表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/56

027 メアルを巡る攻防6

 カテス達は商隊から外れ、別の道を軽快に進んだ。商隊の方も国境門へ向けて移動を再開。お互いアマリア王国の国境を超えた先で合流する予定だ。ジーキスはそう聞かされていたが、カテスが進む方向を見て大森林を通ってこの国を抜けるつもりだと確信した。何故なら今進んでいる道は今は廃村となったコバ村へと至る道であり、魔物騒ぎの時必死に逃げ帰った時の道だからだ。


 ーおいおい、そりゃ詳しく聞かなかった俺も俺だけどよ。にしたって大森林を抜けるなんてあり得ねえだろ


 ジーキスが思った通り、それはこの地方に住む者なら百人が百人とも無謀と言う計画だった。アマリアの国境は石造りの高い防壁があり大森林の浅い部分まで続いている。防壁上を兵士が巡回し、犬を使って、人の匂いをしたら吠えるようにさせている。そして魔道具による監視まで入っていた。故に防壁を超えるのはリスクが高い。更にはアマリア王国国境と隣国ガレドーヌ帝国の国境の間には緩衝地帯がある。防壁を抜けても国境破りがバレれば兵士達が殺到してくるだろう。アマリアの国境警備隊には旧式であるが軍用の巨兵が現役で数体配備されているし、騎士と巫女も駐屯しているといわれている。いくら腕に覚えがあろうとも、帝国側の国境まで逃げきれはしない。しかし大森林を抜けるなら、それらを全て無視できる。抜ることが出来るなら、だが。魔の大森林と謂われるだけあり、この森は一定深く入ると急激に危険度が上がる。大森林の奥に入って戻った冒険者はいない。大森林を通り国境を越えるなど、皆が無謀と言うだけのことはある無謀な計画だった。



 ーもう後戻りはできねえ。なにか考えがあるって信じるしかない


 ジーキスはすがる気持ちで先頭を行く、この計画のリーダー格の男、カテスを見るのだった。


 カテスは大森林の抜け道を知っている。任務で何度も通っている。しかしだからといって決して安全ではない。カテスの見通しでは生きて抜けれるのはカテスとカテスが連れていくメアルだけだ。スタの街の草であるジーキスと剣士ヒチガルは無理だろう、と考えている。ただ最初から最後まで少女(メアル)を連れての大森林の移動はカテスと言えどなかなかに骨が折れる。だから二人が生きている限りは少女(メアル)を運んで貰うのだ。


☆☆☆☆☆


 アルジとニースは目的の馬車を視界に捉えていた。早速ニースは風の精霊を使い荷馬車の中を確認する。


 「む、おらぬ」 

 「はずれか?」

 「いや、更にどこかに連れ去られたようじゃ」

 「間違いないか」

 「うむ、荷馬車にクッション。なによりメアルの忘れ物がある」


 それはメアルの靴下だった。メアルは寝るときに靴下を脱ぐ習慣が身に付いていた。だから荷馬車の中でも脱いで畳んでクッションの横に置いていた。ここ数日一緒に寝ていたニースももちろんメアルのこの習慣を知っている。しかしカテス達はメアルを連れていく際、起きないメアルに靴は履かせたものの、脱いだ靴下までは気付かなかったのだ。


 「さっきの分かれ道かの」

 「かもしれんが、あの先は大森林だぞ」


 「メアルを連れて大森林を抜けるのはちと無謀じゃのう。連中にからくりを吐かせるか」

 「知らぬかもだが」

 「どのみち連中は放置できぬ。アルジ」

 「そうだな。まずは目の前から片付けるか」


 ニースは走りながら弓を構え矢をつがえた。アルジも双剣を抜き更に走る速度をあげる。


 ーさーて、驚けよ。賊ども


 ニースはニヤリと口角を上げ、前方の空に向かって矢を放った。


 ピーーーーーーーーーーーーーー!


