026 メアルを巡る攻防5
「大変じゃアルジ。起きろ」
「…どうしたニース」
最初に起きたのは魔法の抵抗力が高いニースだった。彼女はそもそも早起きというのもある。ニースは起きるなりメアルが居ないこと事にも手紙にも直ぐに気付いた。当然手紙を見てメアルが脅迫されて広場に行ったと知った。
揺さぶられて起きたアルジも抜けない眠気に異変を感じ取った。
「これは…魔法をかけられた…のか…」
「そうじゃ、不覚にも我も眠ってしまった」
ニースは風の精霊を使い覚醒の音を鳴らす。聞けば不快になる類いの音で孤児院の皆何事かと飛び起きる事となった。
「アルジこれを見よ」
「……………チッ、後手に回ったか」
手紙を読んだアルジは、舌打ちしてしまった。夜襲に対する警戒はしていた。しかし、無差別攻撃に対する備えまでしていなかった。数の暴力で子供達に攻撃をされたら、メアル以外の子供は犠牲にせざるを得ない。それをわかっていた心優しいメアルは手紙に従わざるを得なかったのだ。
「手紙を残したのは、我々に知らせる為か」
「そうじゃろうな。広場で忘れたと言われたら、向こうには手が無いじゃろうて。急ぎ街を出たいだろうからの」
「賢い子だ」
実際のところメアルは本当に忘れただけだが、幼馴染み3人達なら兎も角アルジとニースにはそこまでは判らない。
「しかし敵に聖女でもいるのか。あまりに強い眠気だった」
「敵ではない。あれはメアルの魔法じゃ」
「な、…そうか。やはりメアルは聖女か」
「ああ、そうじゃろう。あれは術式になっていない魔力量だけのごり押し魔法じゃった。聖女の力の強さは願いの強さに比例する。その願いを魔力が具現化させるのじゃが、メアルは願いだけで我ですら抗えない眠りの魔法を放った。恐るべき祈りの力と魔力じゃ。恐らく魔力量なら我を凌ぐじゃろうの」
「大聖女様の再来…か」
「じゃな。しかし取り戻せねば、我らはこの国には居られなくなるじゃろう」
「そうだな。ニース追えるか」
「無理じゃ。深く眠りすぎてメアルにつけていた精霊への魔力供給が切れてしまったのじゃ」
「そうか。おそらく帝国へ連れ込むつもりだろう。既に街内にはいまい。国境門を封鎖される前に抜けたいだろうからな。こちらは国境門へ着くまでに押さえるしかない。時間との勝負になるな」
「まずはカール坊に知らせるのじゃアルジ」
アルジとニースは夜襲の警戒をしていただけはあり、即、戦える装備のままで寝ていた。アルジは武器を手に取り急ぎカーライルの部屋に向かうのだった。
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孤児院側が慌ただしく動き出す一方でジーキスは門番をしながらも気が気で無かった。日も上がりそろそろ女児失踪の騒ぎが起こるはずだが一向に騒ぎになる様子がない。じれじれていたジーキスが待ちに待った知らせはそれから暫くしてもたらされた。孤児院から報告があったと同僚が駆け込んできたのだ。
「なんだって、そんな怪しい積み荷なんて無かったはずだ」
「まだ街の中に居るんじゃないか」
「街内の捜索も始めるが、うまく抜け出した可能性もある」
「兎も角俺は砦に早馬を出す」
「任せたぜ。ジーキス」
「ああ、任せろ。済まねえがアンタは俺の代わりに門番頼んだぜ」
ジーキスはしれっと自然に早馬を出す役目を手に入れた。通信の魔道具でも連絡は流せるが、相手がいつ読むかまでは判らない。軍用の通信については24時間態勢で連絡できるようにしているが、スタの街からの連絡は優先度が落ちる。なので早馬の方が確実だった。
馬に乗り、駆け出すジーキス。脇目をふらず目的の荷馬車を目指す。関係ない小隊の馬車をどんどん抜いていった。中には走っている2人組なんてのもいたが、気にせず抜いた。早く合流したい一心で内心焦っているジーキスは、先ほど抜いた2人組が何者かなど、気にも止めなかった。
