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025 メアルを巡る攻防4

 夜、孤児院のニースの寝室にいるのはメアルとニース。本来は孤児4人で一部屋の割り当てなのだが、ここ数日はメアルはニースの部屋で寝るように言われていた。


 「メアルよ、寝れないのか」

 「ええ、今日は眠くなくて」

 「そうか、また子守り唄でも歌ってやろうか」


 メアルは一度体験したので知っていた、ニースは唄がからっきしだと。音程のずれ方が独特で気になって却って眠気がとんでしまう不思議な感じの唄だった。


 「ありがと。でも今日はもう少し祈りたいの」

 「そうか。ではもう少ししたら寝るのじゃぞ」

 「わかったわ」


 ニースはベッドに腰をかけ、メアルを見守る事にした。風の精霊を召喚し、常時メアルに張り付かせている。襲撃があった時メアルの安全が最優先となる。これは万が一拐われた時の備えだった。


 メアルが祈り始めてしばらく経った。ニースがそろそろ寝るように促そうとしたその時、それは起こった。


 メアルは、孤児院の皆の安全を祈っていた。そしてその為に自分を犠牲にしなければならない。メアルは不思議と怖くなかった。そもそもメアルは生への執着が薄い。物欲もあまりない。何故なら人生への諦めが根底にあったから。それが何故かはメアルはわからない。でも物心ついたときからそうだったし、そもそもそんな自覚もないのだ。兎も角自分が手紙の指示の通りにすれば、リカレイ、ロヨイ、ミラン、孤児院の皆、アルジ、ニースは無事なのだ。そう思った時、その中に"カール様"が入ってないことに気付いた。何故か可笑しさが込み上げて、ふふと笑みが出た。


 ーカール様が危ない状況になる想像が出来ないわ。不思議ね。でも皆の安全の為には見つからない様に外にでないと。皆ぐっすり眠ってくれないかしら


 メアルがそう思ったとき、一瞬メアルが光った。その光りは光った一瞬で孤児院全体を包み込んで消えた。


「なんじゃ」


 ニースが光るメアルに近づこうとしたとき、急激な睡魔に襲われた。瞬時にこれはメアルの魔法と判ったが、抵抗ができない。まるで春の暖かな日差しを浴びたかのような心地さ。母親に抱かれているかのような安心感。いくら歴戦の強者であるニースといえど、心地良さと安心感を伴う強烈な眠気に抗う事ができなかった。


 眠りに落ちたのはニースだけではない。孤児院の居る者はメアルを除き、アルジ、カーライルを含め全員メアルの放った光りに抵抗できず深い眠りに落ちた。


 メアルはそのまま一心に祈り続けた。その為、自らが起こした異変に気付かなかった。しばらく時間が経ち空がそろそろ空が明るくなり始めるかという頃、メアルはゆっくり目を開けた。立ち上がってベッドを見れば、ニースが布団もかけずに心地よさげに眠っている。


 ーまぁ、ニースさんったら。風邪を引いてしまうわ


 メアルは自分のベッドの布団をニースにかけてあげた。起きる気配はない。それにしても自分はどれくらい祈っていたのか。夜明けまではどれくらいだろうか。


 部屋を出てみたが誰も起きてはいないようだ。外の様子からまだ夜明けではない。ならば少々早めに行ったほうがいいのではないか。そう考えたメアルだったが、これから自分がどんな目に合うかはわからないのだから、せめて着替えてから行こうと思い直した。 一番新しい服に着替えて外に出ると、外は月がかなり傾いているものの、満月に近い月に照らされて十分に明るく、歩くのには困らなそうだ。


 振り替えって孤児院を見た。皆の顔が浮かぶ。


 ー大丈夫。みんなの事は私が守るね


 メアルは自分の首にかけられた皮の紐を見る。皮紐には古ぼけた指輪が結んであって、その指輪が月明かりを浴びて鈍く銀色に光っている。


 「カールさま」


 この指輪はカーライルがお守り替わりといって寄越したもので、当然ながらサイズが合わなかった為、皮紐で結んで首にかけていた。


 指輪を見ていると、危険が迫った時に()()()()が守ってくれるような気がした。メアルは一度指輪をぐっと握ると、指輪を大事そうに服の中にしまい、広場に向かうのだった。



