031 帰り道で
スタに向かう帰り道、カーライルはメアルを背負いながら歩いていた。すぐに目が覚めると思われたメアルだったが、なかなかに目蓋を開けない。メアルは目覚めに時間がかかるタイプなのだ。
カーライルはなかなか起きないメアルに、慌てる必要はなかったかと思いながらも、メアルを起こさぬ為、背中が揺れないように歩く。歩きながら手のひらを見る。指には普段はしていない指輪が填まっている。これはお守り代わりにメアルに渡してあった指輪と対の指輪。今回、大森林に入られる前にメアルを救出できたのはこの指輪のお陰だった。
今朝、カーライルが目覚めた時、自室の床の上だった。そして昨夜、急な睡魔に襲われたからだと昨夜の異変を思い出す。それはあまりに不自然で、眠りの魔法を仕掛けられたのだと即思い至ったが全く抵抗できなかった。
急ぎメアルの様子を確認しようと部屋を出たところでアルジ達に呼ばれた。メアルが拐われたのだと二人の様子で察したカーライルは二人に言われるまま、国境側の門を目指した。途中脅迫文、メアルの魔法、いなくなったメアルと、現在の状況を聞き、カーライルは警護隊のジーキスを疑った。そして国境側の門にジーキスいるのを見てジーキスが一枚噛んでいると確信に至った。そこでカーライルは敢えて一度孤児院に戻り、脅迫文を確認すると、孤児院の職員にそれを持たせて警護隊の隊舎に報告させたのだ。同時に自身は国境側とは逆の門に走った。国境側はジーキスが門番としている以上、時間稼ぎされるのは予想できる。街の中で実力行使にはさすがに出れない。なので逆の門に向かったのだ。それにそちら側の門は普段カーラルが街の外に向かうときに通っているので門番とは大抵顔見知りで、狩ってきた肉を融通してやったりもして、顔パスで通れるほどになっている。この日も列をなす商隊を横目にすんなりと街の外に出た。
まだメアルの件が門番に伝わっていないからだが、伝われば荷馬車への検査は厳重になるだろう。だが、カーライルの知ったことではなかった。そしてジーキスはこれ幸いと街から出る筈だ。逃すつもりも、このまま何事も無かったかの様にのほほんと過ごさせるつもりも無い。メアルへ危害を加えた以上、その罪は償わせねばならない。
カーライルは人目のつかない場所まで移動し、そして召喚馬を呼び出す為の魔導石を取り出した。これは事前に込めた魔力の分だけ召喚馬を走らせることができる召喚の魔導具だった。何故こんな高価だろう物を持っているのか、カーライルに記憶はない。しかしこれが何でどうやって使うのかは覚えていた。只カーライルは魔力を持たない。では、どうしたかと言えば対価を払い事前にニースに魔力を込めてもらっていたのだ。召喚馬を喚び馬上の人たなると、今度古ぼけた指輪を取り出して嵌めた。メアルに渡した指輪と似ているが、それはこの指輪と一対の物だったからだ。
古ぼけた一対の指輪を持っている理由をカーライルはやはり覚えていない。古ぼけているが錆びてはおらず鈍く銀色の反射光を放っている。そして材質は不明だった。この、何故か持っている一対の指輪が特殊なものだと最初に取り出してみた時には気付かなかった。これが特殊だと気付いたのは男物だろうサイズの方の指輪を嵌めて見た時だ。サイズが合いそうな気がしてなんとなく嵌めてみた。案の定ぴったりだった。そして気付いた。なんともう一方の指輪の位置が感覚で解るのだ。この二つの指輪は、まるで元はひとつだったと言いたいが如く、お互いの位置を知らせ合ってるようだった。だからひとつをメアルに持たせていた。万が一メアルが拐われたとしても追えるように。
メアルに再会する前にどれくらい離れたら感知できなくなるのか興味本意で実験した結果、限界距離はわからなかった。少なくとも昨夜居なくなった程度の時間差での移動距離なら問題ないと解っているカーライルは、すぐに進むべき方向が解った。国境門に向かう方向、しかし動いてはいないようだ。メアルはまだ馬車の中で、何らかの事情で停車中なのだろう。国境とは逆側の門から出た分、距離のハンデがある。カーライルは急ぎ召喚馬を走らせたのだった。
ー指輪と召喚馬、何となく必要そうだとは思ったんだが、本当に必要になるとはな
今回カーライルのとった誘拐対策は予防ではなく事後の対応の為のものだった。別にカーライルに深い考えがあったからではない。なんとなくそれが必要そうだと感じ、動いた結果で、一言で表すなら勘だ。
本来なら事を起こさせない様にした方がいいのだろうが、カーライルとアルジ、ニースの3人では行動に限りもあるし、環境的な不利もある。完全に防ぐのは難しかっただろう。なので襲撃を受けた時、その人数によっては犠牲者が出るのは仕方が無いと3人ともが割り切っていた。が、しかしまさかメアルの魔法で眠らされるとは3人とも思ってもみなかった。孤児院に全く被害が出なかったのは本人が意図した訳ではないが、メアルの優しさの結果だった。
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メアルは暖かさを感じていた。その暖かさが心地よくて身を委ねていた。だが寝坊助のメアルであっても、いついつまでもは寝ていられず、ふと目が覚めた。
ーあれ、ここは?