 ニースの放った矢は鏑矢だった。本来は仲間への合図や、動物への威嚇の為の矢だが、今回は一瞬だけ敵の気を引き付ける為に放たれた。エルフの伝わる独自のもので通常のものより音が大きく、一瞬では何の音か判断がつかないだろうとのニース思惑だった。


 「なんだ今の音は」

 「空からだね」

 「モンスターですかな」


 「いや、違うかな…何だろ」


 「おい御者、馬を落ち着かせろ」


 荷馬車の護衛のシシン達はニースの作戦にまんまと嵌まり、意識を空に向けてしまった。また馬が怯え暴走しそうになっているのを御者が必死に宥める。その為に停車させてまった。

 

 ニースの音消しの術を受けているアルジの接近に誰も気付かない。そしてアルジも疾走しつつも殺気を最小限に抑えていた。最後尾にいる男はアルジの間合いに入られるまで接近を許してしまった。アルジの一閃。右から膝を狙った切り上げだ。


 カキン


 アルジの一閃は何か硬質の物に弾かれる。


 ーチッ、防護系の魔法か。只の人拐いじゃないな


 「くっ、敵襲!」


 一方、攻撃を受けた剣士ゴラデヴは、易々と間合いに入られ、剣士としてのプライドを傷つけられた。一度だけ物理攻撃から身を守ってくれる護符を持っていなかったらプライドが等と言ってられないのだが、この一瞬ではまだ冷静でいられた。なので仲間に敵の襲撃を告げ、即座に剣に手をかけ飛び退いて間合いをとった。だが襲撃者の次の行動がゴラデヴの怒りを誘った。なんと襲撃者はそのままゴラテヴを無視し先頭にいるシシンに方へ走り抜けようとしたのだ。


「な!この私を無視とは」


 襲撃者アルジの行動にゴラテヴは激昂した。ゴラテヴは普段丁寧な口調で話す男だが、実は激昂しやすい。仲間内では"茹蛸ゴラテヴ”と渾名を付けられるほどだ。ゴラテヴは海に面した国、六強国ミレーの漁村出身だ。それもあって、すぐ怒るゴラテヴは茹でるとあっという間に真っ赤に染め上がる蛸に例えられるのだ。ゴラテヴがお世辞にも女性受けする顔立ちではなく、茹でたタコ寄りというものある。この激昂する性格は剣士としては瞬時に攻撃力が上がる利点(メリット)があるが、周囲への警戒がおろそかになるという欠点(デメリット)がある。ここではこの欠点は致命的だった。襲撃者は一人だけではない。気配を消したまま二射目を構えた射手ニースに全く気付かない。その狙いはゴラテヴの頭だった。


 ゴラテヴは剣を抜き、襲撃者アルジの背後を襲おうとする。通常では前方にシシン、後方にゴラテヴ二人の剣士、しかも剣聖門下2000を越える剣士の中で十席とは言わないが、上位100位までには入る使い手だ。いくら襲撃者が腕に覚えがあろうとも負けるはずがない。しかし、それは本当に2対1ならばだ。冷静さを失ったゴラテヴは思いもしない。襲撃者が背中を見せている理由など。


「ゴラテヴ!」


 違和感に気付いたのはシシン。短く注意を換気したが間に合わなかった。


 アルジが敵に背中をさらしている最大の理由はパートナーへの信頼だ。そのパートナー、ニースの放った矢は違えずゴラテヴの頭に突き刺さる。剣士ゴラテブは敵を前にして自慢の剣を披露することなくこの世界から退場となった。


 剣士ロックマイヤは普段は軽い砕けた口調と童顔の上高くない身長の為、少年のように見えるが先週24歳になった立派な大人だ。口調は軽いがオーソドックに長剣を使い、攻守のバランスに優れ堅実に敵を仕留める。


 ロックマイヤはゴラテヴの敵襲の報を受け、冷静に敵の規模を確認した。ゴラテヴの脇をすり抜ける襲撃者とその後を襲おうとするゴラテヴ。更にその後方にいる女の射手。ロックマイヤは冷静にそして無情に、狙いをつけている射手の狙いがどこはさておき、既に間に合わないと判断した。


