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028 メアルを巡る攻防7

 業物の長剣が地に転がっていて、その持ち主であるシシンの右手からは血が滴り、左の手で庇っている。


 「この俺が一瞬か」


 アルジの双剣の一方がシシンの喉元に突きつけられ、ほぼ詰んでいる状況にあってもシシンは諦めていない。目の前でゴラテヴは殺られた。だが、ロックマイヤが敵の射手を討ったはずだ。なんとか時間を稼げば状況は変わる。


 「流石はテリアの双璧と謳われただけのことはあるな」


 「ほう?随分と懐かしい名が出てきたな」


 興味を持ったのか、アルジがシシンの話に乗ってきた。勝負は一瞬でついた。正確には2撃で、であるが。アルジの放った連撃の一撃目は護符で防がれダメージになっていないだけだ。この護衛達が全員護符を持っているだろうことは、最初の男を斬った時に想像がついたし、その後すぐその男が倒れた音がしたから護符の効果は1度だけと解った。同じ効果の護符の重ねがけは出来ない。そしてこの護符は戦いを司る女神"ラーファル"の護符であるのは最初に斬った感覚で解った。あと物理防御系の護符はいくつかあるが防御力を上げるもので、無効はラーファルの護符だけだ。それに複数の護符を持つ者はいるにはいるが、一般的ではない。複数の神の力を借りようとするのは神の機嫌を損ねる行為と言われているからだ。実際そういった場合効果が落ちたりした。ラーファルの護符の効果がしっかり出た以上、他の護符は持っていないと見てよかった。


 「なぁ、双閃のギルバート将軍。俺らにつかねえか。この国で冒険者やってるよりよほどましな生活ができるぜ」


 「よくしゃべる口だな。では、お前の無駄な時間稼ぎにのってやろうか。だが、お前が俺らに便宜を図れる立場に見えないのだが」


 「俺はこう見えても剣聖の弟子の一人だ」


 「で、帝国の工作員をやってると。さてお前の認識違いを正してやろう。俺は()将軍だ、お前ら帝国のせいでな。だから帝国も剣聖の手下も敵なんだよ」


 「くくく、無意味な勧誘じゃのう」 


 馬車の幌の上から笑い声がした。シシンが目だけを動かし見れば、弓を構えたニースがいた。そしてその瞬間、ロックマイヤが殺られたことを理解した。


「水精のニー」


 かつてテリア王国の双璧と謳われた二人の将軍、双閃のギルバートと破砕のデリカット、その将軍ギルバート将軍のパートナーが聖女シエル・ニー。 エルフはプライドが高く、ファーストネームを呼んでいいのは認めた者のみだから シエル・ニーは聖女ニーと呼ばれている。そしてニーは二つ名を持つ大聖女だ。エルフである聖女ニーは神との契約でなく、大精霊との契約でヴァル・デインを顕現させる。そんな聖女ニースの二つ名が"水精のニー"である。余談がエルフの聖女は幾人かいてそれぞれが大精霊と契約を結ぶ大聖女だ。それぞれ"火精""土精""雷精"と呼ばれている。


「懐かしい名じゃ」


 聖女ニーことニースもアルジと似たような反応を示した。長くパートナーを組むと似てくるのだろうか。


 「さて、答えてもらおうか。少女をどこに連れ去った」


 「は?なんのことだ。いきなり襲ってきて少女はどこだとは」


 「俺らを知っていて、勧誘までしておきながら出る台詞じゃないな」


 「何を言ってるんだ。俺らはただこの商隊の護衛を引き受けただけの冒険者だ。野党どもに難癖をつけられる筋合いはない」

 「そうだ、野党どもめ」

 「今さらもう遅いぞ。お前らは縛り首だ」


 シシンは剣で勝てず懐柔も無理だと悟ると、今度は態度を一変させ被害者面をしだした。拐った少女は既に馬車内に居ないのだからと強気に出ることにしたのだ。それを察した御者台の二人も騒ぎだした。


 「この状況で強気に出れる神経が意味不明だな」


 命を取るつもりがないだろうと察したにしても、今3人の生死の決定権を握っているのはアルジとニースなのだ。その辺りは理解できているのだろうか、とアルジが思うのは無理からぬことではある。この状況での強気はそれだけ意味不明だった。


