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021 閑話 アンの受難

 メアル達の食生活がカーライルの登場によって劇的に変わり、それがすっかり当たり前になりつつあったその頃、アンもまた大きく変わった環境に順応していた。


 通称”聖女学園”、その生徒になったアン。ここは学園であって、学園ではない。10歳の女子が強制で受ける”聖女検査”にて適正を認められた者しか入ることが許されない。というか適正のある者の入学は強制だ。学園と呼ばれているが此処は国家機関であり、コネ入学は一切出来ない場所だった。それはそうだ、此処は国家の為に巫女や聖女を育成する機関であって、学業の場ではないのだから。


 聖女学園は王都の中心、王城の敷地内にある。(ちなみに王族は城ではなく王宮で暮らしている)その数が国家の軍事力に直結する巫女や聖女の育成機関なので、もちろんその実態やその運営に関わる全てが国家機密であり、厳重に守られている。

在籍する巫女、聖女の候補者達の存在事態が国家機密であり、学園の敷地の外に出ることは例外なく一切許されない。彼女達は学園に入る前に家族との一切の縁を切られる。家族もまた同様だ。以後一切の関わりを持てない様に。そしてその手切れ金は莫大なものだ。その出所は国家の軍事費からである。つまり彼女たちは人であり兵器でもあるのだ。なのでアンは学園に入学してから今日まで寮と学園の行き来しかしていない。しかも同じ建物なので建物から出れるのは運動の時間だけである。


 アンに限ったことではないが、生徒には個室が与えられる。流石に広くはないが室内の全てが高級品で、必要な生活用品も揃っている。初めて部屋に案内された時、裕福な商人の娘であるアンであってもその豪華さには驚いたものだった。なんとトイレまで部屋に備え付きであるのだ。魔導具も使われており、部屋が臭くなることもない。そんな生活にある程度慣れたアンだったが、今だ慣れないともある。それは部屋から教室までの移動の時ですら護衛が付くことである。流石に生徒一人づつに専属の使用人は付かない。これは巫女であれ聖女であれ、戦場では一人で身の回りの事はできなければならないからだが、お嬢様とはいえ平民の出身のアンには何の問題にもならない。しかし、未だに護衛には慣れなかった。固定ではないが準騎士達が護衛に付く。一通り巫女・聖女候補達と騎士候補である優秀な準騎士を顔合わせさせておくためだろう。パートナーに選びの参考なるようにとの配慮だった。アンも一通りの準騎士達に護衛をしてもらったが、気になるとか、気が合うとか今はそんな段階ではなかった。それに未だにアンは自分を守るため命を落とした準騎士イナクの事を引きずっていた。もしも何事もなく無事王都に到着していたら、イナクもまた護衛騎士としてこの場にいただろう。どうしてもその考えが浮かんでしまうのだった。


 ーヴァルケンさんは従騎士だったから此処にはいないんだよね。今頃どうしてるかなあ


 護衛の後について教室に向かうアンはそんな事を考えながら、今日もいつも通りの一日になるのだろうなと勝手に考えていた。



 いつも通りなら、朝教室に全生徒、といっても現在30名にも満たないのだが、ともかく全生徒が集まって連絡事項を聞く、それから、午前は教養の授業、作法の実践をかねた昼食の後、午後は実技の授業となる。それは今日も同じはずだった。


「本日は急ではありますが、予定を変更致します」


 そう告げたのは、朝礼担当の教員だ。3年前、巫女を引退し、この学園の教員となったこの学園のOBだ。予定変更を告げつる彼女の声にも戸惑いがあり、言葉通り急な予定変更なのだとわかる。


「今日の午後より、聖女ルグンセル様が視察に参られます。ルグンセル様は王国騎士団長様のパートナー、つまり陛下に次ぐ聖女・巫女の第2席のお方です。なにより公爵様であり、女王陛下の妹君でもあらせられます。万が一にも失礼があってはなりません。なので午前中の予定を変更し、失礼の無いよう午前中全て礼法の授業をみっちり行います」


ー うへぇ、お偉い聖女様の視察って迷惑な。でも今日は刺繍の授業だったから、まだ礼法の方がいいかも。


 アンは礼法の授業と聞いて一瞬滅入ったものの、刺繍の授業よりはと気を取り直した。アンは刺繍が苦手だった。決して不器用だからではないし、評価も及第点には達している。単にアンがじっと座っての黙々とした作業にイライラしてしまうだけだった。