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(少しだけ時間を遡って)
アルジがカーライルを起こしにいくと丁度カーライルは部屋から出てくる所だった。
「カーライルついてこい」
「…わかった」
アルジは事情を告げずにカーライルを連れて国境側の門に向かった。そして早足で移動しながら状況を伝える。
「さて、我らは先に行くが、カール坊はどうする」
門の近くまで来た時、ニースがカーライルに問いかけた。カーライルは門番にジーキスがいるのを見るや否や足を止めた。
「先に行ってくれ。考えがある」
そう言うとカーライルは来た道を引き返していった。
「おい、カール坊」
「ニース放っておけ。行くぞ」
カーライルの行動も不可解だが、今はそんな事を気にする余裕はなかった。アルジに促されニースは術を発動させた。風の精霊術により街を囲う防壁を飛び越えたのだ。その際目立たぬ様視覚の認識阻害の術も同時に使用していた。残念ながらニースといえど3人は同時に制御できない。魔力的な条件ではなく慎重体重体型など判っているアルジしか風の出力をコントロールできないのだ。
塀を飛び越えた二人はそのまま走って国境門を目指す。風の精霊術をつかっての移動なので、馬より早くとはいかないが常人より遥かに早い。
前方に馬車が見える度に風の精霊を使い、中を確認していく。3台の商隊を抜いたが今のところ当たりはない。やがて早馬がアルジとニースを抜いていった。
「む、アイツいつぞやの"草"だな」
「怪しいの、精霊をつけさせよう」
「ああ、国境砦に行く様に見せかけて合流するかもしれん」
「なるほど、時間稼ぎか。そうなってくれた方が探す手間が省けるの」
帝国が植えた草である男とメアルの誘拐、ここで無関係と思う者はいないだろう。二人はジーキスの行き先に焦点を絞ったのだった。
一方カーライルは孤児院に戻り、メアルが誘拐されたと孤児院職員に伝え、警護隊隊舎へ連絡に行かせた。そしてカーライル自身は都市キノ側の門へ向かった。
「アルジ、アヤツ速度を落とした。ふむ前方のあの馬車か」
「そのまま馬車の中の確認はできるか」
「むー」
「どうした」
「距離が開きすぎた。精霊との繋がりが切れおった」
精霊を使役するには対価、つまり魔力が必要となるが、精霊との距離が離れるほど魔力供給するのに術者の魔力の操作技量と魔力を送り出す力の強さが必要となる。ニースの技量と魔力の送出力はトップクラスであるが、それでも精霊の使役限界距離は20キメタ(2km)程である。
「なら大体の距離はわかるな」
「まあのう。しかしこの早さでは少し時間がかかる。仕方がない飛ぶか?アルジよ」
「いや、魔力は温存しとけ。着いてからが本番だ」
「了解じゃ。正直飛んだら魔力切れになる」
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「おー、漸く来やがったか」
「すまねえ、なんか孤児院の連中の通報が遅くてな」
「まあいい。じゃあいくか」
カテス達の荷馬車は、丁度分かれ道で停車していた。4頭立てのはずだが2頭になっている。外した2頭には鞍等の馬具が付けられ乗馬できるようにしてあった。ジーキスが合流したことでカテスともう一人が馬上に。もう一人の腹にメアルが紐で結ばれている。少女は頭も紐で拘束されているが抵抗する様子もない。というかメアルは眠っていて全く起きる気配がない。
これから乗馬で移動いうのに全く起きないから、首への負荷かかからない様にする為の処置だった。
「シシンあとは任せるぞ」
「了解しました。リーダー」
「よし、お前もついてこい」
「ああ。わかった」
未だ馬上のジーキスは、そのまま移動を開始したカテス達についていった。




