034 御前会議にて
ガレドーヌ帝国は大陸中央にあって6強国の中で危険な国と言われている。それは建国よりわずか150年で他の強国と肩を並べるまでになった驚異的な早さの軍事侵攻による拡大政策故である。相次ぐ軍事侵攻が何故可能だったのかは歴史家の意見別れるところだが、ひとつだけ歴史家全員が賛同する点がある。それは軍の強さが他国と段違いであるという事だ。
戦争の主役がまだ巨兵と呼ばれる操縦者同化型のゴーレムだった時代、帝国の主力巨兵”タイタン”及び”ギガントス”は重装を可能にした極めて強力な兵器だった。重装至上主義はアーマ・ドルに戦場の主役が移った現在にも受け継がれている。ちなみに現在の帝国の主力兵器はアーマ・ドル”グレゴリ”である。
驚異的な拡大政策を支えたのは軍事力だけでなく、優秀な統治という点も挙げられる。占領政策をとる以上、敵だった民を今度は自国民として統治しなければならない。強大な軍事力を背景に占領民の不満は完全に押さえ込みつつ、帝国の一部となることの恩恵を民に十分に味あわせた。こうして起源もはっきりしない小国だった”ガレドーヌ国”は周辺国を制圧しガレドーヌ帝国”と改名したのが50年前。
今、ガレドーヌ帝国は停滞期と言えるだろう。拡大しきって周囲に大国しか無くなってしまったのである。東にアマリア王国、西は6強国”ビラン連合国”に挟まれ、南は南で30年前より属国となった”テリア王国”、更にその南は山脈を挟んで6強国”モス国”がある。北はすぐ山脈となっている。そこには小国ながら友好国である”ドワーフ国”がある。北東は大森林、更にその先には不浄の地”ビシュヴェール”があると言われている。もし帝国が次に侵攻を開始するとしたら西のビラン連合国だろうと言われてた。
ガレドーヌ帝国の皇都ガーハットは50年前までユジェスター王国の王都だった都市だ。帝国の皇都となり、今や大陸最大規模の都市に発展した。アマリア王国の王都リリアーノよりも人口、面積共に大きい。そのガーハットの中心には皇帝の住まう皇宮”百世宮”がある。百世宮のを囲むように、幾つかの宮殿があり、更にその外側に軍事、行政等各機関の施設が配置されている。
その日、百世宮の一室に重臣達が召集されていた。皇帝が参加する会議は必ず百世宮で行われるのだ。従って彼らの表情は3割増しで固い。
「陛下がご入室になられます」
皇帝の入室が告げられ、一気に静かになる室内。臣下の礼として頭を下げる重臣達。そして静粛な中、皇帝が入ってきた。ガレドーヌ帝国第4代皇帝レオジニアス・グランドー・ガレドーヌ。皇帝となり3年、若冠14歳の若き皇帝だ。皇帝が数段高い上座に座る。その隣には宰相デッカルト・アルドーが立った。
「皆様、頭を上げられよ」
宰相の言葉に重臣達が顔を上げた。いつもなら次に宰相が今日の議題を発表するのだが、今日に限り、滅多に発言しない皇帝が珍しく言葉を発した。
「剣師はどうした」
剣師とは剣聖ワイヤー・ビアンキの事。剣聖は皇帝の剣術指南役でもある。レオンが皇帝になれたのも剣聖と剣聖の十傑の助力があったからだが、別の話だ。兎も角、皇帝は公式の場であっても「剣師」と呼び敬っている。そしてそれを表立って批判する者はいない。剣聖の十傑達によって粛清済みだからだ。
「師はその…アマリア王国のスタに向かわれました」
「なるほど。スタか」
皇帝の問いに答えたのは、剣聖の十席、その第1席であり、軍務大臣でもあるアルバート・ジラフィトである。十傑でこの会議に出席しているのはアルバートだけだ。ジラフィト家は帝国貴族の中でも古くからの重臣の家系で、もし十傑の一員でなかったとしてもこの場にいただろう血統の男である。
「して、剣師ほどの者といえど、単独では無謀ではないか」
「師は思い立ったら止まらぬお方故、レネミー将軍が直接
護衛に就いていると報告が届きました」
「三剣の一人、レネミー将軍が一緒か」
「は」
十傑の第三席までは、特に三剣と呼ばれ、その武を称えられている。皇帝はとりあえずは納得したのか、宰相に視線を向け、会議の本題に入るよう促した。
「本日はそのスタの件で皆には集まってもらった。2日前アマリア王国国境近くの町スタに巨大飛空挺が降り立った」
宰相の言葉に場がざわつく。「それで剣聖殿が直にスタに」などの呟きが聞こえる。皇帝も同じ理由でと思い納得したのだが、真実は異なる。剣聖が帝都を飛び出しスタに向かったのは、巨大飛空挺がスタに降り立つ7日前だ。今日辺りスタに着いただろうかといったところか。今この場でその事実を知るのは報告書を受け取った軍務大臣であるアルバートだけだ。宰相は発言を続ける。
「アマリアの行動の真意は掴めていない。しかし、これは陛下の治めるこのガレドーヌ帝国への明確な軍事威嚇。そこで卿らに意見を求めたい」
アマリアの騎士団長が危惧した通り、フィセルナの行動は威嚇行為と捉えられた。いざ戦争となれば、どれだけの驚異となるのか。議論はそこから始まった。
「うーむ、巨大飛空挺…先日の新型アーマ・ドルといい、そもそもが信じがたいですな。本当だったとして実はハリボテという可能性もあるのでは」
「アマリアの草からの報告はどうなっているのですか」
