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030 メアルを巡る攻防9

 「おめえに俺は斬れねぇ」


 殺気丸出しでカテスは油断無く構え直す。カテスの持つ異能、それは"金剛"と呼ばれているもの。金剛の別名はダイヤモンド、この地上で最も硬い鉱物である。余談だが、天界にはダイヤモンドより硬いとされる物質がいくつかあり、アダマンタイトなどが挙げられる。なお地上で武具として加工できる最上級の鉱石は魔法銀鉱、所謂ミスリルである。


 対してカーライルは無言で先程の突きの構えではなく、片刃のブレードの峰を肩に乗せた。これは戦場など長い戦いの場で、少しでも腕の負担を減らす為の構えである。この構えからでは袈裟斬りか、脳天割りか、添え手はフェイクで橫薙ぎか、それくらいしか選択肢は無い。


 「へえ。いい度胸だ」


 両手でしっかりと肩に乗せたブレードを握っているカーライルの構えを見て、その意図を瞬時に見抜いた。肩に担いだのは斬撃の一瞬に渾身の力を込めるべく、それまでは腕の力を可能な限り抜く為。つまりカーライルは金剛の体を持つカテスを斬るつもりなのだ。


 カテスはじりじりと間合いを詰めながらカーライルの持つブレードを観察する。先程は金剛化した胸に少しだけ切っ先が刺さった。相当な業物なのだろう。黒い刀身は幅の狭い片刃で反りが入っている。先程は突いてきたが、本来は斬撃特化の武器だ。カテスは聞いたことがある。ここより遥か東方の小国に凄い切れ味のブレードを扱う民がいると。どうやらこの男が使っているのがその"カタナ"と呼ばれているブレードらしい。しかし、古今東西あんなに黒い刀身などカテスは見たことがない。カテスの持つ双刀の刀身も黒いがこれは黒く塗ってるからだ。金属の反射を防ぐ目的で敢えて艶の無い黒に塗っている。そしてそうしなければならない理由もある。だがカーライルの持つブレードは黒でありながら金属特有の光沢があるのだ。


 「おめえのその武器、神界製か」


 「さあな、記憶喪失中なんでな」


 「そうかい。思い出す事無く殺してやるよ」


 カーライルのそっけない返事にカテスは黒いカタナが神界製だと確信した。


 ーケッ 気に入らねえ、異能持ちの上、神界製武器だと


 カテスは気分を害していた。それでは俺と同じじゃないか、と。それでも自身のアドバンテージは失われていない。例え神界武器でも自身の異能、金剛は斬れないと。


 ジリジリと間合いを詰めていたカテスだが、先程とは違い、今度は無造作に歩いてカーライルが距離を詰めてきた。


 「クソが、死ね」


 無造作にカテスの間合いに入ってきたカーライルに対し、カテスは躱せないタイミングで斬りかかった。品の無い台詞とは対象的に流れるような動き。


 ー外した。こいつ!


 斬ったと思った斬撃に手応えはない。即座に二撃目を加える。カテスの強みは双刀による連撃で、3、4、5、6撃目と切れる事無く繰り出される斬撃はカーライルに反撃を許さない。怒涛の攻撃を流れる様に繰り出していく。その速さは常人には追えない程だ。実際ジーキスには2人の攻防が速すぎて何が起こっているのか理解できなかった。


 凄まじい怒涛の連撃を繰り出すカテス。だが、斬れない。カーライルはカテスと一定の距離を保つように躱していく。武器は両手で持って担いだままだ。斬撃を繰り出す時は斬れる間合いなのにいつの間にか間合いから外れている。そんな事を何度も繰り返している。


 50撃目が空を斬った時、カテスは、作戦を切り替えた。橫に飛び、左右に移動しながら波状攻撃を仕掛ける。時に仕込みナイフ付きの蹴りを交えて一方的に攻め立てる。


 カテスの攻撃がかすった。少しだけカーライルの手甲を裂いた。そこからは徐々にだがカーライルに攻撃がかすり出した。いけるか!と、カテスが思った時それは来た。


 「ぐお」


 蹴りだった。カーライルが無造作に放った。しかしながらとても重い蹴り。それはカテスの膝に直撃した。


 ー野郎、関節を。くそ、油断を誘うためにわざとかすらせたか


 素早く動くからこそ関節は金剛化出来ない。そんなことをすればバランスを崩してすぐに転んでしまう。カーライルはその弱点を的確に突いてきた。いまの蹴りでカテスは左膝を痛め、動きを止めてしまった。そしてカーライルのブレードは肩から離れ、その刃をカテスに向けている。 

 

 ーいいだろう、斬れるものなら斬ってみろ


 敵の思惑に敢えて乗り、完全に打ち砕いてやろう。この金剛の体切れるものなら切ってみろと。この体を唯一斬ったのは剣聖のみ。そしてその剣聖でさえ致命傷を与えるに至らなかった。カテスのプライドはバキバキにへし折られはしたが。


 カテスは腰を少し落とし両手を交差し、カーライルの斬撃と同時に攻撃を仕掛ける体制にななる。左膝は痛めたが、右足で間合いを詰め、斬撃を繰り出すために踏み込む分には問題はない。


