が肉のある生活だけに、新しい孤児院の食事の質は重大な懸念事項なのだ。


 「向こうについてから判断するさ。ま、心配するな。必要なら狩るなり買うなりする。メアルが悲しむようなことにはしない」


 「頼むぜ先生」「よろしく先生」「ありがと先生」


 もうメアルに過保護な部分はスルーの三人だった。


 子供達が落ち着かないでいる中、こんな日でもマイペースな者がいる。メアルは今日もいつも通りこの時間は布団の中である。同室のニースは変わらぬメアルの生活リズムに関心半分、呆れ半分だ。

 

 アルジとニースもまたメアル達と一緒に王都に行く。契約はあくまでメアルが聖女検査を受けるまで。スタであろうが王都であろうがそれは変わらない。それにアルジは兎も角、ニースはこの依頼が楽しくなっていた。ニースは今回の王都行の全容をアルジから聞かされて知っている。聞かされた時は、それこそフィセルナの本気に呆れ半分、感心半分だった。


 ニースは聖女検査までの間にメアルに魔法指南をするつもりである。メアルには才能がある。それもニースが恐ろしく思う程の。メアルの成長が楽しみでしかたがないのだ。


 さて、いつもと同じように孤児院の誰よりも遅くメアルは目が覚めた。目が開き、上半身を起こす。そしてそのままボーとする。この時、正確には半起き状態なので、呼び掛けても反応は無い。暫くボーとしていると突如伸びのして、漸くお目覚めなのだ。


 「お早うじゃ、メアル」


 「…ニースさん、おはようございます」


 「水を汲んである故、顔を洗うのじゃ、そしたら朝食にしようかの」


 「…はーい」


 まだ反応が遅いが一応メアルは目覚めた。メアルが遅起きなので朝食はいつも部屋に置いている。ニースはメアルと寝起きを共にするようになってからは、朝食を一緒にとるようになったので、ようやく朝食をとれるのだった。



 「メアルお早う」

 「カール様おはよ。今日はみんな食堂なのね」

 「今日ばかりはな。ずっとこんなだよ」

 「ふふ。そうね」

 「メアルは支度は済んでいるか?」

 「もちろんよ。荷物なんて着替えくらいだもの」

 「お守りも忘れないでくれよ」

 「うふふ、これは外さないようにしてるの。寝るときだって一緒よ」

 「そうか、なら安心だ」


 「お、メアルお早う」「こんな日でも変わらずなのな」「メアルらしいけどね。」


 メアルとカーライルの会話に幼馴染み達が割り込んで、一気に賑やかになる。そんな時、孤児の一人が大声をあげた。皆が慌てて外に出て上を見上げる。


 「うわ!この前よりずっとでけえ」

 「あれ、飛空挺だよね」

 「まさかあれがお迎えか」

 「まぁ、あんなに大きいのに。飛んでるなんてスゴいわ」


 それは巨大な飛空挺だった。アマリア王国の誇る最新鋭飛空挺だ。その大きさに子供達だけでなく、街中全ての者がそれを見上げて度肝を抜かれていた。それはカーライルを含め、アルジとニースもだった。


 「へぇ、たいしたものだ」

 「ああ、こんなものを作っていたとはな。流石は大陸一の魔導国家だ」

 「じゃな。どの国もまだ飛空挺を作れずにおるのに。これだけの物をつくっているとはのう」


 巨大飛空挺は悠々とスタの上空を移動すると街の脇にゆっくりと降りていった。


 街の評議会には国より前もって通達があったが、こんな巨大な飛空挺が来るとは知らされていなかった。驚きはしたが、用件は判っているので、飛空挺まで出迎えに行くだけである。対して街中は大騒ぎだ。ただ、警報の鐘は鳴っていないので緊迫したものではないのは判る。飛空挺の巨大さに驚き、興奮しているのである。


 街の評議員達が飛空挺まで駆けつけると、飛空挺から降りてきたのは、前回魔物を討伐したてくれた騎士と巫女だった。更に数名の護衛の兵士が続く。評議員達は知らない。彼らが 騎士の頂点である騎士団長とそのパートナーの筆頭聖女であると。続く兵士らしき者達も準騎士達であると。


