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024 メアルを巡る攻防3

 その日、ジーキスは早朝の見回り番だった。相棒はいつも通りのサントスである。そしてジーキスの手には一通の手紙。しっかり封がされた手紙を見ながらジーキスはため息をついた。


 「おいおいどうした。今日はため息ばかりついてるじゃないか。その手紙が原因か」

 「あ、ああ。ちょっとこの手紙を渡してくれと頼まれてな」

 「へぇ、この前の知り合いか」

 「ま、まあな」

 「なんだ、まだ渡してないのか」

 「あの日は飲んだからな。それですっかり忘れてて」

 「そういや翌日は二日酔いだったな」


 ジーキスは来客のあった日の夜を思い出す。それは頼みなんて優しいものでは無かった。それは命令だった。断ったり、失敗したら命で償わなければならないだろう。手紙を渡すの自体は問題ないが、その手紙を渡してしまえばもう後戻りはできない。手紙を渡す以外にも役目を授かっているがジーキスのシフトに合わせた計画だった為、手紙を渡すのは決行日の前日と指示されていた。相手にあまり考える余裕を与えない為だ。あの日、二日酔いになったのも周囲に疑われないようにする為だった。


 決行は明日早朝。だから手紙は今日渡さなければならない。手紙を渡す相手はメアルだ。ジーキスは集めた情報により、メアルが元はコバ村の村長の娘で、多少の読み書きが出来ると知っていた。だから手紙でメアルを呼び出す作戦になった。


 決行日、ジーキスは国境方面の門番のシフトになっている。夜明け前にメアルを呼び出す。そして用意した荷馬車に乗せ、積み荷チェックをジーキスが行うことでパスさせるという計画だ。


 シシンと名乗った男は、他の仲間と冒険者として商隊の護衛を引き受けたという事になっている。商隊だってメアルを拐うために用意された偽に違いない。


 10歳で受ける聖女検査を受けてない女児の養子縁組は認められていない。国内での転居ですら国へ許可申請が必要になるのだ。そして女児の誘拐は罰が重い。10年以上の懲役刑は確実である。つまりジーキスは行くも地獄、引くも地獄なのだ。


 ーくそ、あのガキの情報なんて流さなきゃよかったぜ


 ジーキスを手にある手紙を恨めしそうに見ながらため息をついた。


 朝の巡回を終え、サントスとは別れた。これから夕方の巡回までは訓練と休憩だが、休憩時間にジーキスは訓練所を抜けだ出した。ジーキスは情報収集の為たまにこれをやる。なのでまたサボりやがった、としか周囲は思わないのを今回も利用した。


 今日はメアルの親やコバ村住民の月命日だ。必ずメアルは神殿に向かう。それを知っていて、その翌日の門番予定の者に無理を言って替わってもらったのだ。


 メアルに接触するのは問題ないだろう。しかし、メアルは一人ではいない。子供達だけなら問題はないが、もし最近孤児院に出入りしている冒険者や黒髪の男も一緒だと中身を改められるかもしれない。そうなればそもそもの計画が破綻するだけでなく、ジーキスだけが誘拐犯とされてしまう。


 ジーキスがセレイブの神殿に向かうと案の定、メアルは一人ではなかった。リカレイ、ロヨイ、ミラン、いつもの保護者3人と黒髪の男が一緒にいた。冒険者2人が居ないことで、なんとかなるかと安堵するジーキス。


 この時、冒険者アルジとニースは、メアルの通る道を中心に街内を巡回していた。ジーキスを帝国よりの"草"と疑っている二人がこの場に居ないのはジーキスにとって幸運だった。


 メアルはセレイブ神のシンボルを前に祈っているが、他はそんなメアルを見守っていた。他にも祈りを捧げる人が数名。ジーキスは手に持つ手紙に一度視線を落とし、覚悟を決めるとメアルの方に歩きだした。


 「お、ジーキスのおっさんじゃん」

 「珍しい。雨でも降るんじゃないか」


 「悪ガキどもめ。神殿なんざ頼まれなきゃ来ねえよ」


 「頼まれたってのはその手紙」

 「ああ、メアルってのはそこの祈っているお嬢ちゃんか」


 「そうだがアンタは?」


 それまで興味なさげにしていた黒髪の男ことカーライルは『メアル』と聞こえたとたんにジーキスと子供達の会話に割り込んだ。カーライルはジーキスを観察したが、警護隊隊員で子供達とも顔知り合いならそこまで警戒は必要ないと考える。周囲に仲間もいないようようだし、制圧する気になれば直ぐに取り押さえられるだろうと思った。神殿内は武器の持ち込みは許されないのでお互い丸腰なのもある。カーライルは即、武器を出現させる能力があるが、ここでは必要ないと判断した。