 カーライルの振り落としを一方の斬撃で止め、もう一方で同を薙ぐ、それがカテスの狙いだ。カーライルの振り落としの斬撃は綺麗な弧を描く。カテスには十分目に追える速さ。これならば自分の斬撃の方が疾い、カテスは先ずカーライルのブレードに当てにいく。


「な」


 カテスは見た。自慢の神界製武器の刃に黒い刃がめり込んでいくのを。まるで紙でも斬るかのようだった。カーライルの放つ黒い刃がそのままカテスの左肩に落ちくくる。カテスは瞬時に肩から胸にかけてを金剛化。その為胴を薙ぐはずだった右手の動きが遅れた。カーライルのブレードの切っ先がカテスの肩に当たる。弾かれない。そしてそのまま通過していった。



 「…お前…なん…なんだ……」


 カーライルのブレードは振り抜かれていた。カテスの革の胸当ては裂けている。カテスは力が急速に抜けていくのを感じて、見える景色は急に空になった。


 カテスは視線を動かすことが出来ないでいた。胸が異様に熱い。金剛化した体を斬られた。剣聖にしか斬られたことがないが、しかしそれは皮一枚程度という絶対の防御の筈だった。今この時までは。あり得ない事態にカテスは混乱していたが、近づく足音に気付き怒りと憎しみが沸いてきた。確実な死をカテスに届ける為に近づいてくるのだ。カテスは足掻こうとする。しかし体は動いてくれない。呼吸も乱れ、整わない。


 本人は気付いていないが、胸を斬られてカテスの衣服は大量の血に染まっている。そんな体でまだ生きているのはカテスの剣士としての力量が高いからだった。本来なら致死だったのだが、自慢の力を破られて斬られる瞬間、少しだけ体を後ろに引いた。その僅かな回避行動が心臓に届く筈だった刃を紙一重で躱させたのだ。


 「う、うーん」


 突如メアルが緊迫感のない呑気な声をあげた。先程までは全く起きる様子のなかったメアルだが、そろそろ目覚めるのだろう。このメアルの寝ぼけてあげた声が、カテスの運命を変えることとなる。


 メアルが目覚めた時に、目に入った光景が修羅場なのは可哀想だとカーライルは考えた。命のやり取りがあったなど、彼女に知らせる必要は全くない。故に、瞬きするする間も惜しいほどに即ここからメアルを移動させるべきだ、とカーライルは冷静に判断した。本来ならきっちり止めを刺すべき、しかしメアルが目覚めそうというのなら状況が全く変わる。既に敵足りえない者の息の根を止めるより、メアルの爽やかな目覚めの方が遥かに優先度が高い。少なくともカーライルにとってはそうだった。


 なのでカーライルはカテスはを放置し、メアルを連れて帰ることにした。早足でジーキスの元に行くと、一連を見てガタガタと震えながら怯えてるジーキスよりメアルを解放し、メアルを背負った。ジーキスが外套をおんぶ紐替わりにしたのを関心したカーライルは、そのままジーキスから外套を奪ってそのままおんぶ紐として利用した。そして異能で何処からか取り出した紐でジーキスの上半身を縛り、更に余った紐を噛ませて頭の後ろで縛り、猿轡にする。そこまでを慣れた感じで実に手際よく行った。


 「おい、帰るぞ。立て」


 カーライルは、メアルが起きないよう、低く、小さな声でジーキスに指示を出す。ジーキスはガクガク笑って力の入らない膝で無理矢理動かし、転びながらもなんとか立ち上がる。更に先に歩くように指示され、スタの街に向かって歩き出だした。逃げようとしたら斬ると脅されたが、ジーキスに逃げたり反抗する意思は全く無く、素直に指示に従った。聖女検査を受ける前の女児の誘拐は極めて重罪である。未遂であっても最低10年は労役を課せられる。しかしたった今、此処で命を落とすよりはましなのは間違いない。


 尚、ジーキス達が乗って来た馬達は繋がずに放してあった為、先の戦闘に驚き何処かに行ってしまった。尤もジーキスの乗った馬だけはスタの街に戻るよう訓練されているが。


 ー 欲を言えば目覚めた時、メアルの自室だったというのが理想的なんだが無理そうだな。さてこの状況、なんと説明したものか


 背中が揺れないように歩くカーライルの意識は既に、メアルが目を覚ました時に向かっていた。命のやりとりをして興奮状態だ、ということも無く、極めて平静だった。カーライルのその余りに殺しに慣れた様子を、ジーキスはひたすら恐ろしく感じていた。


☆☆☆☆☆


 カーライル達が去ってどれくらいか経った頃、大森林から何者かが出てきた。最低でも20メタ(2メートル)はある高い身長。ストレートの長い髪を編んで背中に垂らしている。しかし顔立ちは中性的で、性別がはっきりしないと言いたいところだが、この者は男である。女性的な化粧をしていて赤い口紅を

さしていても男である。見た目に反して声は野太く、声だけを聞けば100人が100人とも男だと判じるだろう。


 「あららん、あまりに遅いから叱ってあげなくちゃーねって思って来てみれば。まぁ、カテスちゃんったらー斬られちゃってるじゃーないの。これはもうダメかしらん」


 先ほどまで無表情だった男は、地に転がるカテスを見て、実に愉快そうに邪悪な笑みを浮かべるのだった。

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