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002 誕生会

 ケーキがある。それを見て、リカレイたちは目を丸くした。

 村にいた頃、ケーキという食べ物を知らなかった。初めてその存在を知ったのは、一年前、アンに招かれてスタへ来た時だ。あの日、アンが振る舞ってくれたケーキは、夢みたいに甘く、柔らかかった。孤児になってからも、アンは何度か差し入れをしてくれた。それはメアルにとって、贅沢で幸せな味だった。


「アン姉、今日は呼んでくれてありがとう。そしておめでとう」

「誕生日おめでとう」

「アン姉おめでとう」


「アン姉様、おめでと。十歳になったのね、すごいわ」

「うん、何がすごいのかよくわからないけど、ありがと」


「あれ? よく考えたら、アン姉の誕生日って少し前じゃなかったか?」

「うん、だよねえ」


 小声でリカレイとミランが確かめ合う。ロヨイはすでにケーキに夢中だ。メアルはふんわりとお祝いムードを楽しんでいる。


「ああ、誕生日はちょっと前なんだ。でも都合が悪くて今日になった。今日が何の日かは知ってたけど、この日しかなくてさ」

「そんなの気にするなよ。それより、俺たちの方こそ世話になってるのに何もお返しできなくて」

「あんた達に何かしてほしいなんて思ってないよ。一緒に祝ってくれるだけで嬉しいって」


 その会話を耳にして、メアルはハッとした。今日のために用意したプレゼントを忘れてきたのだ。……いや、そもそも今日呼ばれていたこと自体、当日まで忘れていたのだから、持ってきているはずもない。


「あら、持ってくるのを忘れてしまったわ」


 首をかしげるメアル。困っているようには見えないが、これは彼女が困っている時の仕草だと、長年の幼なじみたちは知っている。

 ミランはやれやれとため息をつき、ポケットから小包を取り出した。


「これ、メアルの忘れ物じゃないかな」


「まあ、その通りよ。よくわかったわね、ミランは相変わらずすごいわ。それにしても流石ミランのポケット。欲しいものが何でも出てくるんだもの」

「いやあ、僕がすごいわけでも、ポケットが万能なわけでもないんだけど」


 メアルは満面の笑みで受け取り、ミランは苦笑する。このやりとりで、普段から彼が彼女の忘れ物を預かっていることを、その場の全員が察した。残念な美少女に向けられる、生ぬるい視線。だがメアルはおかまいなしで、ミランの手を握ってポケットを褒め続ける。ミランは顔を赤くし、固まった。コバ村にいた頃から変わらない光景に、リカレイとロヨイもため息をつく。


「おいおい、俺たちに手伝わせて忘れたのかよ」

「メアルは本当にしょうがないな」


「……みんなに手伝ってもらったのに、わたしってほんとダメね」


 肩を落とすメアル。その姿は儚く美しく、まるで絵画のよう——題して『忘れ物をした少女の憂い』。ただし理由は実に残念である。

 数秒の沈黙のあと、顔を赤くした男たちが慌ててフォローする。


「メアル、そんなに落ち込むなよ。俺たちがついてるから心配するな」

「そうだ、あれくらいなら何度でも手伝う」

「うん、孤児院まで取りに行くくらい訳ないよ」


「…リカレイ、ロヨイ、ミラン、ありがとう。とっても嬉しいわ」


 頬を染めるメアルに、三人の顔はさらに赤くなる。


「やれやれ、男ども過保護だね」


 アンは肩をすくめた。メアルが天然でこんな調子だから、三人が過保護になるのも仕方がない。アンですら、つい笑顔を見たくて甘くしてしまうのだから。


「アン姉様、みんなで作ったの」


「ありがとう。前に見せてもらったお守りだね」

「ああ、コバ村特製の木の実のお守りネックレスさ」

「俺たちで木の実を集めて、メアルが作ったんだ」

「メアルは器用だから、上手にできてるでしょ」


「うふふ、一生懸命作った自信作なのよ」


「早速つけさせてもらうよ」


 アンはネックレスを身につけ、爽やかな笑顔を見せた。普段はきりっとした彼女の、可愛らしい一面がのぞく。ミランは胸を撃ち抜かれたように感じ、視線を外せなかった。


「あ、いつまでも立たせちゃ悪いね。みんな席について」


 席には、メアルたち以外にも何人か招かれていた。見覚えのある顔もある。神殿でよく見かける二人の子——エリィーサとカチュリアもいた。アンの紹介で、メアルは二人の名前を知った。

 食事が始まったが、メアルたちは孤児ということもあり少し浮いた存在だった。それでも、エリィーサとカチュリアが話しかけてくれたおかげで、打ち解けることができた。


 誕生日会は和やかに終わった。夜、アンの寝室に残ったのはメアルだけ。アンの希望だった。リカレイたちは難色を示したが、強く頼まれれば断れない。しかもメアル本人が二つ返事で了承してしまったため、一泊だけならと渋々帰っていった。

 アンは使いを出して孤児院に外泊の許可を伝えた。他の子供たちにもそれぞれ送迎をつけている。


 用意されていたパジャマは「お古」と言いながら、どう見ても新品で可愛らしいデザイン。メアルは気づかなかったが、明らかに前から準備していた物だった。


 ベッドの上で並んで寝転び、二人は話し始める。仲の良い姉妹のように。


「メアル、よく似合ってる」


「うふふ、ありがと。アン姉様のパジャマを着られるなんて、本当の妹になったみたい」

「メアルは本当の妹だよ」


「うん。アン姉様も本当のお姉さまね」

「そうともさ。……ところで、気に入ったなら、そのパジャマ持っていきなよ」


「ううん、こんなに綺麗にしてるんだもの。大事なパジャマだってわかるわ。だから大丈夫。今夜貸してもらえるだけで嬉しいの」

「そっか」


 新品だと知られたくないアンは、それ以上は勧めなかった。


「アン姉様、わたしだけ残して大丈夫なの?」

「他の子たちは知らないから、メアルが黙っててくれれば問題ない」


「わかったわ。このことはお墓まで持っていくね」

「いや、そこまでじゃないけど……。今から話すことも秘密じゃないけど、メアルには先に言っておきたくて」


「わたしに? なあに?」


 メアルは瞬きをしながら、続きを待った。


「私、十歳になった日に聖女検査を受けたんだ」


「まぁ、どうだったの?」

「それが、どうやら巫女になれるっぽい」


「さすがアン姉様。すごいわ」

「ありがと。……あの玉が光るなんて思わなかった」


「玉が光ると聖女様になれるんじゃないの?」

「いや、聖女様になれるのは千人に一人もいなくて、ほとんどは巫女なんだって。詳しくは学校で習うらしい」


「学校ってなあに?」

「女王様のいる街にある場所で、そこに行かなくちゃならないんだ」


「え、アン姉様、いなくなっちゃうの?」

「うん。出発は……実は明日」


 メアルは言葉を失い、涙がこぼれた。アンは愛おしそうに抱きしめる。

 大事な姉のような存在を、明日には失ってしまう。笑って送り出したいのに、喪失感が胸を締めつけた。


 月明かりが二人を包み込み、夜は静かに更けていった。

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