 カテスが配下達を引き連れ広場に向かうと。少女が一人で待っていた。まだ日も昇る前で周囲に気配はなく、隠れている者も居ない様だ。少女が早めに広場に来た事はカテスには都合が良かった。直接の接触時間が短いほど目撃される可能性が低くなる。今は幸い邪魔者は一切いない。


 「嬢ちゃん。アンタがメアルか」


 カテスは配下達を引き連れたまま、少女に近づき話しかけた。少女はカテスを見上げ、こくんと頷いた。確かに銀紙の少女に違いなかった。


 「よし。手紙は持ってきただろうな。寄越しな」


 少女はしばし固まっていたが、やがてゆっくり首を傾げた。


 「あら、忘れてしまったみたい」

 「はぁ?どこに」


 「着替えた時だと思うの。だから部屋ね。一旦ベッドに置いたのだけど、持つのを忘れてしまったみたい。取ってきた方がいいかしら」


 メアルの答えは最悪だった。つまりメアルの失踪はすぐ真相が判ってしまうという事だ。


 「カテス様、どうしますか」

 「おい、その名は出すなといったよな」

 「すみませんでした。リーダー」

 「それでいい。二度と間違えるなよ」

 「はい」


 カテスの機嫌は悪かった。正直言えばこのとぼけた少女を殴りたい。しかしそれがバレれば師に殺されそうだ。なんとか我慢したカテスはひきつった笑みを浮かべてメアルに答えた。


 「もう遅い。手紙はいいから、そこの荷馬車に乗れ」


 「どこに連れていくの」

 「後でわかる。ともかく乗れ」


 広場は馬車の通行可能エリアである。交易中継点であるスタの街では大通り、市場、広場、停車場は馬車での通行が可能となっていて舗装もされている。


 荷馬車は4頭引きで荷馬車としては珍しい。通常は2頭引きだ。4頭はよほど重いものを運ぶときくらいでしか使わない。荷台も大型で幌付だ。メアルは荷台に乗ろうとしたが荷台にあがれなった。飛び上がってみても全くもって無理だった。

 

 「何やってる」


 「乗せてくれないと無理みたい」


 ぴょんぴょん跳ねて荷台に乗ろうとするメアルのあまりの緊迫感の無さと身体能力の低さに、カテスは呆れた。そもそも跳ねる高さが全然足りない。腕の力も無いから腰を荷台の上まで引き上げれないでいるのだ。必死に跳ねるメアルの姿に配下達も思わずほっこりしてしまった。


 「はぁ、誰か乗せてやれ」


 笑いをこらえながら尤も体が大きいシシンがメアルを荷台に乗せた。一番奥の積み荷の影に身を隠すように言われ、メアルは指示に従った。小柄のメアルは積み荷の影に完全に隠れ、カテスは満足そうに頷いた。


 「リーダー、箱とかに入れなくていいのか」

 「ヒチガル、もうちっと頭使え。箱に入れて見つかったら言い逃れが出来ねえ。万が一バレた時、ガキが勝手に乗り込んだ事にする」


 「なるほど。今から箱に入れるのも面倒ですな」

 「そうだね。入れるのも出すのも面倒だ。どうせ街でのチェックはアイツがやるんだし」


 「そういうことだ。 ガキが手紙を忘れやがったから、時間との勝負だ。国境門への途中で例の冒険者達が来ると思っとけ」


 「了解、リーダー。冒険者二人なんぞ一捻りにしてやりますよ」

 「油断するなよ」


 門が開くにはまだ少し早い。市場の店がそろそろ開き出すといったところだが、カテス一行は一番に街を出るべく門前に移動を開始した。


 荷台に乗せられたメアルは荷台の奥にクッションが置いてあって驚いた。そしてせっかく用意してくれたのだからと使うことにした。これは師に丁重にと言われていたカテスが用意したものである。


 スタの街を拍子抜けするほどすんなりと出ることが出来た。計画通りジーキスが荷台を検査したからである。孤児院に残った手紙が不安材料だったが、杞憂だった。メアルが無意識に使った魔法がまだ効いているからだがカテスが知るはずも無く、問題なかったかと思うだけだった。


 一行はとりあえず国境門に向けて荷馬車を進める。ガタゴトと揺れる中、メアルはうとうとしていた。クッションのおかげでお尻も痛くない。これまで一睡もしていない上、徐々に朝日が昇り暖かくなってきた。その上、馬車の揺れもあってメアルは眠くなってしまったのだ。微睡みの中メアルは思う。これで皆を守れたかしらと。

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