 歓迎会やら街側の申し出を断り、挨拶や書類交換をその場で済ますと、今回の件を仕切るフィセルナは、早速孤児院に向かった。やっと兄の娘(メアル)に会うことできる。本当なら走りだしたい気持ちを押さえている。フィセルナ的には少々早足なのは致し方がないことなのだ。


 一行が孤児院の着くと、子供達は既に外に出ていた。ところがである。肝心のメアルが見当たらない。遠目でも見間違えはしないだろう特徴のある髪色である。だが何度も探してもいない。ついでにニースの姿もない。アルジはいる。ついでになかなかの腕利きと報告を受けている黒髪の男もいる。居ない理由は察せられるので心配せずとも良さそうだ。


 フィセルナは逆に良かったかなと思い直す。このまま会ったら思わず抱き締めてしまいそうだった。メアルだけを引き取る訳ではないのだから、あまりに贔屓は良くない。


 孤児院に着くと、孤児院長が前に出てきた。再び挨拶やら書類のやり取りを経て、無事子供達の引き取りが完了する。これでメアルら孤児達はスタの孤児院のから公爵邸孤児院に所属が移った。フィセルナは表面こそ取り繕って澄まし顔だが、内心では踊り出したいほどにニッコニコだ。


 出発がメアル待ちとなってから暫くしてメアルがニースと共に出てきた。フィセルナはようやく姪である少女を間近に見た。


 ーああ、やっぱり兄様の面影がある。


 思わず涙が出そうになるのを堪えた。


 「メアル遅いよ」

 「ごめんなさい」

 「あれ?メアル荷物はどうした」

 「まぁ、うっかり置き忘れてしまったわ。取ってくるね」

 「大丈夫じゃ。持ってきた」

 「ニースさんありがとう。さすがね」

 「はぁ、これくらいで流石と言われてものう」


 メアルのリアルうっかりを目撃したフィセルナは(アンに)聞いた通りの子なのだなと、笑みが出てしまう。先程の感極まっての涙はおかげで引っ込んだ。


☆☆☆☆☆

 

 「飛空挺って外見えないのね」


 メアルの感想は孤児達全ての感想を要約したものだ。乗り込む時こそ興奮したが、席に着いてしまうと。景色を見るどころか何もないのである。明るいが窓がない部屋に、固定式の椅子が同じ向きで配置されているだけ。子供達は暫くするとやることもなく昼寝してしまった。フィセルナとジェイコフは操縦室兼指令室にいなければならないので、飛空挺内でメアルに話しかけることが出来ない。


 ーなんとかあの子と二人きりで話したいけど…焦りは禁物よ。時間はいくらでもある、徐々に仲を深めていくのよ


 どちらにせよメアルには今回の移動について話さなければならない。しかしそれは先ず新しい生活に慣れてもらってからのことだ。


 ーその時は個人面談にしていろいろとお話をしましょう。お茶会にすればいいのかしらね。どんなお菓子が好きかしら。ケーキは好きだと(アンが)言っていたわね。


 フィセルナはメアルを養女にする前にいろいろと本人に聞きたいこともあるのだ。その手配について楽しい思考を空の旅の最中するのだった。飛空挺の指揮はジェイコフに任せきりで。


☆☆☆☆☆


 飛空挺は王都内の軍用地区にある飛空挺発着場に着陸した。出発時と同様、着陸は明け方のまだ空が暗い頃になるよう調整されていた。流石に一般人立ち入り禁止区域なので、孤児院の一行は目隠しさせられ、馬車にのせられての移動である。そして新しい孤児院に着いたのは、空が明るくなって最初の鐘がなった早朝。飛空挺の中でも馬車の中でも寝ていたメアルは寝起きだったが、新しい孤児院を見て一気に眠気が吹き飛んだ。


 サプライズの為か、目隠しは孤児院に着いてから外す許可が出された。そして視界に入ったあまりに予想外の孤児院の規模に、子供達は度肝を抜かれて言葉が出ない。どうみても豪邸にしか見えない。それも見たこともないレベルの豪邸だ。


 「まぁ、新しい孤児院はずいぶんと大きいのね。まるでお屋敷みたい。すごいわ」


 メアルの声に、「みたいじゃなくてお屋敷だよ」とツッコむものは居なかった。

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