 ロックマイヤは音も無く剣を抜きニースに向かって駆け出す。ニースの弓から矢が消えた後で横から何かが倒れる音がした。


 ー悪いけど、仇はとるから許してくれよ


 ニースが矢を放った時ロックマイヤはあと数歩でニースを間合いに捉える所まで来ていた。しかしその動きをニースが把握していない筈もなかった。今この場で全ての状況を把握しているのは複数の風の精霊を使役しこの場の風を支配するニースなのだった。


 ーもらい


 ロックマイヤは最も得意とする突きを放つ。ロックマイヤは十分に冷静だったが、それでも見落としていたのだ。敵の射手がエルフという事に。なにより襲撃前と風の向きが逆になっている事に。些細な事だ。たしかにそうだ、多少の風の影響など大した妨げにはならない。ロックマイヤの突きがニースの胸を貫くのには障害にもならない。それだけの修練をしてきたのだから。


 ロックマイヤは優れた剣士だった。しかし優れた剣士だから優れた戦士とは限らない。まして聖女のいる戦場で命を懸けた経験がないロックマイヤは知らなかった。その力の異常性を。


 「え?」


 あり得ない事が起きた。敵を貫く切っ先が進路が急にねじ曲げられた。なにか柔らかいものに押し曲げられ感じ。それはニースが纏っている風の鎧にロックマイヤの剣が負けたことを表す。ロックマイヤの剣はニースの横に押し退けられた。ロックーマイヤは見た。実に好戦的な笑みを浮かべる美しい女の顔を。


 「え?」


 次の瞬間ロックマイヤは急に地面が遠くなるのを見た。それでも冷静さを失わなかったロックマイヤは自分が魔法か何かで上に打ち上げられたのだと知った。女は射手でありながら魔法を使う。敵が魔法を使うなど考えても見なかったロックマイヤの油断だった。


 ニースの3射目は打ち上げったロックマイヤに向けて。つがえた瞬間に放った速射だ。着地の一瞬で攻撃をしかけるつもりのロックマイヤはこの速射にも意表をつかれてしまった。狙いをつけてないのに正確にロックマイヤの胸を目掛けて飛んで来る。ロックマイヤは思わず剣で一本目の矢を払い除けてしまった。


 ーしまった


 思い切り矢を弾いたことで剣で一撃を加える体制では無くなってしまった。返す刀の一撃では力がのらない。

視線がニースに向かう。驚くことにニースは更に矢を放つ瞬間だった。3射目の時に4射目の為の矢を同時に持っていたらしい。たしかに3射目は簡単に弾ける程鋭さが無かった。


 ロックマイヤには、自らの技量でニースの4射目を防ぐ術がなかった。が、一度だけ物理攻撃から守ってくれる護符がその矢を防いでくれた。しかしこれで落下の衝撃から身を守ってくれる切り札が無くなってしまった。こうなってはダメージは完全には殺せないが、受け身をとってせめて最小限のダメージにしなければならない。まだ副武器の短剣を投げる手も残っている。まだ負けたと決まった訳ではないと、ロックマイヤは作戦を切り替えた。


 「え?」


 三度目の「え?」は正に受け身をとろうとした時に発せられた。急接近した地面が急に空になったのだ。それはニースのえげつない攻撃で風の力で体を回転させらた為に起きた現象。


ドゴ!


 視界が急に空に変わったロックマイヤだが、今度は衝撃と共に視界が急に暗くなった。


 受け身もとれずに後頭部からもろに地面に激突したロックマイヤは仰向けに倒れた。目は見開いているがその瞳は既に何も映さない。静かにロックマイヤの後頭部から血が広がっていく。


 その様子をニースは冷静に観察していた。


「この手にひっかからなかったのはアルジとカール坊だけじゃ。お主は実力が足りなかったの」


 ニースは前方に視線を向ける。


「さて、残り一人はアルジに任せるとするかの」


 ニースはロックマイヤの剣を拾い、ロックマイヤ頸動脈にその剣を突き立てた。確実に止めを刺したニースは剣を捨てながらそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