「聖女レムヌスはなんと」
議場の全ての視線がアルバートに集まる。アマリア方面を任せられているレネミー将軍からの報告を受けているからだ。そしてレネミー将軍のパートナー、聖女レムヌスことイデアは情報の真偽を見抜く。
「アマリア各地の複数の草よりの情報をまとめると、王都リリアーノから出航したと思われる巨大飛空挺は補給なしでスタに降りたったと思われます」
「思われるとは? 聖女レムヌスはなんと?」
「聖女レムヌスは、任務中で確認はとれていません」
アルバートはそういったが実は違う。レネミーは急に飛び出した剣聖の護衛として後を追った。護衛を任せられる部下はいない。十傑の一人カテスもあんな事になってしまった。故にレネミーが出ざるを得なかったのだ。そしてイデアに負担がかかるが、アマリア王国の聖女フィセルナが騎士団長の代理権限を持つの様に、イデアもまたレネミーの代理としての権限を持つ。聖女とはそれだけの権力も持てる存在だ。そしてイデアは優秀だった。レネミーが抜けたところで執務が滞りはしない。その優秀なイデアが巨大飛空挺の件に関し、力が働かないと言った。そしてそれは、スタに住むある少女に関してのみだとアルバートは報告を受けている。即ち巨大飛空挺はスタの少女に何らかの関係があることを意味していた。その少女を剣聖の指示で誘拐しようとし、失敗したこと。その報告を聞いた剣聖が怒りでテーブルを真っ二つにして飛び出した事も、報告を受けていた。
「スタの草から詳細な情報は送られてきてないのか」
「スタに生やした草は、かの地の自警団に露見し拘束されている最中の事でした。新たな草はまだ根付くどころか、種を選んでいる最中です」
草は何代もその地に根付いた者がいい。少なくとも草本人がその地の出身者でなければ深い情報は集められないとされている。今回は巨大飛空挺という見たままの情報が欲しいだけなので、草でなくとも帝国商人の持ち帰った情報でもいいだろう。しかし、それが入ってくるのはもう少し先になる。
アルバートは自身の知る事の全容を言わないつもりでいる。剣聖が藪をつついて蛇を出したとも言える今の状況、剣聖の名に傷がつくのは弟子として避けたいアルバートだった。
「聖女レムヌスは兎も角、スタまで補給なしで飛んだのは間違いないのですな」
「間違いありません」
「もう少し詳細な情報が欲しいところではあるが、そもそも巨大飛空挺を作った目的は物資か人の大量移送用だろう。アマリア王国ならば物資というよりは騎士団の輸送だろうか。こんな馬鹿げたものを作るとは、いやはや大したものだ。」
宰相が冷静に巨大飛空挺の推察をした。
「宰相殿なにを悠長な。この帝都まで一気に飛んでこれるかも知れないのですぞ」
「何が問題なのだ。あの手の物は秘匿されてこその物だ。存在が知られた今となっては脅威でもなんでもない。宰相が馬鹿げたものと言ったのはそういうことだ」
急に皇帝が割りこんできた。話をその先に進ませる為だ。
「陛下のお言葉の通り、存在が知れたのです。それを念頭に入れるだけです。国土防衛の見直しは急務ではありますが…」
アルバートが皇帝の意を汲み取り、軍務大臣として防衛の見直しについて述べ始める。皇帝は満足げに頷いた。
皇帝の言う通り、確かに巨大飛空挺が脅威なのは存在が知られていない中での実践投入だ。予想しない位置、タイミングで騎士団が現れたたら、その先は述べるまでもないだろう。しかし存在が知られた今、仮に帝国がアマリアに侵攻するとして、もう不意をつかれることはない。会戦想定位置が国境付近になるだけなのだ。それに巨大飛空挺は巨大な的だとも言える。そう考えると、開発、運用に巨費がかかるだろう巨大飛空挺は馬鹿げた存在だろう。経済的に豊かなアマリア王国だからそこ可能にした開発だった。
問題があるすれば防衛側で見た時の敵の機動性だろう。一気に帝都まで飛んでこれるものとして防衛を見直さなければならない。1騎士団がまるまる投入できる輸送能力があるなら帝都を破壊するなど容易い。例え王国のヴァル・デインを殲滅できたとして帝都は戦火にさらされ、滅茶苦茶になるのだ。そしてアマリア王国は魔導袋という、大量に物資を運べる術を持っている。その気になれば長期戦が可能だ。それらを念頭において、各都市間の連携についても決めていかなければならない。アマリア王国は軍事侵攻したことがない国だが、そんな事は関係ない。それが可能だろうという一点において国土防衛を見直さなければならないのだ。
「ようやく、議論が始められるな。遺憾だが西への侵攻は先延ばしにしてでも先ずは東への対策をとる。そのつもりで実りある議論とせよ」
皇帝が明確な意思を示し、重臣達は「ははっ」と恭順の意を示す。これよりしばしの間、帝国は国土防衛の見直しを行うことになった。
後の世の歴史家達は知っている、アマリアの巨大飛空挺の件が、帝国と西の強国ビラン連合国との軍事衝突を数年遅らせた主な原因だと。しかし、そもそもその巨大飛空挺が何の為にスタに降り立ったのかは意見の分かれる所である。しかし、孤児院の子供達を王都に迎える為だったと唱える者はいない。真実は歴史に埋もれ、明るみに出ることは無かった。