 「俺は警護隊のジーキスってんだ。あんたは」

 「カーライルだ。冒険者だが今は孤児院でやっかいになっている」

 「へぇ、最近ガキどもが訓練所に来ないのはアンタが稽古つけてるからだな」


 「…まあな、その手紙はメアル宛か」


 「あ、ああ。直接本人にって頼まれたんだ。悪いがあんたには渡せないぜ」

 「誰からだ」

 「俺も直接は知らんよ。今、俺の知り合いが商隊の護衛でこの街に居てな。その縁でガキどもと顔知り合いの俺が、その商隊長からの手紙を預かったんだ。なんでもコバ村の村長と知り合いだったらしい」

 「そうか」


 メアルの父親の縁と言われれば不自然ではない。商人には商人同士の繋がりがある。アンの実家を経由してコバ村の事もメアル達がスタの孤児院にいることも知っていたとして不思議は無い。だがメアルが文字を読めることまで知っているだろうか、とカーライルが不信に思った時、思わぬ所からジーキスに助け舟が出た。


 「メアルはアン姉とよく手紙のやりとりしてたっけな」

 「だなあ」

 「村長はいつもメアルは3才で文字を読んだって自慢してたっけね」


 カーライルが不信に思った点をフォローするかのような子供達の言葉に、それなら知っていてもおかしくはないかとカーライルは判断した。


 「メアル」


 「……」


 一心に祈るメアルには一連の会話も聞こえていなかった様で呼び掛けにも反応はない。


 「メアル、ちょっといいか」


 「……なあにカール様」


 メアルはゆっくり目を開けると、静かに周囲を見渡して立ち上がった。状況がつかめず、こてりと首を傾げた。


 「メアルに手紙だそうだ」

 「まぁ、アン姉様から?」

 「いや、アンじゃないな。」

 「そうなのね。いったい誰かしら」


 アンは聖女学園にいる。故に手紙を出すことは一切出来ない。助けた経緯でアンの事情を知っているカーライルは、それをジーキスに知られぬ様に端的に伝えた。


 「ウェルノさんの知り合いらしい」

 「お父様の」


 「えーと、いいかな。手紙を預かってきた。で、伝言もあるんだが、一人のところで見て欲しいそうだ」


 「あら、どうして?」

 「さあ。俺も預かっただけだしよ。兎も角頼むよ」

 「わかったわ。戻ったら一人で読むね」


 ジーキスは手紙を手渡すと、もう用はないとばかりに去っていった。計画の1段目は成功と言っていいだろう。メアルが手紙を読んでどうするかはメアル次第なのだが、月命日に必ず祈りを捧げる優しい性格らしいので、シシン達の思惑通りに動くと思われる。明日の早朝は一人で広場に現れてくれるだろう。メアルを乗せた荷馬車をジーキスが問題無しとして通す。メアルが誘拐されたと騒ぎになった時、国境砦へ送る早馬もジーキスが行くことで時間稼ぎを行う。そしてジーキスもそのまま一行に加わる。そこまでがジーキスの役目だった。


 シシン達はメアルを帝国内に連れていくのが目的だ。だからジーキスは協力する見返りとして帝国内での厚待遇を条件に出した。このまま残って待っているのは破滅だけなのはジーキスにも簡単に想像できる。知らなかったとはいえ自分がガレドーヌ帝国へせっせと情報を送っていたスパイだと気付いてしまった。これがこの誘拐劇のせいでバレれば誘拐の罪の比ではないだろう。誘拐に荷担した帝国のスパイなど処刑されて当然である。ジーキスの必死さが功を奏したのかシシンの上役だろう男が了承したのだった。


☆☆☆☆☆


 『あすの朝、いちばんめのカネがなる前に、このてがみをもって広場に一人でこい。一人でこなければ、こじいんをおそい、かんけいの無い子供たちを一人のこらずころす。このことはだれにも話すな』


 孤児院に戻り、約束通り一人でこっそりと手紙を読んだメアルは手紙を懐にしまい一人呟いた。


 「起きれるかしら」

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