馬車の中で寝たはずなのに。と思いながらメアルはすぐ目の前に写る黒色に意識を向けた。見覚えのある黒、どうやらカーライルの服のようだ。 重ねてあれ?っと思ったメアルは見上げてみる。黒い短髪が見えた。
ーああ、カールさまだわ。わたしったらどうしてカールさまに?
なんだか体も自由に動かないと不思議に思って、徐々にクリアになっていく意識を自分のおかれている状況把握に努めさせる。結果、メアルは自身が広い布のような何かをおんぶ紐代わりにおんぶされているのだと理解した。
ーわたしカール様におんぶされているのね。カール様が助けてくれたのかしら
「カール様?」
「メアル、起こしてしまったか」
「ううん、だいじょうぶ。スッキリと目が覚めたもの」
「そうか、ところで痛いところとか無いか」
「ふふふ、カール様ったら。どこも痛いところはないわ」
「そうか、なら良かった。おっと、下ろした方がいいか」
「カール様、もう少しこうしていていい?」
「そうだな、街の前までなら。このまま孤児院までは嫌だろう?」
「うん…」
「ねえ、カール様は怪我してないの?」
「ああ、全く。メアルもすんなり返してもらったしな」
「そうなの? でも強そうな人たちがいっぱいいたわ」
「速やかに(あの世に)お帰り頂けたから大丈夫だ」
「そうなのね。で、ね、その…カール様怒っている?」
「…俺がメアルの立場だったら、やはり一人で動いただろうな。大切に思っている人達を巻きこみたくない気持ちはわかるさ。だから気にするな俺は怒ってない」
「…うん…ありがと。カール様…」
「あ、だがリカレイ、ロヨイ、ミランの3人は怒ってそうだな。覚悟したほうがいい」
「まぁ、カール様どうしたらいいかしら」
「素直に怒られたらいいさ」
「えぇ?3人とも怒ると恐いのよ。特にミランは滅多に怒らないから怒るととっても恐いの」
「じゃあ、一緒に怒られようか」
「カール様と一緒ならだいじょうぶかしら。お願いねカール様」
のほほんと会話を交わす二人だが、その前方でジーキスが二人の会話を聞いていた。猿轡をされているので何も話せはしないのだが。
ーなにがお帰り頂いた、だ! おい嬢ちゃん。騙されるな。そいつは血も涙もない殺人鬼だ。顔色一つ変えずに人を殺せるんだ!
流石に殺されないだろうと思い始めたジーキスはカーライルに対して悪態をついていた。心の中で。
「ねぇ、カール様。カール様はどうしてわたしに優しくしてくれるの?」
「急にどうした」
「だって、カール様は全く得していないのだもの。わたしがしたのは名前をつけてあげただけだわ。村でのことだって、私はほとんど何もしてないのよ。カール様を見つけたのだってアン姉様なの。なのに」
「俺がそうしたいから、ではメアルは納得しないか?」
「わかってるの。わたしがカール様の好意に甘えているだけって。だからカール様がそうしたく無くなったら何処かにいってしまうって、それが恐いの」
「メアルの気が済むまでは一緒にいると約束しただろう」
「ほんと? ほんとうに一緒にいてくれるの?わたしはカール様に何もしてあげれないのに」
「正直…俺自身よくわからない。だが俺から去るつもりはないな。今の生活はそれなりに楽しいし、気に入っているんだ」
ーそれに、メアル。君が拐われたと知った時、俺は絶対に助けたいと思った。俺が君を守る、守り続けると。こういうのは理屈じゃない。だがメアル、俺の想いは君の負担になりかねない。だから将来君が共にいる相手を見つけるまでは俺は君を守るさ
「一生気が済まないかもしれないわ」
「それでも約束は守るよ」
「カール様 約束してくれる?」
「ああ、改めて約束だ」
「うん、約束」
二人が約束を交わした。それは契約が成ったと言い換えてもいいのかもしれない。書面はない。だが今お互いがそれぞれ指輪を持っていた。カーライルは指に嵌め、メアルはネックレスにして首にかけて。そして約束を交わしたした瞬間、指輪が不自然に鈍く光った。二人は気付かなかったが。