 「なるのどのう。アルジ、どうやらスタの街の捜索隊が迫っておるようじゃ。おっと御者ともう一人よ動くな。頭を射抜かれたくはないじゃろ」


 後方に一切視線を動かすこと無く、周囲の状況を知ることができるニースは、シシンが急に態度を変えた理由を理解した。

アルジも集団が近づいてくる気配を背後に感じ、なるほどと理解した。シシンもいち早くそれを感じ取ったのだろう。


 「やれやれ、警護隊がやってくる理由をわかっていてこの態度か」

 「で、どうする、アルジ。状況的には良くないの」

 「忌々しいがこうなっては付き合うしかない。この茶番にな」


 アルジ達の目的はメアルの奪還だ。シシン達が見落としているメアルの靴下という痕跡が荷馬車内にある以上、言い逃れはできない。そしてアルジ達は自分達の行いの正当性を証明できる。アマリア王国の公爵であり、聖女でもあるフィセルナからの依頼状がある。だからこの場での問題はない。問題なのは時間を稼がれてしまうことだ。だが、この場を放棄出来ない。

 

 「取り合えず縛るか」

 「そうじゃな」


 アルジは冒険者の常備品といっても過言でない、拘束の札を数枚取り出すと起動させた。これは豊穣を司る神"ウィアルナ"の力を込めた札で、地面から生えた蔦が、シシンや御者、もう一人、御者台にいる商人に絡みついて動きを拘束した。


 「なんだ、何をする。助けてくれー」


 白々しく叫ぶシシン。徹底的に被害者ぶり、アルジとニースを強盗に仕立てたいようだ。


 「く、忌々しいな」


 シシンの態度にイラッとするアルジ。対してニースはそんな言葉に構いもせず弓の構えを解き、一仕事した感丸出しで背伸びをした。そしてその後でのんびりとした口調でシシンに言葉を投げ掛けた。


 「荷馬車の中にな、お主らが拐った少女、メアルの靴下があるのじゃ。メアルは寝るときに靴下を脱いで畳む癖があってのう。くくく、お主ら靴は履かせたが靴下までは気がつかなんだようじゃのう」


 「は?」


 まさか証拠が残されているとは思わなかったシシンは思わず間抜けな音を晒してしまった。それを見たニースは実に楽しそうに笑った。


「街の警護隊が来たら荷馬車の中を一緒に確認してもらおうかのう。今から言い訳を考えておくのじゃぞ。ああメアルが勝手に乗って、いつのまにか出ていったとかは無しじゃ。メアルにそんな理由はないし、脱いだ本人が靴下を履き忘れたのはいくらなんでも不自然じゃな。それに警護隊のジーキスといったかのう。あやつがお主らの仲間って証明になるぞ。あやつが街を出るときに確認したのじゃろ」


 札の力で拘束されている3人はとたんに顔色を悪くした。3人が捕まったという情報は、その日の内に都市キノのいるダレンの知るところとなる。そして即、刺客が放たれる。それはまず間違いない。シシンはそういった仕事だってしてきた。それに対しスタの警護隊では守るに力不足だと、先日直に警護隊の様子を見て知っていた。ではどうするべきか。シシンは必死で考え直ぐに結論をだした。



 「な、なあ、本当の事を言うから、俺を守ってくれないか」

 「おい、シシンさんあんただけ助かろうってのか」

 「こうなったら何でも話す。だから俺も」


 「ほう、よほどお前らの組織は薄情らしいな」


 またも急に態度を変えたシシン達にアルジは目を細めた。今からなら嘘を吐くとは思えない。しかしアルジもニースももう聞こうとは思わない。最初に聞いたときに答えない時点でその気は失せていた。そもそも少女に孤児院の子供の命を盾に取るような脅迫文を送るような連中である。二人は冷静でいながらも静かに怒っていた。


 「今更無用じゃ。メアルを拐った主らの別動隊は無謀にも大森林を抜けるのじゃろ」


 「な、」


 急に浴びせられた正解に思わずシシンは「何故わかった」と言いそうになって、堪えた。アルジはそんなシシンを冷ややかに見る。戦士として、同じく戦いに身をおいてきただろうシシンに呆れてしまったのだ。


 「実にわかり易いのう。そんなで命がけの駆け引きができるかの」

 「まったくだ。今からなら馬を使えば追い付くかどうかってところか。ニースここは任せていいか」

 「やめておけアルジ、もし大森林に入っていたら、我無しで追えぬであろうが」

 「む、それはそうだが」

 「それに、追いかけてきた警護隊がもう見えてきた。今出てもややこしくなるだけじゃ。あとは」

 「あとは?」

 「なに、後はカール坊がなんとかするじゃろ」


 確信があるかのように楽しそうにニースは笑った。

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