 学園の教師陣はもちろん女王へ謁見できるだけの礼法はもちあわせているので総出で礼法の授業に臨んだ。特に平民の聖女巫女候補達には念入りに礼法や所作のチェックを行ったのだった。


☆☆☆☆☆


 ーこれは、やってしまったわね。


 萎縮しつつも、最上礼をとる学院生徒達を見ながらフィセルナは内心申し訳ないと反省する。自身の立場で公式に視察したらこうなるのはわかっていた。なのでこんなに大袈裟にするつもりはなかったのだ。いつものように身分を隠し、騎士団所属の巫女としてちょっと生徒の話を聞きたいだけだったのだ。このことは女王の耳にも入るだろうし、その目的も察してしまうだろう。これはお姉さまのお説教コースだわね。と思いつつも。こうなってしまったからには、仕方がない。フィセルナは視察にかこつけて目的を果たすことにした。


 フィセルナは聖女・巫女を束ねる立場にある筆頭聖女だ。本来なら筆頭はルーサミーなのだが、ルーサミーは聖女である以前に女王だ。国のトップとしての立場がもちろん優先させる。なので聖女・巫女を束ねるのは騎士団長のパートナーにして王妹のフィセルナの任である。しかも騎士団の事務的なサポートもフィセルナは行っていた。そこについてはパートナーの騎士団長は頼りなかった。フィセルナは公爵ではあるが治めるべき領地は持たない。なのでフィセルナは騎士団や聖女達の管理業務に専念できるのだ。


 事の発端は、1日前の朝、執務室でのこと。フィセルナは補佐官が持ってきた報告書を読んでいた。その報告書は聖女学園の定時報告書だった。報告書を読みつつ、フィセルナは兄の忘れ形見の少女、メアルのことを考えていた。本当ならすぐにでも保護したかった。フィセルナには今のところ子が居ない。だから兄の子を養女に迎えたいと考えている。しかしあと2年は引き取とれないので、せめて冒者アルジとニースに守って貰おうと自ら頼みに行った。そしてその大事な姪メアルを気にかけてくれていたアンという少女が今聖女学園に居ることをつい先日知ったばかりだ。その少女アンにメアルの話を聞きたいと思っていた。だからつい言ってしまったのだ。補佐官が居る前で。


「すぐにでも直に話を聞きたいわ」


 ぽつりと言った独り言はしっかりと補佐官の耳に届いた。フィセルナは身分を偽って聞きに行こうかと考えての独り言だったのだが、補佐官にはそこまで分からない。補佐官はちょうど聖女学園の定時報告書を見ているフィセルナの発言を、聖女学園の公式視察の意と捉えた。


「し、視察でありますか。直ぐに手配します」


 フィセルナは補佐官の反応に、つい「ええ、お願い」と答えた。お忍び視察のつもりでいるフィセルナは補佐官に空き時間をつくるお願いをしたつもりだったのだ。


 そして「すぐにでも」と言ったフィセルナの意を汲んだ補佐官達や学園側の苦労と努力の末、翌日の午後フィセルナは聖女学園の教壇に立っていたのである。


 「皆顔を上げなさい。着席を認めます」


 一斉に顔を上げ着席する生徒達。毅然とした態度で着席する生徒達を見ながらフィセルナは満足そうに頷いた。


 「今日は急な視察でしたが、あなた方の今の礼を見て満足しています。貴女方は国の威信を背負う者達です。急な事態にも冷静に対応しなければなりません」


 もっともらしい訓示しばし与えたあと、フィセルナは本題を切り出す。全員の話を聞くほどの時間はない。しかしメアルの話はしっかり聞きたい。


「今日は全員と面談をしたい考えておりましたが、そこまでの時間を私の都合上とることが出来ません。残念ではありますが、これより3名とだけ個人面談をしたいと考えています。教員を通じて指示を出しますが、呼ばれる呼ばれないに関わらず皆この場で待機を命じます。以上」


 はいと揃った返事に満足げに笑みを浮かべ、フィセルナは教室を後にした。もちろん最初に呼ぶのはアンである。


 こうしてメアルの事を根掘り葉掘り聞かれる事となったアン。メアルの秘密を守ること、失礼のないようにとばかりに意識がいって、話がメアルについてばかりなのに気付かないアン。緊張しすぎて何を話したのか記憶に残らない程にアンとって受難の日となった一日だった。

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